15 メイドへのお誘い
野盗が討伐されたのにもかかわらず、ラビアーノの民が誰も保護されていないということは、彼らは迷いの森のどこかに身を潜めているに違いなかった。
人を惑わす深い森はうさぎの獣人たちにとって、母の愛のように包み込み、父の腕のように守ってくれる、懐の広い優しい場所。
今までも様々な森の恵みに支えられ、ひっそりと生き続けてきたのだ。だからきっと皆にはまた会える、レナはそう思うことにした。
不安に曇る心を磨き直して前を向いたレナに、ラフィールは率直な疑問をぶつける。
「領主の館はウォルスタの街にあるが、なぜそこに行きたいんだ?」
姉のことを言うべきか迷ったが、どんな些細な手がかりでもほしくて、レナは正直に話すことにした。
「行方不明になった姉を領主さまの館で見た、という噂を聞いたんです。家は燃えてしまったし、里の皆も散り散りになって、今の私には帰る家もありません。それなら姉を探しに行こうかと思って……」
今後、外に出る機会は訪れないかもしれない。禍福は糾える縄の如し。もしかしてこれが何かのきっかけになる可能性だってある。
「噂だけを頼りに、行くのもどうかとは思うが……。そもそもウォルスタで身を寄せるあてはあるのか? お姉さんを探すにしても、拠点となる場所は必要だろう?」
ラフィールの言うことはいちいち尤もだった。野宿しながら姉を探す訳にはいかないし、宿に泊まり続けるお金もない。
「ん? もしかして……私って……」
空っぽのポケットを漁る。もちろんこの服も借り物だ。身に付けているのは、長老に渡された里秘伝の丸薬の入った小瓶のみ。
つまりレナは今、一文無しだ。
彼女はそのことに、今ようやく思い至る。
「そういえば……私……お金がありません……」
街から街へ移動するにしても馬車代がかかる。道中、宿無し食事無しでは行かれない。それは至極当たり前のこと。
「あ、でも歩けばいいですよね? 頑張って歩いて、あっちで住み込みの仕事を探せば……」
「レナちゃん。ウォルスタの街までは馬車で1週間はかかるわよ? ここはド田舎なんだから。それにウォルスタに着いたところで、そんなすぐにまともな仕事が見つかるかしら?」
マチルダはくすくすと噛み殺した笑いを漏らし、それから面白そうにラフィールを見た。彼は呆れたように嘆息する。
「保護した以上は連れていってやる。お前みたいな田舎者が大きな街に出て、人買いに拐われても困る」
レナは「田舎者」の自覚はあったので、そこはなにも言わなかったが、聞くべきことは山ほどあった。
「犬の獣人でも拐われるんですか?」
「犬だろうが、猫だろうが、おのぼりさんは格好の獲物だ。まぁ、特に狙われるのは稀少種族の若い女と子どもだがな」
「……そう、ですか」
カタリナの安否がますます心配になり、レナは消えそうな声で呟いた。
「でも、馬車で1週間もかかるなら、そんな遠い街まで連れていって頂く訳には参りません。何とかして自分で行きます」
「遠い街まで、女1人で行くのは危険だ。人拐いが出るのは街だけじゃない。街道だって普通に出るし、何だったらこの街にだって、迷いの森にだって現れる。そもそも今回の野盗どもの狙いの1つは、迷いの森にいるとされるいくつかの希少種族だったらしい」
「でも……」
「でも、じゃない」
ラフィールはそれ以上の反論は許さなかった。
「俺たちの任務も今日で終わりだ。明日別部隊が到着次第、領主さまのところに帰還する予定になっている。だからあくまでもついでだから、遠慮することはない」
「領主さまのところに帰還……? 任務……?」
「それに領主さまの館のメイドが何人か辞めることになったとかで、確か今はかなりの人手不足のはずだ。お前をメイド頭に紹介してやるから、館で住み込みで働いてお姉さんを探せばいい」
レナの頭は情報過多でパンクしそうだった。
「えっと……」
それでも確認しておかねばならない。
「あの……ラフィール隊長たちって、何者なんですか?」
「俺たちは領主さまにお仕えするウォルフの騎士だ。辺境警備の任務のため、この地に赴いた」
彼らが着ている青い服。それは栄光の青。誉れあるウォルフの騎士の証。
ウォルフ領に住んでいる者なら常識なはずの知識を、レナはまったく知らなかった。
「世間知らずにもほどがあるな。そんな田舎者の小娘を途中で放り出すのも騎士の名折れだ。野盗をのさばらせてしまった責任もある。だから俺たちについてこい、レナ」
「はいっ……」
こうしてレナは姉を探すため、ウォルフの領主の館に帰還するラフィールたちと同行することにした。
レナ「やっと『メイド』の単語が出てきましたね」
長老「タイトル詐欺はしないから安心せい! ……しかし、メイドが集団退職した館って、何かヤバイ匂いがプンプンするのぅ。とぉーい国の『ぶらっく企業』のような職場環境かもしれん」
レナ「そうですね。退職の理由が気になります」