M.7「Maze③」
S.16の後書きに1章のゲームの補足を載せました。
冒険型RPGによくありそうな、フロアの入り口っぽい厳しい扉に手を掛ける。
興奮していたのだろうか、俺も。
籠めた力が過剰だったらしく、勢いの余り重心が崩れそうになった。
「えっ、軽っ!? 発泡スチロール製か?」
ドタンッと開いた扉を見ながら素っ頓狂な声を出してしまっても仕方ないだろう。
如何にも重厚と言った作りなのに、それこそ暖簾を押した程度の反発しか感じなかったのだから。
「おい岡吉やめろ、雰囲気が削がれる」
「あ、ああ。悪い」
寺田くんが文句を付けてきたので、素直に謝った。
あん、何様のつもりだ? と強く睨む四バカの視線に萎縮する寺田くんを尻目に、前方の様子を確認する。
これまでと同じ金色の狭い通路はすぐに直角に曲がり、先を見通すこと能わず。
そして、天まで伸びる入り組んだ壁。
これはまた古典的な・・・。
「迷路か?」
「おお、ワクワクしてきた!」
男が二人、どこまでも上に続く壁で呆気に取られていた俺の前に出てくる。
松岡くんと山西くんだ。
訝しむようで実はソワソワしている前者と、滾るのを隠す様子もない後者。
二人は対照的なようで似ており、案外仲良くなれる気質同士ではないかと推測。
少なくとも四バカのような歪な友誼は結ぶまい。
まあ、そんなことは置いておいて。
「ちょっと前いいか?」
前方に出てきていた松岡・山西両名に笑顔を向けて失敬し。
「ふん!!」
と気合を拳に溜めた。
周囲には、俺の闘気が充満する。
足が地面にめり込み、全身の筋肉が膨張し。
そのまま、拳の先へすべてを伝えるようにっ!
「『弾』いいぃぃぃぃぃっっ!!!」
腰を捻り、腕を振るう。
生み出された衝撃波は、空間を歪めるほどの余波とともに、天高く伸びる迷路の壁にぶち当たり、形容しがたい轟音をもたらした。
金に光る埃が、辺りを覆う。
手を払って風圧を起こし、埃を追いやって視界をクリアにすれば。
「やはりダメか、硬いな」
攻撃を当てた箇所は巨大な拳の跡を残し、パラパラと金色の欠片をこぼしていたものの、向こう側へと突き抜けるには程遠い。
「さすが、神が創った試練というわけか」
しかも、徐々にではあるが、壁の傷はにゅるにゅると修復されていっているではないか!
「これは、正規の方法でゴールに辿り着くしかないな・・・ん?」
言いながら振り向くと、ほぼ全員が間抜け顔を晒して唖然としていた。
そんな中で一人、山西くんだけが憮然とした表情で、俺に突っかかってくる。
「いやいや。いやいやいや! 勇者の試練でしょ!? なにいきなり裏技使おうとしてんの!?? 迷路は迷路として攻略しなきゃ!」
君は冒険が分かっていない! と説教されてしまった。
「しかし・・・。不測の事態がいつあるかなんてのは分からないし、今回の試練も前と同じく飢餓に襲われるかもしない。早めに攻略するに越したことはないはずだ」
正論で返せば、山西くんはうっ、と詰まる。
しかし、今度は正気状態に復帰した寺田くんから。
「でも、ここで死んだとしても日本に帰還するだけだろ? なら急がないで、楽しまなきゃ損だぜ? ま、俺は勇者になるつもりだけど」
軽く発される言葉に、確かにその通りかもしれないと考える。
楽しむ、か。
一人焦ってしまっていたかもしれないな、と反省した。
「では、気を取り直して・・・」
ふっふっふ、と気障に笑う山西くんは、バッと右手を振り上げ。
「よっしゃぁ! 勇者ヤマニシ一行、進むぞぉ!」
勇んで前に進み出す。
追いかけようとしたら、ふっと彼の姿がなくなった。
「なっ、どうした」
「お、お助けぇ!!」
何が何やら解らず一瞬だけ動揺するや否や、地面の中から声が聞こえてくる。
通路に、落とし穴があったようだ。
いきなり現れたその穴の中を覗いてみると、鋭く尖った無数の針で底はびっしり埋まっており。
体を大の字に広げ、手先爪先を側壁に引っ掛ける山西くんは、あと数ミリ落ちれば全身を貫かれるだろうというギリギリで踏みとどまっていた。
「ひいぃぃぃぃ」
「・・・待ってろ、今助ける」
情けない勇者もいたものだな、と彼の背を掴んで引っ張り上げる。
じっとり汗で濡れる背中に、数秒でかける冷や汗ならギネスを狙えるのでは、と逆に感心してしまった。
勇者ヤマニシ一行、試練早々ヤマニシを失いかける。
トラップに目を光らせながら歩くこと十五分。
もし誰々が勇者一行ならポジション何? という会話を楽しむ後ろのメンツに呆れ返りながら、隣を歩く茜さんに尋ねる。
「どうだ? マッピングは順調か?」
「うん! こういうの得意だもん! 任せてよ」
自信満々に返ってくる答えは、実に頼もしい。
四バカとは大違いだ。
「あっ、次の分かれ道、多分右。空気の流れ的に」
さらに、こうして道案内までしてくれる。
何でも、温度に敏感な茜さんには空気の通りが一目瞭然らしく、結果行き先が行き止まりかそうでないか予想出来るらしい。
そんな彼女のおかげか、今まで行き止まりに当たったことがない。
この子マジですごいんじゃと、俺の茜さんへの評価は天井知らずに上がっている。
尤も、日本で普通に生きて行く上では役に立ちそうもないのが悲しいところだ。
ピクッと、彼女の体が何かに反応する。
行進を押し留めるようにサッと右手を上げ。
「トラップだと思う」
「了解」
茜さんの言葉に反応した俺は、片手を銃の形にした。
「打」
手先に籠めたエネルギーを放出すれば、それは細い輪ゴムのように飛んで行った。
茜さんの見つめる地面の先に、着弾。
すると。
ヒュババババ!
