第一話に出てきた曲の話
まず、皆様におかれましては拙作「恋のほのお」をお読みくださりありがとうございます。7月も終わろうとしている中、4月から書き始めたこの物語にユニーク・ユーザーの方が800を超えているのを確認するとただただ、感無量としか言えません。
800という数字が多いか少ないかは分かりませんが、少なくとも、私が大学で「白痴」を谷崎潤一郎的深みもなく、その言葉通りに実践しながら文芸サークルの会合の後で謎の焼酎サワーを犯罪的に安い沖縄料理屋でなめながら書いていた時よりもウン十倍の方がチラリとでも読んで下さったという事実は、マリアナ海溝よりも深く、通天閣よりも高い。これからも、ホームランとは叶わずとも、ポテン・ヒットくらいの味わいでせっせと書いていきたいと思います。
さて、この駄文の主題は音楽です。
拙作「恋のほのお」はタイトルからして当時のヒット曲を借用したもので、1967~70年当時の名曲のタイトルを洋楽邦楽問わずにそれぞれの話のタイトルにもってきています。ただ、これは決してタイトルを考えるのが面倒だからという思考の放棄ではないのです。
21世紀も20年近く経った今、インターネットの浸透などで流行っている音楽は細分化されました。そんな、小学生から壮年まで好みが分断されてしまっている現在では考えも及びませんが、この当時(今から50年前です)のヒット曲というのはそれこそ大衆への訴求力が圧倒的でした。これは、楽曲のパワーもさることながら、テレビ・ラジオの権威が今以上にあった時代だからこその話で、誰もがこれら放送メディアのプログラムを共有して、話題にしていました。世間の欧米への憧憬が今よりも強い時代、「演歌」というジャンルは確立されておらず、流れる曲は美空ひばりあたりを除けば洋楽を焼き直した歌謡曲と、洋楽、または洋楽カバーでした。
もっとも、美空ひばりだって、昭和30年まではジャズをメインに唄っていましたが。
歌謡曲なりポップスが、全世代の共通言語だった時代、それは曲を自己に投影可能な時代といえます。今から見ればそれぞれの歌詞は稚拙かもしれませんが、そんな歌詞が流麗なメロディーとかちあった時、人々の歴史が生まれます。もちろん今でもそうです。誰だって、初恋をした時に一生懸命聞いていた曲、なんてものは墓場まで持っていくのですから。ただ、60年代終わりという時代の場合は、若者の多感な季節ということもあって、その時流行っていた曲が気がつけば歴史の一部になるというケースが多々あります。まあ、今、歴史を語っている連中がこの世代ばかりということもありますが。
拙作が、青春というものを切りぬこうと悪戦苦闘する中、執拗に歌のタイトルを持ってくる理由はそのあたりにあります。もがく主人公達が、やがて当時を振り返って、「ああ、あの時あそこでこんな曲流れていたなあ」と回想するかもしれない、それだけの話です。
繰り返しますが、タイトルを面倒くさがってつけていないわけじゃありませんからね!
さて、曲です。第一回で登場した曲は、いしだあゆみ「あなたならどうする」(オリコン最高2位)とショッキング・ブルー「ヴィーナス」(オリコン最高2位)の二曲です。
ショッキング・ブルーのこの曲は未だにCMやテレビのジングルで使われる機会も多いので聴いた方もいらっしゃるかと思います。ロマ出身のエキゾチックな風貌の女の子にギター、ベース、ドラムスというシンプルな編成のオランダのロックバンドで、呪術のような歌声のこの曲のみで今もなお、語り継がれています。世界的なヒットはこの曲だけですが(全米1位を獲得したのに、意外にも本国オランダでは3位どまり)、日本ではこの曲以外にも数曲が日本人好みのマイナー・コードの楽曲の連発もありウケにウケ、70~71年にかけてヒット曲を連発し、来日公演までしています。割高な洋楽シングルにもかかわらず、しばしばチャート上位まで昇ってくるショッキング・ブルーの人気には凄まじいものがありました。
一方のいしだあゆみは「ブルーライトヨコハマ」という歌謡史に残るトンデモないミリオンセラーを69年に出した後の、次の大ヒットがこの「あなたならどうする」です。当時の常として、ポップス路線で売り出した女性アイドル歌手は、大抵フレンチ・ポップスを基盤としていました。その一方の雄が奥村チヨです。65年から和製シルヴィー・バルタンとして売り出した彼女は、やがて小悪魔的なルックスと、退廃的なハスキーボイスでこの時期、今になって「恋三部作」と呼ばれる「恋の奴隷」「恋泥棒」「恋狂い」で世の男性のSの心と爛れた性への憧れを刺激に刺激してスターダムに躍り出ます。
一方のいしだあゆみは、奥村チヨ的小悪魔ルックスではなく、バタ臭い顔立ちの正統派美人でした。が、歌唱力も十分にあったのに、なかなかブレイクせず、レコード会社の移籍を繰り返した後の68年に、当時流行っていたGS調の「太陽は泣いている」をオリコン18位に送り込んだことで脚光を浴びます。そして「ブルーライトヨコハマ」「あなたならどうする」のヒットで不動の地位を築き上げるのですが、彼女はその日本人とは違う感覚の美貌を持ちながら、歌詞の世界観は古色蒼然たる「3歩下がってついていく」を踏み出しませんでした。「従順な美しい女性」というある種の妄想の先にいる女の子として、彼女は世に出てきたといっていいでしょう。なんとも!
1970年、主人公の波多野は喫茶店でこの二つの歌手とバンドの曲を聴きます。ある事実を現実のものとして受け止めざるをえなかった大学生は、病み付きになるようなギターストロークのオランダのロックと、美女にすがりつかられるような後ろ髪惹かれる和製の一曲で胸中を複雑にしていくのです……。