表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/88

13 可憐な花はまもなく開く

 顎を掬い上げられて、レナとラフィールの視線が真正面から交わった。


 ラフィールの一対の美しい琥珀には何か不思議な力があるようで、魅入られたようにレナは目が離せない。


 徐々にそして確実に近付く2人の距離。

 しかしレナの実感は、現実にまったく追い付いていなかった。


 ラフィールの低く響く囁きが、レナの衝動をぐらつかせる。


「お前はなぜそれほどまでに俺におびえる? 何かやましいことがあるからだろう?」


 ラフィールの吐息は甘い毒薬。

 触れるか触れないかの境界線上にある唇。


 耳をくすぐり、じんわりと注がれる毒に思考力が奪われて、無垢な身体はたちまち不可解な熱におかされた。


「騙したら承知しない」

「は……い……」


 犬の獣人に変化へんげはしているが、あまりに距離が近かった。自分の正体が、匂いでラフィールに暴かれてしまうのではないかと心配になる。

 それと同時に身体の深いところがきゅんとして、熱くなる身体は自分のものではないようだった。


 敏感過ぎるレナが、蜂蜜のような甘い感覚に連れていかれそうになった寸前。


「お前……!」


 急にラフィールがレナから身体を離したので、彼女もまた我に返った。


「ラフィール隊長?」


 彼の顔は見逃してしまいそうな程度に、ほんのわずかに赤かった。レナの気遣わしげな声に、ラフィールは巧みに動揺をしまいこむ。


「……まぁ、いい。なるべく早く親許おやもとに帰してやる。詳しいことはまた明日聞かせてもらうから、今日はもう休め」

「?」


 ラフィールの態度の変化にポカンとしながら、どうやら許してもらえたらしいことに、レナは心から安堵した。緊張の糸が途端に緩む。


「あの……」

「なんだ、まだあるのか。もう用はないだろう。なるべく早くこの部屋から出ていってくれ」


 ラフィールは漆黒の髪を無造作にかきあげて、努めて冷淡に言葉を紡ぐ。その動作は彼の表情をよく隠していた。


 獰猛だった狼に、レナは淡くはにかんだ。


「本当にありがとうございます。私の大切なお薬を返してくださって」

「…………」


 そんな彼女の天使の笑みを、ラフィールは複雑な気持ちで眺めていた。しばらくの沈黙。そしておもむろに切り出した。


「……ここは男所帯だ。明日の朝、迎えが来るまでは絶対に部屋から出るなよ」

「? はい」


 午前零時で変化は解けてしまうので、次に薬を飲める明け方までは、もとより部屋から出るつもりはなかった。


 退室の挨拶をして廊下に出る。もう既にマチルダいなかった。


 もといた部屋まで1人で帰ろうとするレナを、ラフィールが呼び止める。


「マチルダはいないのか?」

「帰っちゃったみたいですね」

「仕方ないな」


 するとラフィールが廊下に出て、止まっているレナを追い越した。そして少し行った先で振り返る。


「行くぞ」

「どこに行くんですか?」


 レナはくるりとした瞳をぱちくりさせて、可愛らしく小首をかしげた。


「もちろんお前の部屋だ。俺が送ってやる」

「え? ちゃんとお部屋は覚えていますから、大丈夫ですよ」

「まさか逆らうのか?」


 ラフィールの苛立ちを乗せた声に、レナは慌てて首を振る。


「……逆らいません」


 そうして彼女は小走りでラフィールに駆け寄った。




 * * *




 部屋までレナを送った後、ラフィールは耐えきれないように廊下の壁にもたれていた。そして「落ち着け」とばかりに深呼吸を繰り返す。


(あの香り……)


 包み込むような、それでいてとても印象的な甘い花のような、優しい香り。


 ラフィールはレナの首筋に近づいたとき、逆にその香りに囚われそうになっていた。

 それは酔いそうになるほど、彼の本能に絡み付いて……。


 今日最後になるはずの溜め息をそっと漏らす。


(あれは間違いなく発情香はつじょうこうだった)


 発情香は発情期を迎えた獣人の女が放つ一種のフェロモンだ。その濃淡や甘さ等、誰一人として同じではなく、その香りが魅力的であればあるほど、雄を強く狂わせる。


 レナのうぶな様子やまだまだ弱い香りから推察するに、彼女はまだ本格的な発情期を迎えたことはないのだろう。その香りにラフィールが気がついたのは、嗜虐しぎゃく心がもたらしたまったくの偶然だった。


 どちらにせよ固く閉ざしたつぼみの開花は近そうだ。


(あの容姿に、あの発情香……。危険すぎる……。無事に保護者のもとに帰してやらないと、下手したら途中で行きずりの男に喰われてしまうかもしれない)


 初めての花を散らすことに執着する男もいる。ほんの微かな香りにもかかわらず、ラフィールの本能を刺激したほどだから、その危険性は高かった。


(発情期を人為的に抑える方法もいくつかあるが、命に関わる病を患っているレナにそれらを使っていいものか……。厄介なのを、拾ってしまったな……)


 頭の中がレナの笑顔で満たされる。あの笑顔が失くなるのは、あまりに惜しい。


 そこまで考えを巡らせたラフィールは、美少女の魔性に、また自分も翻弄されていることに気が付いて、今度こそ今日最後になる溜め息を盛大に漏らすのだった。

長老「どうやらラフィールに、レナ専用過保護スイッチができたようじゃな」

レナ「過保護スイッチ?」

長老「お前さんがボーッとしているからじゃ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