その一点に向けて一斉に矢が走り、硬い黄金の床に突き刺さった。
「・・・ぞっとしますわね」
心持ち体を後ろに傾ける志崎さんの言葉に、俺を除く皆がコクコクと首肯。
多分俺なら大丈夫だが、そんな空気読まないことは言わない。
元々地球にいた時から、気合を入れれば皮膚はスナイパーライフルの銃弾すら通さないなんて言わない。
「行くぞ」
足を竦ませる仲間に発破をかけ、歩き出した。
パタパタ付いてくる茜さんが仰っていた通りに、右に曲がれば。
「ん?」
「グギャ?」
何かいる。
目が合った。
一秒停止したのち、来た道を下がる。
茜さんとぶつかりかけた。
「わわっ!?」
「おっとすまん。だがちょっと待ってくれ、イレギュラーな事態だ」
「は、はい・・・」
めちゃ近かった・・・と顔を赤くして呟く茜さんは一先ず放っておいて、アドバイザーに向かって手招きする。
「山西くん、カモン」
「?」
疑問符を上げながら素直にやってくる彼に、右折進路を覗かせた。
すぐさま顔を俺に向け。
「ゴブリンだな」
「ゴブリンなのか、あれ?」
ゴブリン。
あのスライムに並ぶ超有名モンスター。
伝え聞くその容姿は、小柄な二足歩行の体躯は緑の肌で覆われ、醜悪な顔つきをしているんだとか。
しかし今見えた何かは、体こそ小さく顔つきは悪かったものの、肌は茶色かったし、何より牛っぽいツノが生えていた。
「ばっか言え、ゴブリンの姿なんざRPGそれぞれで千差万別、ああいうタイプがいてもおかしくない。それに小鬼と書いてゴブリンと読ませることもザラだ、ツノが生えていても別にいいだろ」
へー、そーなのか。
俺の専門はアイドル系ゲームなので、実は冒険ファンタジーについてあんまり詳しくない。
「漸く、待ちに待った雑魚モンスターと言える。ヒャッハー、レベル上げだあああああ!」
「あ、おい・・・」
制止も聞かず、叫び、一人突っ込んで行く勇者ヤマニシ。
ゴブリン(?)が あらわれた!
ヤマニシの こうげき!
ゴブリン(?)は ひらりと みをかわした!
ゴブリン(?)のこうげき!
棍棒を振るわれ、吹っ飛ばされる勇者ヤマニシ。
「がはっっっ!?」
「勇者ヤマニシイイイイィィィィ!??」
頭の強打を避けられるよう、なんとか山西くんを抱え上げる俺。
「しっかり、しっかりしろ!」
「岡吉、か・・・。どうやら、俺の冒険はここで終わりの、ようだ・・・」
息も絶え絶えで、自分はここでフェードアウトだ、と弱々しく宣った。
「何を弱気なこと言ってやがる!? 俺たちの冒険は、まだ始まったばかりだろ!!」
泣きそうな俺の顔を見つめ、「フッ」と唇を弱々しく歪めた山西くんは。
最後に、こう言った。
「短い間だったが、色々楽しかったぜ、岡吉。地球で出会えたら、仲良く、なれそうだった・・・・・・・・・・・・」
「や、山西いいぃぃぃいいいいいいいっっっっ!????」
つい「くん」付けを忘れながら、俺はモンスターに立ち向かった勇気ある男の名前を叫ぶ。
お、俺もいい友達になれそうだなと、思ってたのに・・・。
くそっ、こんなとこでっ!?
「あ、あの・・・。モンスター倒したよ?」
俯く俺に声を掛けてくるのは、茜さん。
その後ろで四バカが、荒くれた顔をしながら「うおおおおっ」と勝ち鬨を上げていた。
「だ、だが山西くんが・・・」
「え、気絶してるだけじゃないの?」
「・・・はい?」
惚けた顔をしながら、脈をとる。
脈は普通にあった。
「・・・すぅー、すぅ・・・」
寝息も立てていた。
山西氏、良きムードメーカー。