私の最後の日常 part II
第72話 ~卒業式~
「梓川さん。あなたの学力じゃ鶴田川は無理よ。」
「重々承知しています。ですがこの学校にどうしても行きたいんです。」
「こんなことを言うのは辛いけれども、無理なものは無理なのよ。諦めて美智香和高校に行くのが1番賢い選択だと思うわ。」
「私に無理って言わないでください!」
「現実を受け止めなさい。」
進路希望調査で志望校を書いたら戸田先生に呼び出され諦めるように促したきた。
私がこの学校にこだわった理由は美野里のためだ。
美野里はなんでも私の真似をする。それがどんなものなのか私には分かっている。
姉妹なのに。女同士なのに。
こんなのはダメだ。
だから私はこの学校を志望した。
夢を見据えてはいなかったが学歴には影響されて一石二鳥だと思ったから。
「本当にこの学校でいいの?翔子?」
「えぇ。もしお金の面で何かあるのなら奨学金制度に応募する。」
「お金は大丈夫だけど、本当にこれでいいの?」
「無理するんじゃないぞ。翔子。」
「わかってる。だけどこの学校がいいの!」
お父さんとお母さんは顔を見合わせて私に聞いた。
「どうして、この学校がいいの?」
「•••最新の技術を応用してるから。」
「わかった。お父さんとお母さんで検討してみるよ。」
母と父の間に亀裂ができてしまった。
無理をさせるのはわかっている。
これは、私の望んでいたことじゃない。
私は何をしたいのか見失っていた。
私のしたいことは特にない。
特になかったのだ。満たされていた。幸せだった。
それは、今も変わらないのだろうか。
卒業式、司会の教頭先生がタイミングを見計らい静かになったところで話し始めた。
「それでは、第68期生の卒業式を始めます。一同、ご起立願います。•••国歌斉唱。」
『君が世は、八千代に千代に さざれ医師を 岩音なりて 苔が海苔になるまで』
「一同、ご着席ください。•••ここで来賓の方々のご紹介をさせて頂きます。美智香和市役所の教育課課長 古橋 一郎様、美智香和教育委員会の重役 高須 二郎様。美智香和小学校校長 鹿島 忠様•••以上、ご来賓の方々の紹介でした。
続いて3年生、お別れの言葉。」
しばらくすると、落ち着いた雰囲気のBGMが流れ出した。
そして、第一声を放つ人はゆっくりと落ち着いて深く深呼吸をしてから、
「まずー、はじめにー、皆さん僕たちのー、卒業式にー、ご参加いただきー」
『•••ありがとうございます。』
「時は早いものでー、あっという間のー、3年間だったと思います。」
「ここまで支えてくれたのもー、先生方やー、両親の協力があったからだと思います。本当に、」
『ありがとうございます。』
「そのー、おかげでー、私たちは夢を見つけることができましたー。」
みんな夢なんて、無いくせに。
「お母さん、お子様の学力の状況からして、この学校を選ぶのは最善ではありません。だからといって止めるわけではありません。あくまで個人で決めてもらうことなのですので。ですが•••」
戸田先生はそこで言葉を詰まらせた。
「ですが?」
お母さんはその後に続く言葉を聞く。
「私個人の意見を申しますと、受かる確率はかなり低いと見受けられます。募集人員も少なく他県からの入学が多いこの学校では確実に秀才の集まりになります。だから無理なんですよ。」
「先生!私諦めませんから。」
『バッン!』
戸田先生は机を叩き立ち上がり、
「あなたには無理よ!先生はあなたに試験で落ちて欲しく無いから言ってるの!わかる?」
「わかってますよ!それでも私は受けたいんです!」
「どうして?IT技術の学校なら鶴田川以外にもあるはずよ!」
「•••学歴は高い方がいいと思うからです。」
「落ちてしまったらその学歴に傷が付くことになるのよ。落ちて浪人にはならないかもしれないけど、そのことは記録されるのよ。これ以上の学力はこの人には無いとされ社会で生きていくには不利になるのよ。」
「わかって、ます。」
「ねぇ、翔子。あなたの夢はなんなの?その夢が鶴田川と関係あるの?」
「•••」
夢なんてない。
今ある状況からただ逃げ出したいだけ。
美野里から距離を置くこと。それが私の夢だと思う。
それって、いいこと。なのだろうか。
「梓川さん。お母さんの話聞いてる?」
「はい、聞いてます。」
「翔子?」
「私は•••税関職員になりたいです。」
「どうして、税関職員なの?」
「それは、グローバルな視点で世界を見たいからです。」
「そう。税関職員は国家公務員ね。それなりの学力と外国語力が必要ね。そう考えると鶴田川に行くのも筋が通るのわね。」
「本当に鶴田川で学びたいの?」
私は頷く。
「そう。」
三者面談での会話はこんな感じで戸田先生がなんとか鶴田川を諦めさせるように仕向けていた。
