S.4「Summoned④」
「はぁ〜、前髪ない和ゥはホンマカッコええなあ・・・。やっぱこっちの方がええで」
他メンバーと合流した時、グースカ昼寝をしていた四人はすでに起きていた。
うち、其連友香が、赤い顔で荒い息を吐きながら、フラフラした足取りでこちらに近づいてきて、俺の顔をペタペタ触りまくる。
酔っ払いに絡まれた気分である。
こういう時、俺を精神的に守ってくれる前髪フィルターは、すでにお亡くなりになられた。
畜生あの黒いのが・・・。
泡を吹いて倒れそうになるのを、何とか堪える。
「ったく、ユカは相変わらず面食いねぇ。触りたい気持ちは分かるけど」
田鴨伊予が、クスクス笑って其連を揶揄った。
気持ち、分かるのかよ。
来るんじゃないぞ。
俺の精神は、酔っ払い一人相手に沈没寸前なんだぞ。
「そういえば、第13回岡吉和 in his house 写真品評会そろそろだったアルね? 今回の撮影担当者は・・・」
「私〜。いっぱい撮ったよ〜。外では見られない、前髪を上げた岡吉くんの貴重な写真の数々〜」
意識が朦朧とし始めた矢先、韓子涵と白百合麻里の不穏な会話が聞こえた。
んー、俺の写真品評会?
誰得?
というか、第13回って、すでに12回もやってらっしゃるんですか?
「え、マジで!? 今ある!??」
田鴨が、かなり興奮した様子で、制服スカートが捲り上がるのも構わず白百合の元に突っ走った。
「あるよ〜、持ち歩いてるよ〜」
「うっきゃー! ラウンジで伸びするカズ、かーわーいーいー!」
「うほっ! 入浴前! 入浴前の神々しい裸体があるアル!」
甲高い声。
いつの間にか、プライベートシーンが覗き見られ、盗撮されていたことに、俺は怖気を隠せない。
「ユカァ、ユカは見ないアルかぁ!?」
韓が呼びかけるは、未だに目の前でハァハァ言いながらマジマジと俺を見つめる、其連。
「ええわ。ここに、生があるから」
ドヤ顔で為された、その台詞。
何だその顔は。
呆れながら何気なく振り返り、後ろで品評会という名の罪を犯しているストーカーどもを見ると、写真を眺めていた三人の顔には、電撃が走っているようだった。
「く、くっ! 羨ましい! でも生と向き合う覚悟は、私にはまだないわ!」
「嫉妬〜、羨望〜!」
「生あるなら・・・、そっち行こっかなぁアル・・・」
一人、ジリジリと近づいてくる、韓。
く、来るな!
来るんじゃない!
俺の精神はすでに限界を迎えている。
近くでこちらを観察していた、茜さんたちのグループに、視線で助けを求めた。
しかし、男は全員、俺に向かってファックサインを決めるのみ!
何故だ!?
ならばと頼りになりそうな茜さんのお姉さんを・・・、あれ、いない?
詮方なし、と茜さんに助けを求めるも・・・、彼女もまたいない。
最後の砦と目をつけた、茜さんグループもう一人の、金髪のハーフっぽい女の子に、熱烈なサインを送る。
Help me! Help me!
だが、彼女はキョロキョロと押し付け先の捜索をした後。
それがいないと分かれば、どう見ても苦し紛れと分かる笑顔で、ただただニコリと笑い。
「こ、個性的な方々ですわね」
という感想を述べるだけだった。
なんてこったい!
