11 牙をむく狼
長くなっちゃいました(´・ω・`)
ラフィールの執務室は、レナがいた部屋の4倍ほどの広さがあった。
そこに置かれていたのは、よく整えられた執務机と隙間なく埋められた本棚、そして革張りの黒いソファー。
机横に設えられた扉はラフィールの居室へと繋がっているようだ。
案内されるままに、レナはマチルダと共に、見た目よりも固いソファーに並んで座る。
「命に関わる病気だというのはわかったが、具体的な病名は何だ?」
ラフィールはレナの正面に腰かけ、単刀直入に切り出した。
「病名……ですか?」
レナの笑顔が一気に曇る。
そもそも病気ではないのだから、病名なんて問われたところで答えられるはずもなかった。
そんな彼女を捉えるラフィールの双眸は、よく切れる剃刀のように鋭い。
「まさか、それすら考えていないのか?」
説明すると言いながら、病名の1つすら明らかにできないとはどういうことか。よしんば嘘をついているとしても、せめてもう少し取り繕うべきではないのか。
ラフィールは世間知らずの少女に若干の苛立ちを覚えた。
「先程も説明したが、お前のもっていたあの薬には未知の成分が入っていた。その成分が特定の病気に効くとなれば、新たな薬の開発にも繋がるだろう。だからすべてを話してもらいたい」
丁寧に諭されると、レナはかえって居心地が悪い。やはりラフィールには苦手意識しかないと、彼女は改めて認識した。
「実は……。病名というものはなくて……。そのかわり、薬を飲まなければ、どうなってしまうかはお話しできます。それでお許しいただけますか……?」
彼は長い脚に肘をつき、両手を組む。
(病名すらついていない奇病に冒されているのか?)
ラフィールが話の先を促したので、レナはマチルダから教わった野うさぎの調理法を今一度思い返し、うさぎ視点で説明する。
「薬を飲まなかったその日か、或いは数日後になるかはわかりません。でもそう遠くない未来に、まずは身体中の毛が無くなります。それからすぐに内臓も血液も……」
料理の下処理の段階で、レナはもう息が苦しくなってきた。
「……その後にやって来るのは……無慈悲な地獄の業火に焼かれる痛み……。やがて……この世に残るのは……ただ白い骨だけに……」
脳内で完成した野うさぎの丸焼きが美味しく完食された頃。
レナのそばでマチルダが悲鳴をあげた。
「きゃあ! どうしたの?! レナちゃん!」
レナは精神的な負荷に耐えきれず、気がつけば、ソファーの肘置きにくったりと倒れこんでいた。
「……あまりに悲惨な末路に、想像したら気持ちが悪くなってきちゃって……」
はらりと頬にかかる髪の隙間から頑張って微笑んでみせたが、血の気が引いた顔では、安心させるどころか逆効果だったかもしれない。
「死んじゃダメっ!」
「だ、大丈夫です……。まだ、生きてます……」
レナはマチルダの手を借りて、ゆっくりと上体を起こした。
滲む視界の端に映るラフィールの顔は、さっきよりも更に厳しい。レナは間もなく訪れる己の未来に絶望した。きっと彼は納得してはいないだろう。
しかしこの状況に耐えられなかったのは、レナだけではなかった。彼女を包み込むように抱きしめて、マチルダが叫ぶ。
「ラフィール! もういいじゃない! 本当に必要な薬だったらどうするの? この子、死んじゃうかもしれないのよ! 同期としてのお願いよ!」
マチルダはラフィールの部下であると同時に同期であり、互いに信頼し合うかけがえのない仲間でもあった。そんな彼女の言葉が届いたのか否か。
「……たしかにな」
彼はやおら立ち上がり、袖机から里秘伝の丸薬の入った小瓶を取り出した。レナに渡す前に何粒か中身を抜き、ほかの容器に移し替える。
「鑑定には出させてもらうが、残りは返してやろう」
「え、返してくださるんですか……?」
マチルダの腕の中で生気を取り戻したレナが、信じられない思いで聞き返した。
「ああ。死なれたら目覚めが悪い」
「ラフィール隊長……。あ、ありがとうございます……!」
レナは涙ながらに何度もお礼を繰り返し、ラフィールはそんな彼女をただ黙って見つめていた。
* * *
しかし事件はその後に起こる。
マチルダに続いて、レナが部屋から出ようとしたときだった。
グイッ!
突然後ろから強い力で腕を引かれ、目の前で扉が閉まったのだ。
「え?」
レナは何が起こったのかわからない。
後ろを振り返れば、目の前に聳え立つ長身のシルエットが見えて……。
「あの、まだ何か……?」
息がかかりそうなほどの至近距離にいるラフィールに、恐る恐る問い掛けた。
「犬のお嬢ちゃんに、わからせてやろうと思ってな」
細い腕を掴む大きな手。
マチルダは既に扉の外。
レナは今、この部屋の主と2人きり……。
「何をわからせるんですか?」
自由にならない腕を見て、少女の瞳が不安に揺れる。
ラフィールはフッと息を抜くように表情を和らげた。
(ラフィール隊長が笑うところを見るの初めて……。でも……なんか……)
挑発的に持ち上がる口角。
精悍な顔に浮かぶ嗜虐の色。
「大人を騙したらどうなるか、わからせてやろうと言っているんだ」
その瞬間、獰猛な狼の本性そのままに、ラフィールが牙を剥く。
長老「ヒャッハー! ラフィールぅぅ!」
レナ (! 長老がはしゃいでいるわ……)