S.5「Start①」
「いや、イヨちゃん。山岡って奴ぅ言っとった、ステータスのこと忘れてんで」
振り出しに戻して雰囲気転換を試みる田鴨に対し、横から口を挟む其連。
それを受けて、田鴨は遠慮がちに山西くんを一瞥し、さっと目を背けた。
「え、ステータス? ・・・その、山田って男の妄言じゃないの?」
・・・ひでぇぞこの二人。
山西くんの名前を間違えるとは。
しかも田鴨に至っては、妄言扱いとは。
「・・・」
山西くんは絶句していた。
強く生きろ。俺も頑張るから。
「・・・はっ! 青春の一ページをビリビリに引き裂かれる、悲惨な白昼夢を見ていたような。そして、ステータスのことは本当だ! ステータスオープン、と言えば見れるぜ!」
現実を白昼夢という言葉ですり替える山西くん。
というか、青春の一ページをビリビリに引き裂かれるほどのショックを受けていたのか。
メンタル弱っ。
「えええ・・・。高校生にもなって、そういう厨二じみたのは・・・」
「ステータスオープン〜」
渋る田鴨に対し、躊躇なく試す白百合の口調は、青い狸型ロボットに似ていた。
「さすが白百合アル。私もいっちょ、ステータスオープン」
続いて韓。
「お〜。見える、レベル1、スキルは、『盗撮』中級〜」
「おお、何これ、ゲームアルか!? 私もレベル1で、スキルは白百合と一緒アル・・・と思ったら、『盗撮』は初級だったアル」
空に暗い穴の空いたこの地に来る際、着ていたままだったセーラー服を揺らしながら、キャイキャイ話す二人。
彼女らには何か見えているようだが、俺には全く見えない。
「幻覚じゃ、ないんだな?」
確認すると、「うん、多分〜」と白百合の生返事が聞こえた。
とすると、彼女たちはすでに「盗撮」という危ないスキルを保持していることになる。
気をつけよう。
「な、嘘じゃないだろ!? お前らも試してみてくれ!」
その言葉に押されたのか、松岡くん、寺田くんも、渋々と試していた。
・・・口元が、微妙ににやけている?
「本当だ、レベルも、スキルもあるな」
我慢するように声を抑えて、努めて冷静に言う松岡くん。
「うー、恥ずかしいけど・・・、ステータスオープン!」
「んじゃ、ウチも行こか。ステータスオープン」
「わ、私もステータスオープン!」
そうやって、ステータスオープンの輪が広がっていく。
「ス、ステータスオープンですわっ!」
ハーフっぽい金髪の女の子も、その輪に入った。
何だか乗り遅れたような。
いや、茜さんのお姉さんがまだだ。
一人でやるのは何となく気恥ずかしかったから、同じタイミングでステータスオープンしたい。
というか、さっきから見ないが、彼女はどこに行ったのだろうか。
探し、目に捉えた彼女は、俺たちから少し外れたところにいて。
どういうわけか、こちらとは反対向きに三角座りしていた。
何故か、ピクリとも動かない。
「・・・?」
皆、ステータスに夢中になってワーワーと騒いでいるのが、くぐもって聞こえる。
茜さんのお姉さんの不在など、気にも留めていない。
彼女に話しかけてくれそうな人がいればいいが、虚空を熱心に見つめる彼らに頼んでも、無視されそうだ。
仕方なく、「えーと、そこで何してらっしゃるのですか・・・」と、俺自ら声をかけてみる。
なんとなく、嫌な予感がする。
・・・反応がない。
おかしい。
ドッ、ドッ、ドッと心臓の鼓動が早まった。
冷や汗流して急かす心のままに、正面に回って彼女の顔を見れば。
先ほどまで姿勢正しく、凛とした雰囲気を漂わせていた彼女は、半分に開けた瞼の下に、虚ろな目を覗かせながら。
だらしなく下がる形の良い顎に一筋、自らの唾液を垂らして。
事切れていた。
「ひっ!?」
緩んでいた心の紐を、ギュイッと締め上げられる心地がした。
人が死んでいる。
人が、死んでいるっ!?
