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14 姉を探しに

 取り返した丸薬を飲み、翌日の変化へんげも無事に済ませたレナは、日が沈んでからラフィールの部屋で事情を聴取されていた。

 迷いの森の地図が広がった机を挟み、向かい合ってソファーに座る。


 部屋の主であるラフィールの隣にはアーダン。レナを間にしてマチルダとクラースがそれぞれ並んで腰かけていた。


「お前の住んでいた場所はどの辺りだ?」

「大体この辺りだと思うんですけど……」


 ラフィールのせっかくの問い掛けにも、レナは曖昧な返答しかできなかった。


 里まで送ってくれるというその厚意は、とてもありがたい。しかし今レナの故郷(ラビアーノ)に帰っても、おそらく誰もいないだろう。


 野盗が放った火はたった一晩で、大切な景色を一変させた。天をつく焔は暗闇に鮮烈な残像を焼き付けて、野盗の怒号は平和な日常を切り裂いたのだ。


 あの日から2日。

 命からがら逃げ出してきてから、まだ2日しか経っていない。


 里の再建を誓ったから、散り散りになった仲間たちはやがてまた集まるだろう。しかし臆病な性質のうさぎの獣人が、この世の地獄をの当たりにしたその場所へ、すぐに戻ってくるとは思えない。


(それに狼の獣人の方たちに、里の場所を知られてしまうのもちょっと……。皆も怖がるわよね……)


 少々恩知らずなことを考えながら、レナは完全に沈黙した。そんな内心を知らずして、ラフィールは悔恨かいこんの念を滲ませる。


「どこにどんな集落がいくつあるか。迷いの森の内部のことは、俺たちもいまだに把握しきれていない。だから一連の野盗の襲撃にもうまく対応することができなかった。その点ついては大変申し訳なかったと思っている」


 クラースもまた沈痛な面もちで、ラフィールから言葉を引き取った。


「レナの里かどうかはわかりませんが、被害の状況を確認できた範囲だけでも、迷いの森にあった集落はどこも悲惨な状態でした。我々の目が届かないことを良いことに、奴らも悪さをし放題だったようです」


 無辜むこの民がどれほど犠牲になろうとも、地図に人の苦しみや嘆きが記載されることはない。


 レナは息苦しさに耐え切れず、地図から視線を持ちあげた。


「被害に遭った人々は、可能な限り保護した上で、しかるべき安全な場所に身柄を移させてもらった。野盗の討伐も既に終えている」

「あの……保護した人々の中に、私と雰囲気が似た人たちはいませんでしたか……?」

「俺が確認した範囲ではいなかった」


 ラフィールに続いて、アーダン、クラース、マチルダの3人も全員首を横に振る。


「そう、ですか……」


(ラビアーノの民はまだ誰も保護されていないのね……。皆、大丈夫かしら……)


 しょんぼりと肩を落とすレナを尻目に、ラフィールは粛々と話を進めた。


「それでレナの今後のことだが、16歳であれば一応はもう大人だ、今さら孤児院という歳でもあるまい。いっそのこと修道院に入ったらどうだ?」


 家族を失った場合、子どもは孤児院に行き、未婚の女性の場合は本人が望めば、修道院に入ることもあった。また、成人の場合は簡易宿泊所や住み込みの職場を紹介することも多いのだという。


 ラフィールの何気ない提案に、ほかの3人が立ち上がって抗議した。


「「「もったいない!」」」

「鬼だわ」

「鬼畜ですね」

「隊長、悪魔っすね」


 修道院に入るということは、神に一生を捧げるということ。それはつまり女として愛される悦びを知らずに生きていくことに他ならなかった。

 自由な恋を謳歌おうかしているアーダンたちにとって、その選択肢は最もありえない最大の悪手である。


「何とでも言え」


 部下たちの暴言を軽く流し、ラフィールは輝くばかりに美しい少女に視線を向けた。


 こんな娘を市井しせいに放り出したら、悪い男に喰われるのが関の山だ。それよりも修道院で清らかに生きていく方が、きっとレナには似合っている。


 またこの国の修道院は、()()()()の寄付金を積めれば、還俗げんぞくも可能だ。


 惚れ抜いた男が女を身請けしてやるのが一般的で、大抵の場合はそのまま婚姻に至り、女は良き妻良き母となって幸せな家庭を築くという。

 しかし必要とされる金額は、都会での家一軒分に相当する。一時いっときの恋や見せかけの愛、伊達や酔狂では、とてもじゃないが身請けなんてできなかった。


「レナちゃんなら他の子たちよりは、俗世に戻ってこられる可能性は高いでしょうけど……」


 マチルダの呟きに、男たちが素早く反応した。


「僕がレナを必ず迎えに行ってあげます。だから気長に待っていてください」

「いや、金がたまったら俺が迎えに行く。レナちゃん、気を落とすなよ」

「……やはり修道院はやめておくか」

「「まさか隊長も、レナ(ちゃん)を狙ってるんですか?!」」

「くだらん。お前たちと一緒にするな」


 軽々しい男2人の言葉が鬱陶しくて、ラフィールは「黙れ」とばかりに鋭く睨んだ。


(すっかり忘れていたが、経済的に厳しくなりがちな修道院には、貴族のパトロンが付くな……。もしその貴族から身請けの話が出れば、本人レナの意思とは無関係に、嫁がされるか愛人にさせられるに違いない。奴らは定期的に修道院を訪れるというから、すぐにレナに目をつけるだろう)


 彼女の幸せを考えると、修道院の線は消えた。


 それにラフィールは、堂々と身請け宣言をしたアーダンとクラースにも強い苛立ちを覚えていた。


 そのとき。


 貝になっていたレナが、ある決意とともにようやく口を開いた。


「私、決めました。領主さまがいらっしゃる街に行きます!」


 ウォルフの森の領主の館。

 そこは姉カタリナが目撃されたという、唯一の手がかりとなる場所だった。

長老「ラフィールは本当に過保護じゃな」

レナ「でも……口数が少ないからよく伝わらないですよね……?」

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