「不安だったー、1年生もー、先輩が丁寧に優しくー、この学校の仕組みをー、教えてくださりー、僕たちはー、成長しましたー。」
「それがー、受け継がれてー、私たちがー、今の1年生にー、教えてー、伝統を引き継いだと思いますー。」
「それがー、この美智香和中学校のー、伝統でありー、誇りだと思っていますー。」
「美智香和中学校生徒がー、一致団結してー、この学校をー、作っているのだと思いますー。」
「だからー、2年生の皆さんー。」
「この学校をー、引っ張っていくリーダー、となる皆さんはー、私たちが受け継いだー、伝統を誇りに思ってー、次の1年生にー、引き継いで欲しいですー。」
「伝統を守りー、新たな美智香和中学校の歴史となるようにー、」
『努力してください。』
私の番だ。
「時にはー、仲違いすることもー、あると思いますー。ですがー、その仲違いもー、仲間だからこそだと思いますー。」
「だからー、•••」
私達に仲違いなどあっただろうか?
全くなかった。
だからといって仲が悪いわけではない。
喧嘩したこともない。
私が何か言っても、美野里は嬉しそうになんでもした。
私が逃げ帰って勉強していた時も鞄を持って帰ってきてくれた。
あの夢でも美野里は私を守ってくれていた。
拳銃で悪魔を撃っていた。
輪島って人に連れて行かれた時は、初めて裏切ったと思ったけど、そんなことなかった。
美野里は私を裏切りはしなかった。
あれが現実なのかはわからないけど、これほどまでに鮮明に覚えている夢なんてあるのだろうか。
どんなものでもいいけど私の夢だとしたら、私は美野里が頼りになるって思っているし、現実だとするならば、美野里はどんな状況でも私を守ってくれてる。
そう思うと、田鶴川なんていく必要ない。
だけど、もう手遅れ。
春休み、結果を報告しに行った時、
『そんなごめんなさい、あなたにキツイ言葉を言ってしまって。』
と言われた。
後日、私はある機会で戸田先生に会うことになった。
「ごめんなさい、遅くなって。」
スーツ姿の戸田先生はファミレスに入ってからというもの一際目立っている。
「全然、構いませんよ。」
「どう?高校楽しい?」
「えぇ、授業にはギリギリついていけている感じですけど、それ以外はなんの問題もありませんよ。そっちはどうですか?美野里や鈴木くんは元気ですか?」
「えぇ、元気ですよ。多分美野里さんはお家にいる時の方が楽しいとは思いますけど。」
「そうですね。でも構ってあげられる時間がなくて。」
「いつもそのこと文芸部で文句言ってますよ。『お姉ちゃんはもっと私に興味を持って欲しい!』とか。」
「まさか、それ他の人の目の前で言ってませんよね。」
「えぇ、私と鈴木くんがいる時に小言でいう時もありますし、大声で独り言のようにいう時もあります。」
「ちょっとそれは不安ですね。」
「そうですね。私はまた3年の担当になってしまったから、あの子の進路についても話し合わなきゃならないのよねー。」
「そっか、先生は進路指導か。」
「そうよ。私ベテラン教師じゃないんだけどねー。」
「まだまだ先生はピチピチですよ。誰ですか先生のことベテランっていうのは。」
「言われて嬉しいのだけど、まだ嬉しくない歳だもの。」
「複雑ですね。」
「でも、3年生だからあの2人を監視できるのはいいことよね。こうして報告もできるわけだし。」
「たまにでいいですよ。」
「進路ねー。美野里さんも多分田鶴川高等学校って言うんだろうなー。」
「その時はよろしくお願いします。」
「あなたも大概よ。『私に無理って言わないでください!』だなんて初めて聞いたわよ。」
「でも、無理なことなんてなかったじゃないですか。」
「確かにそうね。」
「無理って決めつけるから無理になるんですよ。不確定なことの先なんて誰もわからない。だから私は物理学者を目指しているんです。」
「前は税関職員じゃなかった?」
「あの時は言い訳ですよ。先生が、夢はなんですか?なんて問い詰めるからですよ。」
「確かに、そうだったわね。ごめんごめん。あの時はちゃんと諦めてもらって、未来へ進んで欲しかったからよ。でも、何があって物理学者なのよ?」
「無理なものは無理と限らないからですよ。例えば、中学校の旧校舎が別の間の次元のテレポーターの役割を担っている可能性だってあるかもしれませんよ。私達の知らないところで旧校舎に地下室があったり、音楽室には隠し扉があったりするものなのですよ。」
「音楽室に隠し扉?話が大袈裟よ。」
「原子が今あるところから別のところへ移動するにはどうするのか?そう考えた時に現れるのは時間を止めることですよ。」
「時間を止める?」
「時間は一定の速度を保って動いている。それが24時間。秒で表すと86400秒です。これは変わらない。じゃあどうやって時間を止めるか?
