M.2「Might②」
一番先に目を覚ましたのは、奴らだった。
「み、見るアル、この気絶顏!! 誰か、誰かスマホ持ってないアルか?」
座ったまま、酷い顔を晒して気絶している茜さんを見つけて、抱腹絶倒している韓子涵。
「え、何々・・・? う、うははははははは!! 何この顔ォ! 笑えるんですけど!!」
彼女に反応し、茜さんの正面に回ってから、高い笑い声を上げる田鴨伊予。
「ナイスシ〜ン」
どこからか取り出した、一眼レフを華麗に構えて、パシャパシャと写真を撮る白百合麻里。
「普段可愛い娘がこんなイカした変顔してるなんてホンマ・・・無様やわぁ!!」
見下すような目をして嘲笑するのは、其連友香。
・・・なんて奴らだ、四バカ。
非道過ぎるにも程がある。
俺も、あんな顔のまま放っておくのはさすがに哀れに思い、何とか茜さんを起こす努力はしたのだが・・・。
結局起きず。
仕方ないので放置してしまった。
その結果がこれである。
ああ茜さん、不甲斐ない俺を許しておくれ。
「おい、四バカ。それ以上はやめてやれ。あと白百合、写真のデータはちゃんと消せよ」
見るに見かねた俺は、勇気を出して、四バカの制止にかかる。
「え? 何四バカって・・・。もしかして、私たちのこと?」
あ、しまった。
つい四バカと声に出してしまった。
「し、失礼やな! こんな奴らと一緒くたにまとめんのは、やめてぇや!!」
怒り心頭で、其連が俺に猛抗議してきた。
というかこいつ、他の三人を「こんな奴ら」と言ったぞ?
それが本心か。
「なっ・・・、ユカちゃん、私たちに対してそんなこと思ってたアルか! 失敬な話アル!?」
「しもっ、しもうたぁ!」
青い顔をしながら、自分の口を押さえる其連。
だがもう遅い。
「ちょっ、ユカちゃんどういうことよ!? 共犯者だと思ってたのは、私たちだけだったっていうの!?」
「ひどいよ〜、一緒に盗撮頑張った仲でしょ〜・・・」
突っかかる田鴨と、悲しむ白百合。
ていうか田鴨さん、今なんて書いて「ともだち」って読みました?
「・・・・・・そうや! 正直、もう付き合ってられへんって、最近悩んどった! 大好きな和ゥに近づきたい、飼われたいってのはええ! そんなん私も一緒や! でもな、不法侵入したり盗撮したり、ストーカーしたり毛髪採取したり・・・。友達の誼で手伝ったりもしたけど、はっきり言ってキモいねん! そんなんじゃ和ゥに近づくどころか、いつかドン引き通報されておしまいやないか!!」
衝撃の告白である。
背筋が冷たくなった。
因みに、飼われたいという時点で俺はドン引きしてるぞ?
通報したいぞ?
「ユカ、ちゃん・・・。そんな風に思ってたなんて・・・」
へなへなと崩れ落ちる、田鴨。
「ずっと・・・、ずっと一緒にやっていけるって、信じてたのに・・・・・・」
両手で顔を覆う彼女は、シクシクと泣き始める。
白百合も韓も、顔を俯かせながら、憂げな表情をしていた。
なんだ、ユニット解散の危機か?
