S.3「Summoned③」
「また、つまらぬものを斬ってしまった」
斬ってない。
しかし、粉々に砕いた黒い巨体の粉塵が、僅かに吹く風によって舞うのを背に、目を瞑りながら格好を付け、そんな台詞を決めてみた。
誰も聞いていないところでは、俺は饒舌になり、ついつい痛いことも言ってしまう。
しかし今回は、聞き手がいた。
「き、斬ってないんじゃないかなぁ・・・」
そのツッコミに、ビクッとしながら目を開ける。
久しぶりに見る、はっきりとした人間の立ち姿。
・・・ない前髪に、異常なほど不安を感じる。
心臓がバクバク鳴りだした。
「ゼ、全リョク疾走でニゲテイタはずデハ」
先ほどすれ違った、逃げるグループのうちの一人だったはず。
超緊張しながら、片言でそう聞くと。
「に、逃げてたよ? そしたら、急に何かが、横を猛スピードで通り過ぎて・・・。私だけ立ち止まって振り返ったら、あなたが、その・・・。黒い何かを、殴り壊してて・・・」
「! ちょっと待て」
話を中止させる。
俺のプライドに関わる部分があったからか、直前の片言が嘘のように、スムーズに言葉が出た。
「俺が、見えたのか?」
「弾」で俺が通り過ぎても、素人には突風が吹いたな、としか思えないはず。
少なくとも両親はそう言っていた。
俺が見えたということは、この人間・・・、少女が非凡な動体視力の持ち主か、あるいは一年の修行ブランクのせいで運動能力が鈍ったからか。
出来れば、前者であって欲しいものだ。
少女は丸っこい目をパチクリさせて、ほんのちょっぴり後ろに下がりながら答える。
「い、いや、見えなかったけど・・・」
「ならなんで、何かが横を通り過ぎた、と?」
ズイッと詰め寄って問いただせば、少女は顔を真っ赤に染め上げた。
顔を近づけすぎたか?
「えええ、えーと、信じてもらえるか分からないけど、私、温度の違いに敏感で・・・。と、通り過ぎたのが、周りの空気より明らかに温度が高かったから、風とは違う何かが通り過ぎたんじゃないかなあって、思ったの」
「・・・蛇のピット器官?」
「へ、蛇違うもん!」
少女の説明に、イメージしやすい蛇の熱センサーを例に出しながら、首を傾げる。
すると少女は、何故か怒ったように頰を膨らませ、フイッと首を背けてしまった。
ショートカットな彼女の髪は、フワッとした弧を描く。
き、嫌われたのか・・・?
俺のガラスのハートに、ダメージが入った。
考えなしに喋ってしまう俺の口、ホント嫌い。
「ど、どうしたの・・・?」
少女が、急に落ち込み始めた俺の顔を、覗き見る。
心配そうな表情。
その瞳は弱弱しく、おろおろと揺れているように感じられる。
・・・目の下に、涙の跡が、かすかに残っていた。
「あの、そっぽ向かれたから、嫌われたのかと・・・」
涙の跡には特に触れないまま、語尾弱く返すと、少女はびっくりしたように目を開いて、慌ててこちらに謝り出した。
「ご、ごめん!? そんなつもりはなくて! いつも友達に蛇みたいって言われてたから、つい癖で、いつもの通りに返しただけで・・・」
少し乱れる彼女の短髪に、幾らかの滑稽さを感じる。
さらに、腕をブンブン振りながら弁解する様を見て、最近のジェスチャー表現は大げさだなあと思いつつ、嫌われていないことに安堵した。
そして今度は、嫌ってないにもかかわらず勝手に嫌われていると解釈する面倒な奴だな、俺・・・と心の中で嘆いた。
「う、嘘じゃないよ!? む、寧ろ、蛇の温度を感じ取れる器官が、ぴ、ピット器官? ・・・っていうことを初めて知って、嬉しいと思ってるくらいだよ!」
落ち込み続ける俺が、まだ嫌われていると思い込んでいると勘違いしたからか、さらに言葉を続ける少女。
誤解されたままなのはコミュニケーション学的にまずいと思うので、もう嫌われているとは思っていない、と告げる。
「この落ち込みは、ただの自己嫌悪だ・・・」
その後は、会話が続かず・・・。
二人で黙々と、少女の仲間が走って逃げた先へ向かう。
遠目で見るに、田鴨たち四人のお昼寝場所で待機しているっぽいので、行き先は同じなのだ。
向こうも、やってくる俺たちに気づいたか、何人かが駆け寄ってくる。
五分くらい歩いたところで、「茜、無事だったのね!」と背の高い長髪の女性が走りこんできて、隣で歩く少女をひしと抱きしめた。
「ごめん、お姉ちゃん・・・。急に離れて・・・」
「うん、茜の、悪い子。でも、無事でよかった」
涙を流しながら、お姉ちゃんと呼ばれた女性は、少女・・・茜さんの頭を撫でる。
うむ、心温まる感動のシーンだ。
その後ろで、野球部的な坊主頭をした少年が、二人の織りなすコミュニケーションの輪に入りたくても入れない、・・・でも入るのを諦めきれない・・・という、切ない表情をしていた。
俺も、中一の終わりまではよくあんな顔をしていたものだ。
あれ、中二以降は? というと、・・・コミュニケーションの輪に入ろうとすること自体を、すっぱりやめたから、な。
フハハ。
・・・思ってて死にたくなった。
「ねえ、お姉ちゃんに松岡くん。あの黒いヤツから私たちを助けてくれたのこの人なんだから・・・、先にお礼を言わなきゃだめ、でしょ?」
すると、茜さんのお姉さんと坊主の松岡くんがギョッと驚くような顔で俺を見て・・・。
お姉さんの方は、茜さんを抱きしめる腕を解いて居住まいを正した後、「日本よ、これが感謝だ」というべき感動的な体勢で、「誠にありがとうございました」と言ってくれた。
「い、いえ・・・、こちらも、すべきことを、しただけですから」
そこまでされると、当然こちらも相応の態度を見せるべきで。
慣れない敬語で、辿々しく謙遜してみせる。
一方の松岡くんは、小さく会釈しながら、こちらに苦々しい視線を向けてくるのみだった。
きっと俺と同じく、不器用な男なのだろう。
俺たちは、田鴨たち四人と茜さんたちの他のメンバーが集まっている場所へ向け、再び歩き出した。
茜さんとそのお姉さんの間に会話は花咲けど、男二人はその会話に混ざれない。
俺は彼女たちのすぐ後ろを歩き・・・、坊主頭の松岡くんは、さらにその後方を歩いていた。
途中、彼がこう呟くのを、耳にする。
「くそっ、あんな怪物にどうやって対処したんだ、このクソイケメン・・・」
どうやってって、殴っただけだが。
それにしても、俺のことを「クソイケメン」とは。
笑止。
イケメンは、・・・美少女もだが・・・、二次元の中にしか存在しない!
と、2Dのことを考えたところで、ふと”A Trip with Idol”のシオンたんルートに思いを馳せ、そして。
「それにしても茜さん、なんか、シオンたんみたいな子だったな・・・」
小さく呟いて、俺は頰を緩めた。
他人の気持ちの解釈が苦手な主人公。
誤字・脱字・矛盾点等、これからあれば指摘してくだされば幸いです。