S.6「Start②」
「何だって言うんだ・・・、何だって言うんだっ!??」
ほんの三十分もしないうちに。
目の前で人が死ぬという、今まで体験したこともなかったような、重い、重い出来事が、二度も起こった。
「んぷっ、げぇぇーぇ・・・」
張り詰めすぎた心が祟ったのか、吐いた。
抑えていた分、すべて。
胃の中が空っぽになって、酷い虚脱感に見舞われるが、その方がまだまし。
瞬く間に、虚脱感は追い払われ、頭の中を恐怖が巣食う。
ハッとなって振り返り、尋常じゃないほど錯乱していた、今は気絶する少女を見る。
・・・死んでない。
弱々しいが、呼吸音はちゃんと聞こえる。
「それでも、安心は、出来ないな・・・」
たった今心臓を押さえて死んだ少年と同じく、この子も、いつ死ぬかなんてのは分からない。
・・・ひょっとすると、田鴨たちも。
俺も。
せめて少年の死因が分かればいいのだが、今ある情報では急に心臓が止まって死んだ、くらいしか明らかでない。
茜さんのお姉さんに至っては、、彼と同じ死に方をしたのかすら不明。
死んだことしか、分からない。
この世界は、突然死が有り得る場所。
ぶるり、と寒気がした。
体温が急激に下がる錯覚に囚われる。
寒い、怖い、怖すぎる。
直前まで学生しかやってこなかった俺に、突然死するかもしれない覚悟をするなど、土台からして無理がある。
「ふ、ふざけんなふざけんな、ふざけんな!」
声を絞り出して、これまで感じてきた中で、最も強固かつ原始的な恐怖を、自分の中から追い出そうとした。
「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな」
まさしく心を守ろうとする、正常に保とうとする人間の本能からの行動だったが、恐怖もまた、動物の本能的感情であり。
震えが、全然治まらない。
「・・・畜生っ!」
太陽がないにもかかわらず青々と茂る、植物の絨毯を乱暴に蹴り散らし。
草葉のカケラと土埃がふわりと、屍体の上に舞い落ちた。
眺めていたら、精神的な疲労がどっと来て、血で網目状に濡れる地の真ん中に、どんと座り込む。
「はあ、はあ・・・」
それこそ全く、肉体的な疲労は感じていなかった。
だが、思わずして呼吸が荒くなっている。
「だめだ、落ち着け、過呼吸になる・・・」
理性を手繰り寄せ、過剰な呼吸欲求を抑制する。
幾分か経ち、普通の呼吸を取り戻すことに成功。
遠い目をしながら、殺された四人の残骸と、目前で急死した少年の骸に、最後に祈りを捧げて。
「・・・とりあえず、戻るか」
四バカと茜さんたちの元に、気絶させた女の子を連れて、帰ることにした。
「! みんな、和ゥが帰って来たで!」
戻ると、其連の言葉をきっかけに、視線が一斉にこちらを向いた。
四バカと山西くんの、俺の顔を伺うような目。
松岡くんと寺田くんの、一層俺に敵意を込めた目。
茜さんとハーフ金髪の少女の、泣き腫らした後の、赤い目。
彼らの真ん中には、腕を組んだ状態で寝そべる、茜さんのお姉さんの姿があった。
顔の上には、誰かが持っていたのだろう、正方形のハンカチが、整然と置かれている。
彼らも、彼女の死に、気づいたのか。
松岡くんが激怒した様子で、肩を揺らして俺に近づいてくる。
ガッ! と乱暴に、胸ぐらを掴まれた。
背中に担ぐ、気絶した少女を落とさないよう注意する。
「おい! お前が、理沙さんを殺したんじゃないのか!?」
突然向けられた殺人疑惑に目を見開くが、疑われても仕方のないことに気がつく。
なにせ、茜さんのお姉さん、理沙さんが死んでいるのが発見された時、現場に俺一人だけいないのだから。
「・・・俺はこうして戻ってきた。つまりそれは、君の推測が間違っているということじゃないのか?」
どうにか冷静な口調で、そう問うてみる。
「っ! それはだな・・・、逆に、戻ってくることで疑惑を躱そうと・・・」
