S.16「Solution④」
三時間、ぶっ通しで黒い巨体を追い払い続けた。
疲弊の色が濃くなっては来たものの、体力は、まだ持つ。
<弾鬼術>の使い手は、このくらいではへこたれない。
しかし、いつまでも、永遠に動けるわけではないのだ。
さらに言えば、四体いる隠密箱形巨体の連携が、時間が進むごとに高度なものになってきている。
直撃こそないものの、彼らの突進は、十回に一回は体を掠るようになった。
俺の動きの癖が、徐々に読まれつつあるのだ。
あと一時間もすれば、巨体は必ず、俺の一所作一所作を完全に捉えることだろう。
そうなれば、俺たちはおしまい。
・・・こいつらを壊しさえすれば、あとの単純な動きしかしない五体は、生かしたままでも確実に対処出来る。
しかし、それをやってしまえば、こちらも四人死ぬ。
ここでジリ貧になるまで戦って全滅するか、五人は生かすが、四人の命は諦めるのか。
俺は今、究極の選択を突きつけられていた。
「くそ、うっとうしい!」
二メートル迫られるまで気づけない、忌々しいほど高性能な四体による質の高い連撃を躱しながら、叫ぶ。
「う・・・ん・・・う?」
とそこで、左手に抱えたままだった茜さんから、小さな声が聞こえる。
意識が回復したのだろうか。
「? あ、起こしてしまったか・・・?」
錯乱してなければいいがと考えながら、尋ねる。
「!? ふぇ、岡吉君!?」
リアルの女性も、「ふぇ」とか言うのだな。
長引く戦闘の真っ最中には似合わない感想を、彼女に抱いた。
「な、なんで、岡吉君に、抱き上げられてるのかな、私・・・」
戸惑った様子で聞いてくる茜さんに、客観的に見れば。
俺はなんと犯罪者まがいのことをしているのだろう!
と内心慌てる。
百五十ほどしかない少女を小脇に抱える、変な髪型の長身男性。
怪し過ぎるだろ!
違う!
違うんだ!
別に誘拐しようとかしていたわけでは・・・。
「えっ、あっ、えーと、それは、別に犯罪的なことをしようとしたわけではなくてさ・・・」
しどろもどろになりながら、なんとか弁解の言葉を吐く俺。
自分で言ってて、怪しさ倍増だと思った。
「ふ、ふふっ」
「いやっ、キモッ!」だとか、「この変態! 痴漢!」などといった、恐れていた反応は、来ない。
代わりに茜さんは、朗らかに笑った。
自分のコミュ障ぶりが笑われたようで、ほんの少しだけカンに触る。
「何か、おかしいか・・・?」
しかし、コミュ障はもう分かっていることなのだ・・・。
会話がそこまで苦手そうではないこの子からすれば、おかしく聴こえて当然なのかもしれない。
そう思い当たるや否や、言葉から張りが無くなってしまった。
「・・・うーんとね、うん、おかしいよ。岡吉君、あなた自体が」
「なっ・・・」
ショック!
岡吉は、心に百のダメージ。
動揺で、コンマ一秒にも見たない間だが、体が硬くなる。
俺そのものがおかしく思われるなんて。
もう、女子と喋らないほうがいいかもしれない。
棍棒を持った女形の巨体が殴りかかってくるのを、壊さないように弾き飛ばす。
力が心持ち弱めになった。
「おかしいおかしい、岡吉君。なぜならあなたは」
あああああ・・・っ!?
そんなにおかしいと連呼しないででで・・・!
どうやらまだ続くらしい言葉に対し、ビビリまくる俺。
「死ぬほど弱い私を、こんなにも強くしてくれたんだもん」
・・・・・・・・・・・・え?
想定していたのと全く違う言葉が茜さんから飛び出て、思考が停止した。
「・・・そうか」
自然、返事も素っ気なくなってしまう。
心当たりのないことで、おかしいと思われていた。
頭に疑問符が飛び交う。
「え・・・。岡吉君の体、傷だらけだよ! 大丈夫なの!?」
「! ・・・このくらい、平気だ」
というか、くっついてるのに気づかなかったのか?