脈など確認せずとも分かる。
あれは、生きている人のする表情ではない。
何で、何で!?
あんなに元気に、茜さんと喋っていたのに。
せっかく、あの黒い巨体から生き延びることが出来たのに。
パニックになって、ドサッと尻餅をついた後、ズリズリと後退った。
ステータスのことで興奮している他の皆は、まだこのことに気づいていない。
どうする?
伝える?
今?
見えるのは、パニックに陥る彼らの姿。
特に、茜さんはとんでもないことになりそうだ。
否、どうせすぐに知れること。
分単位の先延ばしより、情報共有を・・・。
と、俺がなんとか理屈をこねて行動しようとした、その時。
ぎゃああああああああああああ!
遠く、かなり遠くからだが、人の叫び声のような音を、俺の耳は拾った。
その旋律に紛れる絶望、恐怖の余韻に、俺の体は再び、無意識に反応した。
命が、俺の手の届く範囲で、奪われている。
奪われようとしている。
「『弾』」と一言、そして地面を蹴り上げた。
「間に・・・、合え!」
永遠に続いているように見える原っぱを一気に駆け抜け、声のあった方へ向かう。
右で長く伸ばしている髪が、少し汗ばむ首に巻きついて、気持ちが悪い。
その先には。
無残にも殴り殺された人の屍体が、四つ。
吐きそうになるのを堪え、周囲を見渡すと、肩を抱いて震える男と、今にも殴りかかられそうになっている女。
そして、女を殴ろうとしている、空に浮いた黒い巨体、だが・・・。
なんか、さっきのと、形が違う?
目の前のは、殴るのに特化した形を、しているように見え。
そう、初めて会った、光の弾を放った奴と、形態が全然違う。
具体的にどう違うかは、詳しく見ていなかったから、あんまり語れないが・・・。
観察している間に、俺はすでに巨体に躍りかかっていた。
察知したか、巨体は宙に浮く体をさらに上昇させ、俺の攻撃をさっと躱す。
「そんなのありか」
一言文句を付けた後、着地して乱れる体勢を強引に整え、「弾」を左足に集めて跳躍。
あっという間に空高く上がる巨体に追いついた。
慌てた様子で殴りかかってきたので、「脇がお留守だ」と呟きながら、がら空きの胴体に回し蹴りを決めてやった。
物理法則に従って真横に飛んで行く前に、頭の上からかかと落としを入れれば、巨体は真下に落ちていく。
ゴゥンと豪快に奏でられた落下音を聞きながら、重力に逆らわず地面を目指す。
着地の時のガツンとくる衝撃を捩じ伏せ、クレーターに沈む巨体を覗き込むと、すでに巨体のパーツはバラバラで、動き出しそうな気配はない。
ほっと一息ついた後、顔を険しくしながら、巨体の生み出した惨状に向き合った。
顔を潰されて即死したのが二人。
胴体を殴り抉られ即死したのが一人。
とにかく全身を殴られて、出血多量で死んだのが一人。
血の海に囲まれ、茫然自失と化している男と女二人に、声をかけていいか悩んだ。
そもそも、声をかけて意味があるのか。
男の方は抜け殻のように座っていて、本当に何も見えてない、感じていないようだし、女の方は「克哉くん、克哉くん」と男性の名前を連呼しながら、地に散る肉片をかき集めていた。
どうするか迷っていた、というか状況を呑み込むのに精一杯だった俺は、五分ほど経ってから、漸く動く決心をする。
この人たちを一旦気絶させて、田鴨たちと合流しよう。
と、地面を必死で這いずり回る女の首筋に刺激を与えて意識を失わせた。
次は、この男・・・、と近づいた矢先。
「あっ・・・、がっ・・・」
焦点は合わなくともまだ生気のある目をしていた男は、突然苦痛の呻き声を上げて、左胸の近くを掻き毟り。
襲撃されても命は助かったはずの彼だったが、呻きだしてから十秒もかからずに、あっけなく死亡した。
さて、ここからはSerious様が全力疾走するよ!
(R15つけることにしました)