こんな変態どもの奇行を個性として受け入れられるとは、何と寛容なことか。
それからしばらく、俺は四人から解放されることはなく。
心の中の何かがぶち切れた俺は、低い声で号令を出し、四人全員を正座させたのだった。
結果、恍惚としたような、気持ち悪い顔をしながらだが・・・、四人の少女、いや四バカは大人しくなった。
その時、例の盗撮写真の品評会に、茜さんが混ざって鑑賞していたことを知り、俺は地味にショックを受けた。
「え、えーと、情報を整理すると、皆突然学校で意識を失って、気づいたら、ここにいた。ここのこと、あとなんか変な黒い化け物のことは、誰も知らないと?」
田鴨がそうまとめ、状況が何も前進しなかったという事実に、俺は思わず項垂れた。
時を遡り。
反省のカケラもない四人を立たせたのち、俺たちと茜さんグループで、一先ず情報を交換してみることにした、のだが。
「わ、私たちも、高校の授業が終わって放課後教室で自習してたら、気づけばここに・・・」
ほら、期末テスト近いでしょ? と茜さんは続ける。
あのハーフっぽい子も、うんうん頷いた。
「そういうお前はここのこと知らねえのかよ。あの黒い怪物に対処出来るなら、この世界のこと、よく知ってんじゃねえのか?」
松岡くんが妙に喧嘩腰で、俺に問いかけてくる。
向こうには彼の他に、寺田、山西という苗字の男が二人。
そいつらも、俺の方に敵意を含んだ視線を向けてくる。
居心地いとわろし。
「・・・知らない。さっきも言っただろ。俺も、君達と同じ状況だ、と」
気圧されながらも、質問に答えた。
こちらに反感を抱く人間とコミュニケーションをとるというのは、中々難しいものだ。
何故反感を抱いているのか分からなければ、尚更。
「・・・この世界のことだとか、あの黒い巨体がなんなのか、はとりあえず置いておこう。考えても分からない。でも、だ。そもそも君達は、どうしてあれに追いかけられていたんだ?」
そのくらいは分かるだろう? という雰囲気を持たせて問えば、山西という男の顔が「うっ!?」と歪む。
「山西くんが、何かしたのか?」
問うと、松岡くんが答えてくれる。
「・・・ああ。起きた途端、異世界召喚だー! と叫んだあと、ステータスとか言って、レベルだ、スキルだ、とか何とか。こいつが騒いでたら、あの黒い化け物がやってきたんだよ」
答えたあと、彼は山西くんを睨んだ。
寺田くんもハーフの子も、松岡くんに追随する。
肩身を狭くする山西くんだが、俺はその責任追及のあり方に違和感を覚えた。
「ん? それは、山西くんのせいとは限らなくないか? 今の時点では何とも言えないが、黒い巨体が騒音の方に向かっていくとは限るまい。決めつけは良くない」
現に、正気を保つため、地面に向かってヘディングを決めた時に鳴った轟音には、黒い巨体は反応していない。
騒音としては明らかに俺が出したものの方が上で、ヘディング時点ではまだ彼らも目覚めたばかりで黒い巨体に会っていないはずだから、もしうるさい音に反応するなら、俺たちの方に向かう気がする。
「あ、そ、そうだね・・・」
茜さんが、初めて気づいたという顔をした。
他も同様。
「まぁ、山西くんが騒いでいる途中に来たなら、彼と黒い巨体を結びつけたくなるのは分かるが。例えばの仮説だが、茜さんと同じように、黒い巨体は温度の違いに敏感に反応でき、それで君たちに近づいたのかもしれない。そもそも、例え山西くんの叫び声に黒い巨体が反応したというのが事実だったとしても、ここのことを何も知らない山西くんに、襲撃を予測することは無理だろう? 不用意に知らない場所で叫んだことだけは注意するにしろ、全員生き残った今、山西くんをネチネチ追及する必要はないはずだ」
人前で、ここまで長く喋るのは久しぶりだ。
向こうの陣営は、皆が皆、黙りこくってしまった。
雰囲気が、どんよりしたものになってしまった気がする。
ひょっとして、俺は空気を読まない発言をしてしまっただろうか。
山西くんからの敵意が和らいだのが、せめてもの救いか。
このちょい重ムードが嫌だったのか、田鴨が手をパンと鳴らして注目を集め、これまでの状況をまとめた。
改善しない状況に項垂れはした俺だったが、それによって切り替わった情報交換会の流れに、安堵の思いを抱いたのも確かだった。
田鴨のような人のことを、コミュ強というのだろうか。
地面に向かってヘディングを決める男の、一体何が正気なのか。
この前、大学のキャンパス見学する高校生を相手してたのですが、彼らの精神の何とフレッシュなことか。
対照的に僕は・・・。