平気というのは本当で、今負っている程度の傷は、父さんとの<弾鬼術>の修行で何度も体験したものだ。
しかも術の応用で、すぐ治る。
「そ、そういえばさっきから動き回ってるけど、何してるの?」
怪我について追及しても何にもならないと判断したのだろうか。
申し訳なさそうに、話題を転換してきた。
「黒いヤツらの対処だ」
「へ、ぇ?」
納得いかないような相槌。
また奇襲を仕掛けてきた箱形の四体を、遠くに吹っ飛ばす。
「さっきまでより、強い敵?」
「・・・違う。強さは現れた巨体皆、同程度だと思う」
「なら、なぜ岡吉君はそこまでの傷を?」
・・・あ、そうか。
彼女は、俺が最初みたいに、黒いヤツらを一発でノさないことに疑問を抱いているのだ。
一発KOしない理由は・・・、無論決まっている。
しかし、それを話すことは・・・。
恨まれる。
嫌われる。
罵倒される。
そうなってもおかしくない。
逡巡する、躊躇う。
しかし、これは俺の都合だ。
茜さんには、この限りなく真実な推論を、聞く権利がある。
俺はそう、結論づけた。
だから言う。
「・・・俺は、馬鹿だった。三度重ねるまで、気づかなかった」
自分を責めながら出てきた口調は、とても重い。
「黒い巨体を倒せば、俺たちの内の誰かが死ぬ」
左手に持つ茜さんの筋肉が、ビクリと強張るのを感じた。
チラリと顔を見れば、眼球が僅かに震えている。
「すまない。君のお姉さんは、俺が殺したも同然だ」
後悔。自責。
胸の内から湧き上がるは、茜さんのお姉さんと、名も知らぬ二人の少年少女に対する罪悪感ばかり。
「俺があの黒い化け物を、殺していなければ・・・」
ここで死ななければ、彼らにも輝かしい将来が、あったかもしれない。
奪ったのが、俺なのだ。
ごめん、ごめんと泣きたくなる衝動を抑えつければ、心が涙の洪水に浸った。
茜さんは、俺を恨むかな?
俺を睨みながら、「お姉ちゃんを返せ!」とでも、懇願するのかな。
でもごめん。
俺には、そんな力、あるはずないから。
顔を伺えば、彼女はそっと、口を開いた。
「それは、結果論だよ?」
目が、合う。
彼女は、慈愛の笑みを浮かべていた。
「大体、あの黒い巨体を岡吉君が壊してくれなかったら、私多分、死んでたよ?」
戦闘を継続しながらも、無意識に、俺は茜さんを見つめていた。
許して、くれるのか?
いや、そうじゃない。
彼女はそもそも、俺のことをカケラも恨んじゃいないのだ。
「だからね、ありがと」
今日この世界で目を覚ましてから。
色々あって。
本当にもう、色々とあって、心配して、気を使って、焦って、掻き乱されて。
ずっと黒々としていた心が、一気に晴れた気がした。
彼女の感謝の言葉には、何故かそれだけのパワーがあった。
この世界に来るまでの彼女は知らないが。
強くなった。
確かにそうかも。
なぜ俺のおかげなのかは、分からないが。
棍棒を振りかぶる女形の巨体を、「しつこい女だ」とばかりに、足で起こした風で天高くにバイバイする。
今の動きのキレ、かなりよかったかもしれない。
ま、巨体はどうせすぐに戻ってくるけどな。
「あれ・・・? 棍棒・・・?」
抱える少女が何か引っかかるように言い、「ステータスオープン」と呟いた。
「ねえ、岡吉君」
「何だ?」
「私ね、スキルに『棒術』というのが、あるんだけど・・・」
自信なさげな茜さんの言葉に、一瞬何のことを言っているか分からなかったけれど。
四バカの姿と四体の箱形巨体が、不意に脳裏で重なった。
「・・・!!!」
「お〜。見える、レベル1、スキルは、『盗撮』中級〜」
「おお、何これ、ゲームアルか!? 私もレベル1で、スキルは白百合と一緒アル・・・と思ったら、『盗撮』は初級だったアル」
ステータスの話になったときの、白百合と韓の会話を思い出す。
俺の写真の品評会という、誰も得しない展示会を、この俺に全く気取らせずに持ち回りでやっていたらしい四バカだ。
白百合と韓しか分からないが、正直全員に「盗撮」スキルとやらがついていてもおかしくない。
そのスキルの内容が、「一定範囲に入るまで、相手に自分の存在を気付かせない」、だったら?
