1 うさぎの獣人
3作目です。よろしくお願いいたします。
自分の好きな要素をたくさん詰め込みました。気の合うお仲間ができるとうれしいです。大らかな気持ちで読んでください(切実)。
このページの最後に、いただきものの表紙イラストがあります(/ω\*)
「お父さま、お願いがあります!」
バンッと、激しい音を立てて扉が開く。
勢い良く開かれた扉が壁にぶつかるその前に、美しい少女が部屋に転がるようにして飛び込んできた。
「レナ、突然どうしたんだい?」
「カタリナお姉さまを、探しに行かせてください!」
「お父さま」と呼ばれた美麗な男性は、愛娘であるレナの懇願に、形の良い眉をわずかにひそめた。それから側にいた馴染みの行商人と顔を合わせる。
「私たちの話を、もしかして聞いていたのかい?」
「ええ。でも聞くつもりはなかったわ。たまたま通りかかったときに、耳に入ってしまっただけで……」
決まりが悪そうに指を絡ませるレナを見て、父親のレオナールは、ふぅっと長く息をついた。
「どちらにしても感心しないな。突然会話に割り込んでくるなんて」
「それは……ごめんなさい……。でもじっとしてなんて、いられなかったの。お姉さまがいなくなって、もう一年になろうとしているのに、このまま待っているだけだなんて……私……」
少女の淡い茶色の髪からのぞく、同色の長い耳。
いつもは元気よく天を向いているそれは、今は力無くしょんぼりと垂れていた。
レナの憂いの種であるカタリナは、二歳年上の彼女の姉。
活発な姉と引っ込み思案な妹は、血の繋がりを抜きにしても意外なほどに気が合った。
野原を転げ回り、花を摘み、森の中でかくれんぼをしていた幼い日々。
大きくなってからも毎日、お互いのベッドに潜り込んでは夜遅くまで語り合った。
近所の誰と誰が付き合っているとか、街ではこんなファッションが流行っているらしいとか、若い女の子が好む話題を、とりとめもなくいつまでもいつまでも……。
それなのに――。
変わらぬ明日がくると信じていた一年前の嵐の夜。
カタリナは忽然と姿を消した。
その日は雷鳴が轟き、激しい雨が窓硝子を乱暴に打ちつけていた。そんな日に限って、父親は街に出掛けて不在だったのだから運が悪い。
ガタンっ!
家の外から聞こえてきたのは、何かがぶつかるような大きな音。
「ちょっと外の様子を見てくるわね。こんな天気じゃ、お父さまもいつ戻ってこられるかわからないし……。危ないから、レナは家の中で待っていて?」
カタリナは長女らしく責任感が強かった。
「ええ、わかったわ。お姉さまも気を付けてね」
そしてそれきり。
姉は二度と帰ってはこなかった。
無理してでも、ついていけばよかった。
一人で行かせるんじゃなかった。
レナの心は終わらない後悔で、すっかり塗りつぶされていた。
自分のせいでいなくなってしまったカタリナを、レナは自分の手で探したいと、あの嵐の夜から、ずっと心に決めていたのだ――。
レナの気持ちは父親として、とてもよく理解できた。愛する家族を失った気持ちは、彼とてまったく同じこと。
しかしそれとこれとは話が別で、レナを外の世界に出すことは到底許容できなかった。
「うさぎ獣人にとって、外の世界がどれほど危険な場所なのか。レナが理解するのは、まだ少し難しいのかな」
ポツリとこぼされたレオナールの呟きに、レナは頬をリスのように膨らませた。
レナはもう十六歳。結婚だってできるのに。
「 子ども扱いはやめてください!」
レナが叫ぶ。
一方でレオナールは、「そんなところが子どもなんだ」と思いつつも、娘の余計な反抗心を煽りたくなくて、結局何も言わずにおいた。
レナたちは今や希少種となってしまったうさぎの獣人。
お揃いの長いお耳にまぁるい尻尾。
小さくて可憐な容姿そのままに、さみしがり屋で環境の変化に弱かった。
今うさぎの獣人たちは、とある事情により、他の獣人と混じらず、迷いの森の隠れ里で、身を寄せあって暮らしている。
里を出たことのないレナが会える他種族は、定期的に来る行商人のおじさんだけ。外の世界は想像でしか知らなかった。
道理の通らない娘に、レオナールは悩ましげに嘆息する。
「年齢的には大人になったかもしれないが、それでも私にとって、いつまでもかわいい子どもであることには変わりはないよ。それにレナは特別に愛らしい。こんな娘をみすみす危険な場所には行かせられない」
「お父さま……」
「わかって……くれたかな……?」
レオナールはそっとレナの頬に手を伸ばした。姉思いの妹の優しい涙を、親指の腹で拭ってやる。
「母さんやカタリナに続いて、レナまでいなくなってしまったら……。父さんの心は、壊れてしまうよ……」
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ここは森と湖の国フォレスターナ。
そしてレナたちが住んでいるのは、うさぎ獣人の隠れ里。
フォレスターナは豊かな自然に恵まれた、獣人だけの小さな国。
種族として特性を生かし、共生しているこの国の悲しき例外。
それがうさぎ獣人の存在だった。
©️ なのつく魔物さま
表紙イラストを下さった、なのつく魔物さまはハイファンタジーとエッセイを得意とする作家さまです。
おすすめは『目覚めたら500年後!! 魔王直前で石化した元勇者パーティーの剣士(推定LV85)、の物語』(https://ncode.syosetu.com/n4636fk/)。
異世界恋愛をホームとする女子も楽しめる、すてきなハイファンタジーです(*´∀`)