S.9「Search①」
跳躍から着地した俺は、田鴨や茜さんたちの顔を見回す。
皆が皆、驚愕と衝撃に満ち溢れた顔をしていた。
特に四バカの表情は、漂◯教室的な、劇画調のとっても濃いものだった。
どうやったらそんな顔出来るんだ、お前ら。
そんな彼女らの渾身のネタ行動は無視して、先ほど俺の言動をイタいものと勘違いしやがった男子二人を見る。
「どうだ、松岡くんに寺田くん? ただの厨二設定じゃないことは分かっただろう?」
なるべく堂々とした口調で、こう言ってみる。
普段から態度が堂々としていれば、自然と人はついてくる。
そうゲームで、シオンたんが言っていたからだ。
「あ、・・・あ・・・」
山西くんが、途切れ途切れに口から音を漏らした。
震える指先で、後退りながら、俺を指している。
・・・怖がらせてしまっただろうか。
想定内ではあるが。もしかすると、<弾鬼術>の超基礎的な「弾」でも、見せるのは時期尚早だったかもしれな・・・。
「し、ししょおおおおおおおぉぉぉぉおお!!!!!」
叫びながら、こちらへ猛然とダッシュし、勢いで空中一回転して土下座を決めた。
こんなにも見事な土下座は、浅学な身であるからか、恥ずかしながら初見である。
是非今度、三画面からスローで観察したいものだ。
「俺を、弟子にしてくださいぃ!!」
不確かながら「師匠」という言葉を耳にし、軽く現実逃避してみたが、無駄だった。
こんなこと言われるのは、まったくの想定外である。
「断る」
「何故ですか!?」
「一朝一夕で出来るものでもなければ、そもそも体の殆ど出来上がってしまっている高校生には無理だからだ」
才能がどれだけあっても、最低でも小学三年生までには、家の秘伝である「肉体改造の範疇に収まってほしいアレ」を受けなければ(収まっていなければ違法)、<弾鬼術>を習得するのは不可能だ。
「そ、そんな〜!? 師匠なら、憎たらしいほどのイケメンでも許せますから、何卒ぉ・・・」
・・・ふ、また言おう。
笑止。
「イケメンは、・・・美少女もだが・・・、二次元にしか、存在しない!」
「なっ!? ・・・お前、分かってるじゃねえか」
立ち上がり、一転してタメ口になって握手を求めてきた山西くんの手を、ぎゅっと握り返した。
彼とはいい友達になれそうだ。
田鴨たちは、持参していたのだろうハンカチを噛みながら、「キィ、悔しい! 絵なんかに負けるなんて!」などとのたまっているが、そもそも同じ土俵に立てるつもりでいるのが烏滸がましい。
もうすでにクソまみれ・・・いや、肥溜めの魔獣と言っていい貴様らと違って、シオンたんは永久に汚れないのだ。
定石通りに冷めた目を送ってくる、三次元に雁字搦めな松岡・寺田両名を憐れみの視線で見つめ返してやっていると、茜さんが口を挟んでくる。
「ね、ねえ! 私は一度見てたし、別に嘘ついてるなんて疑ってなかったけど・・・。あなたなら、これからいつあの黒い化け物がやってきても、倒せるんだよね!?」
真剣な目で、彼女はそう問うてきた。
会話の切れ目を見計らっていたのだろう。
元々の目的を思い出し、コホンと咳払いした後、安心させるように朗らかに笑う。
「当たり前だろう? 皆、守ってやるよ」
堂々と、堂々と・・・を意識した上でのセリフだが、なんとも気障なことを言ってしまった。
ああ、松岡くん、俺にそんな反抗的な目を向けないでくれ・・・。
「ああ、もうお前イケメンだよ! まごう事なき二次元世界の住人だよ! 抱いて!」
一方の山西くんは、両手を大に広げながら、とても好意的な態度を示してくれた。
最後のはごめんだが。
俺に抱きつこうとする山西くんの肩を、其連が笑顔でひっつかみ、引きずり込んで四人で集団リンチするシーンは、見なかった事にする。