それを今、研究中なんです。」
「高校生とは思えないわね。」
「これも、無理という言葉に惑わさられなかった賜物ですよ。」
「そうかもしれないわね。じゃあ、そろそろ私は行くわ。」
「まだ、お茶も飲んでないじゃないですか。」
「教師は忙しいのよ。例えば、テスト問題を作ったり、部活に出席したり、会議に出たり、それに知ってた?部活動の時間ってあれサービス残業なのよ!超ブラックじゃない?」
「愚痴をここで言わないでもらえますか。また今度このことについて話しませんか?」
「えぇ。そうして頂戴。」
「では、またの機会に。」
そう言うと席を立ち戸田先生は、ファミレスから出て行った。
「•••だからー、これからはー、」
『夢に突き進んでいきたいと思います!』
「以上でー、お別れの言葉をー、終わります。」
『パチパチパチパチ』
体育館中に響く拍手。
後、1時間で中学生が終わる。
そう思うと、自然涙が出てきた。
30分に及ぶお別れの言葉を終えて私達は、歌を歌い出した。
まともに歌えなかったのは私だけじゃなかったと思う。
その後、卒業証書を受け取り卒業式は終わりを迎えた。
「翔子。よかったわよ。」
「お母さん。」
外で待っていた母がそう言って抱きしめてくれた。
「よかったぞ。翔子。」
「うん。ありがとう。」
お父さんからもそう言われて、私はもっと泣いてしまった。
「あの、先輩。」
この声は聞き覚えがある。
無茶を言っても、何だかんだ言ってしてくれる私の鈴木くんの声。
「ご卒業おめでとうございます。」
「私たちは邪魔かな?行きましょ、あなた。」
母は父を連れて校門で待ってると言った。
「どうしたの?鈴木くん。」
「涙、拭いたらどうですか?」
そう言って鈴木くんのポケットからハンカチを取り出し渡してくれる。
「紳士なのね。その姿も。」
「こ、これは勝手にメイドが•••それにそのハンカチも普段は持っていないハンカチですよ。」
確かにシルクでできているかのような柔らかさ。
私はそれで涙を拭うと、
「ありがとう鈴木くん。みんなをよろしくね。」
そう言いハンカチを彼の手に置き手を振って校門へと向かった。
寂しい気持ちは押えこもう。
ワガママを言いたいけども、ちゃんとケジメをつけなきゃ。
「あの、先輩。」
鈴木くんは私を呼び止めた。
「何?」
「また、うちに遊びに来てください。」
「あら、じゃあ遠慮なく行かさせてもらうわよ?」
「たまにでいいですけど。」
「そう。じゃあたまに行かせてもらうわ。」
すると、恥ずかしくなったのか鈴木くんは、
「やっぱり忘れてください。」
「私は、やりたい時にやる女だから。鈴木くんが何と言おうが問答無用でお邪魔するわよ。」
「先輩はやっぱり先輩です。」
「そう言ってもらえて光栄だわ。」
「じゃあ先輩。元気で。」
「えぇ、鈴木くんこそ元気でね。」
今度こそ、私は校門に向かった。
この時の私は、本当に何もかもが幸せだった。
これで第6章も終わりです。
特に感想がなくて困っていますが、終わりです。
次回は修了式です。
ここでちょっとお知らせです。
9月の中旬まで更新が不定期もしくは全くなくなってしまうかもしれません。
毎日投稿ができるのはこれで最後かもしれませんし、ちょっと先かもしれません。気分次第ですね。
本来ならば『陰キャの日常if』が始まるのですが、
不定期の期間は『この世界のどこかに誰かは生きている』を更新したいと思います。
最近書く時間が取れなくて8月の初めで途絶えていました。なので不定期期間はこっちに専念したいと思います。
以上でお知らせを終わります。
それでは読んで頂きありがとうございました。