「違うわよっ! なんなのあんた!? さっきから、カズに容疑の矛先を向けようとばっかり! 黒い化け物ってやつから助けてもらったんでしょ!? 恩を踏みにじるのだけは、なしでしょ!」
尚も食い下がる松岡くんに対し、田鴨が噛み付いた。
「何度も言ってるが、落ち着いて考えるアル。私たち、出会うのは多分今日が初めてアル。和さんに理沙さんを殺すような動機は、ないはずアル」
「私たちの高校は東京、あなたたちの高校は神奈川〜」
韓も白百合も、俺のことを庇ってくれる。
「それに、ウチらの和ゥは、ちょっと不器用なとこあるけど、めっちゃ優しい人やねん。殺す動機があったって、殺人犯すなんてことは絶対あらへんわ」
そして、其連が松岡くんと寺田くんに向かって宣言する。
苦い顔をする二人。
「よ、四バカよ・・・」
盗撮・ストーカーでマイナスになっていた彼女たちへの好感度が、一気にプラスに転じた。
「じゃ、じゃあ・・・」
今までずっと黙っていた寺田くんが、緊迫した顔で話し出す。
「なんで、理沙さんが死んだって言うんだよぉ!」
耳を劈くような彼の叫びに、その恐怖が伝播し、皆の顔の筋肉が引き攣った。
もし理沙さんを殺したのが俺だったのならば、彼女の死んだ原因ははっきり明瞭で、人死にの不快感を、恐ろしさを、俺という決まった存在にぶつければ良かった。
だが、一転、俺への容疑が一先ず晴れたことで、理沙さんの死が一気に、何一つ見えない濃霧の中の事実と化してしまう。
結果、寺田くんの溜まり続ける悪い感情に、行き場がなくなってしまった。
見るからに焦燥し、衰弱した彼は、フラフラと彷徨いながら、親指の爪をガジガジと噛む。
松岡くんも不安を行動にこそ出していないが、青い顔をしながら、足をブルブル震わせていた。
「俺、俺も死んじまうのかなぁ、帰りたい、帰りたい・・・」
寺田くんが呟いた途端、涙を流すまいとしていた茜さんとハーフの少女は、肩をビクンと動かして、「うぅ・・・」とさらに大粒の涙を流し始めた。
帰りたい。
茜さんも、あのハーフの少女も、大人しそうな子だ。
右も左もあるいは上も、全く見たことのない場所。
多分、ここに来てから三時間、ずっと抱いていた想いなのではないか。
しかし、山西くんが異世界だ、と喜び勇んだせいで、「帰りたい」という言葉が。
皆を困らせる。
ワガママになる。
足手まといになる。
そういうNGワードだと思ったのではないか。
そして、理沙さんが死んでしまい。
極度の混乱状態の中、寺田くんが「帰りたい」なんて言ってしまえば。
・・・決壊するに決まってる。
「「あ、あああああ・・・っ!」」
茜さんたちは大きな声を上げながら、子供のように泣き出した。
松岡くんは、いつの間にか膝を突き、ブツブツ何かを呟いており。
寺田くんは、血が出るほど額に爪を立て、痛みで必死に感情をごまかしているようだった。
唯一まだ正気を保ってそうな山西くんも、縋り付くような目で、俺に必死に助けを求めていて。
・・・この状況が続くのは、非常にマズい。
ここは、一般人では勝てない黒い巨体が少なくとも複数いる、危険な場所。
彼らではまず勝てないとはいえ、精神的に健全であるのとないのとでは、守りやすさに大きく差が出る。
帰る方法は・・・目処すら立っていないが、生き延びるには、茜さんたちの精神を、立て直さなくてはならない。
しかし、どうすればいい?
俺ではどうにもなるまい。
こんなとき、コミュ障が悔やまれる。
援助を求め、コミュ強な田鴨さんへと視線を送った。
近づいてくる彼女に、茜さんたちを元気付けるための相談をしようと耳打ちの姿勢を取ったら。
逆に、彼女の方が俺の左耳に口を接近させて。
甘く、切ない吐息で。
「ねーぇ、こんな他人放っといて、私と◯◯◯しない?」
という、とんでもないことを囁いてきた。
問題です、◯◯◯の中に入るのは、一体なんでしょうか(棒)