さて、四バカはともかく、茜さんと志崎さんも俺の力を認めてくれたのか、一目瞭然なほど険の取れた表情で、安堵の溜息をついていた。
寺田くんも、渋々ながらだが、俺が防衛に使えるという事実くらいは受け入れてくれたようだ。
問題なのは松岡くんだけど・・・、まあ、すでに恐怖や絶望に飲み込まれている様子はないし、よしとしよう。
総括すれば、「自己紹介」は、目的を大まかには達成したと言えるだろう。
・・・この空気で、「今いる世界では、突然死する可能性がある」と告げるのもどうかと思うので、黙っておく事にした。
相変わらずの、空模様。
爽やかな青空にぽっかりと空いた、どこまでも黒い穴。
太陽が切り取られた世界のようでありながら、昼間のような明るさが、いつまでも続く。
「・・・ここに夜はないのか」
ボソッと呟いた。
もう体感では、このアンノウンな世界で目覚めてから、半日くらいは経っている。
なのにお空は、明るいままだ。
斜陽の気配もない。
・・・太陽がないからか。
「まるで、どこかの誰かが、遊びで作った嘘の世界だ」
この半日間、あの悍ましげな黒い巨体に襲われる、といったことはなかった。
それは良かった、のだが。
「また問題が、発生している」
振り向き、後ろを見回すと、皆、疲れ切ったような顔をしていた。
自己紹介を終えてから、松岡くんの提案により危険を承知で、見渡す限りの平原を全員で散策してみた。
二体目の黒い巨体から、助けたときに気絶させた少女については、全員に説明した後、俺が面倒を見ることになっていた。
ので、この散策の間、ずっと背負っていた。
四バカは終始、少女のことをおどろおどろしい目で見つめていた。
散策の結果、「どこまでも続く原っぱだ」ということしか分からなかったので、すぐに断念。
なので、彼らの疲労の主要因ではないだろう。
「やはり、環境の違いもあるだろうな」
慣れ親しんだ家、家族がいない。
それだけでも十分なストレス要因になるのに、それに加えて今、帰れる保証がないし、茜さんのお姉さんの、突然死の原因も分かっていない。
例えば、寂寥感に焦燥感などを無意味に募らせて、それを過度に否定したのち、より強く意識してしまうという負のスパイラルで心を徐々に疲弊させていってても不思議ではない。
けれども、環境の違いの極め付けは、先ほど考えていたように、「夜がないこと」。
北緯30~40度にある日本という国は、ありがたいことにどんな季節でも夜に恵まれる。
自然、人の生活にリズムが付きやすくなっている。
普段そういう国に生きているからか、俺の体は今、「もう絶対に日が照っていない時間なのに、昼間のように明るい」という事実に非常に戸惑っている。
体調リズムが崩れかけで、それによって疲れやすくなっているのを感じるのだ。
他の皆も多少なりとも、この白夜状況に負の影響をもらっていると思う。
「でも、疲労の一番の原因は・・・」
腹をさする。
「あうおぉー・・・」
突然、山西くんが気の抜けるような声を出した。
松岡くんや志崎さんは、ビクリとした顔で彼を見る。
「腹、減ったなぁー・・・・・・」
そう、欠乏。
今、一番深刻な問題と言っていい。
この、作られた嘘のような世界。
食糧となるものが、ないのだ。
より強固な危機感が、ブクブクと湧き上がり、俺の心を沈み込ませようとする。
・・・大丈夫だ、落ち着け、俺。
跳躍したとき、パズルのピースが一枚、はまる気がしたあの感覚。
一瞬だけでも、もやもやした霧が晴れるような気分になった。
俺は、特に根拠はないが、確信しているのだ。
ここは、本当に作り物、なのだと。
そして、仕掛けられたパズルを解けば、この趣味の悪いクソゲーから脱出出来る、と。
「四バカは、<称号>「肥溜めの魔獣」を得た!」
Serious様そろそろ再起動。