大歓迎だ。
そのまま大人しく出頭しろ。
知らず知らずのうちに茜さんが起きていたようで、俺を守るように前に出て、シャーシャー四バカに対し威嚇する。
その険しい顔に、先程までの間抜けな気絶顏が不意に重なって、俺はまたもや吹き出しそうになった。
「全員、起きたようですね。では案内通り、今から私の主と謁見していただきますので、中央の長机にお掛けください」
四バカの内部崩壊より、その騒音に眠りを妨害されたか、茜さんグループと、見知らぬ少女三人も起きた。
数刻前に見た時には気づかなかったが、彼女たち、三つ子である。
全く同じ顔で見分けがつかなさそうだが、受ける印象が三人それぞれでどこか異なるので、間違えることはないんじゃないか、と思う。
少し話を聞きたかったが、彼女らが目を覚ましてすぐに老執事に席を促されたので、断念して着席した。
テキトーに席を選んだ俺の隣には、茜さんと山西くんが陣取る。
二人をギロギロと睨みながら、ならば私たちは向かい側に・・・とでも思ったのだろうか。
四バカは、揃って視線を俺の向かい方面へ。
息ぴったりだな。
ユニット解散への道のりはまだ遠そうだ。
しかし、すでにそこには、あの謎の三つ子がちんまりと座っていた。
グッジョブ。
「皆さん、お腹も空いていることでしょう。料理を運ばせますので、食べながらで構いませんから、主の御言葉をお聞き下さいませ」
老執事がパンパンと手を打てば、繋がり合ってたはずの扉から、ゾロゾロとメイドが料理を運んでくる。
・・・おいおい、だったらさっきのあれは、何の魔法って言うんだ?
混乱していたら、目前にオードブルの皿が、コトリと置かれる。
"C’est Terrine de Saumons."
「め、メルシボクー」
その動作一つとっても芸術作品なのではないかと思えるほど、メイドさんの所作は優雅で、完璧だった。
これが本物か。
左右に座る茜さんと山西くんはメイドさんの動きなど一切気にせず、目前の料理を爛々とした目で眺めていたが。
茜さんの方から、グゥーと腹の音が鳴る。
「あっ」とお腹を抑えて、顔を赤らめていた。
「全員行き渡りましたでしょうか。それでは、お召し上がりください」
客の目を楽しませるためか、綺麗に飾り立てられた、「鮭のテリーヌ」。
勘と、あと匂いで確認する分に毒は入っていなさそうなので、右手のナイフ・左手のフォークを上手に使い、一口大に切り分けたブロックを、口に運んだ。
鮭の旨みがひんやりと口の中で解けていくのが、とてもおいしい。
ゆっくりと、一番美味しく感じる一口目の味を噛み締めている間に吸い込みでもしたのだろうか。
左右の頬を膨らませモサモサと口を動かす茜さんの皿には、もう何も残っていなかった。
礼儀もへったくれもない。
他の皆も大体同じ感じだった。
そんなに、腹が減っていたのか。
ま、そりゃそうか。
半日以上何も食べてなかったら、欠食児童のようにもなる。
俺も条件は一緒だが。
ふと、向かい側の端に座っている、やはりもうテリーヌを食べ終わっていた志崎さんと目が合う。
彼女は、恥ずかしそうに目を逸らした。
食べカスを頬にくっ付けたまま、物欲しそうに俺のオードブルの残りを見つめる茜さんにも、あれくらいの恥じらいは持って欲しいと願うものの。
そんな彼女に懐かしい「妹み」を感じてしまった俺は、「汚れてるぞ」と、ナプキンを口元に持って行って拭いてやった。
「はわ、わわわわ!? 気を使わせちゃった!? ご、ごめん!」
「別にいいよ」
「あ、甘々じゃ」
「甘々です!?」
「甘々!」
正面に座る三つ子が、身を寄せ合って、キャーキャー喚いている。
甘々?
このテリーヌは甘い料理ではないと思うが。
あの三人だけ、フルーツのテリーヌだったのだろうか。
静かに佇んでいるだけに見えた老執事が、口を開く。
「前菜をお済みになった皆さんは、スープ料理が配膳されるまで、少々お待ちください。さて、準備が整いましたので、我が主が只今よりお顔みせ致します。どうか、お話を聴いていただきますよう」
老執事が言葉を切ると、突如として時計が架けられた壁の前に大画面が浮かび上がり・・・。
そこには、十字架に鎖でがんじがらめになって拘束された、見るも痛々しい傷だらけの女性の姿が、映し出されたのだ。
一人だけ優雅に食事を熟してみせる、腹立つイケメン岡吉。
因みに作者は、一応礼儀作法を知識として持っている程度で、食事に実践したことはありません。
新作始めました。
「俺は『再婚』の天使じゃなくて『砕魂』の天使なんだが」
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完全に思いつきです。多分完結にそこまで時間はかからないんじゃないかと。
執筆が進めば。