まさに、箱形巨体が持っているステルス機能と、同じではないか?
茜さんの「棒術」と、棍棒を持った女形の巨体。
デカイしゃもじみたいなのを持っているあの巨体、実はあれラケットで、パドルを嗜むという志崎さんの持っていたスキルに対応していた?
つまり巨体の能力や姿は、ここにいる人たちのスキルを反映しているのではないか?
他の巨体がどんなスキルに対応しているのか、はっきり言って見当がつかない。
魔法のようなものを使っているヤツもいたが、魔法スキルを持っている人が、眠る誰か、あるいは死んだ誰かにいるのかどうかは不明だ。
仮説は間違っているかもしれない。
だが当たっているとしたら。
もう一段深く、推測することが出来る。
それは、巨体をぶっ壊して死ぬのは、そいつにスキルを反映された人間なのではないか、ということ。
虫酸の走る一蓮托生。
当たっていたらだが、本当に、なんて趣味の悪いゲームなのか。
だが、見つけたぞ。
ここに、この嘘みたいな世界を脱出するパズルのピースが・・・。
ちょっと、待て。
嘘?
虚?
空?
空を、見上げた。
真っ暗闇なあの黒い穴の奥、何かがユラリと揺らめいたのを、もう一度思い出す。
あれは。
あれの、パズルピースとしての意味は!
小学生のときに覗きこんだ、虫眼鏡の端っこが作り出す、判別できないほど捻じ曲がった周囲の虚像の記憶が、パッと蘇り。
「・・・そうか、そういうことだったのか」
一人、納得する。
なんだ、最初っから、お空にデカデカとヒントが書いてあったのか、と。
これは、なかなか気づけない。
あまりにも不自然すぎて、逆に舞台背景の一種だと思い込まされる。
しかし、あれこそ正に、黒い巨体という俺たちの虚像を作り出す装置。
背景ではなく、舞台の立役者。
「これで繋がった。ありがとう、茜さん」
俺の見落としを拾ってくれた功労者である彼女に、お礼を言った。
あとで必ず何か、お返ししよう。
どうしたわけか、彼女の心拍数が急に跳ね上がった。
考えている間も、巨体の対処に奔走していたのだ。
さすがに振り回しすぎたか。
起きた時点で左腕から解放してあげるべきだったやもしれぬ。
・・・あー、でもそれでは、彼女の気づきから着想を得ることは出来なかった。
まあいい、そろそろゲームセットだ。
「やっぱり君は、シオンたんに似てるよ」
今の茜さんの役回りは、もうホントにシオンたんであった。
彼女のルートであってもそうでなくとも、シオンたんのほんの些細な発言から物事が動きだす、ということが良くあったから。
つまりシオンたんはすごかわいい。
というのは当たり前として、あと口調の遠慮がちなところも、少し恥ずかしがり屋なところも、茜さんは良く似ている。
そう、女性に対しての俺の最高の賛辞を受け取ったにもかかわらず、引きつった顔をしている茜さんから目を離し、これが最後と思いながら、黒い穴を見上げた。
左手で抱き上げるだけだった茜さんを両手で持ち直し、「え、わ、これって・・・」と上ずる彼女に、宣言する。
「跳ぶぞ。しっかり捕まっとけ。『弾』」
「ひゃ? う、わあああああああぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・」
大跳躍。
地上で意識を失ったままの四バカたちが心配だから、五秒で終わらす。
「<乾>、解除」
言うや否や、右に伸びている長髪を縛る、四つのゴムのうち一つが。
ふっ、と消える。
結果、体の芯から凄まじい力が、ドクリドクン! と溢れ出した。
それは白い「気」として、俺の体に纏わりつくのだ。
抑えきれない気分の高揚。
自然、口角が吊り上がる。
だが、脳の回路は、すぐにでも焼き切れそうだ・・・・・・!
「え? え? なんか、白いので覆われてるよおおおおおぉぉぉぉ!?」
「くっ!? 久しぶりだからか、制御ギリギリだ・・・・・・!」
黒い大穴が、どんどん近づいてくる。
そしてその奥に僅かに輪郭が見えるは、子供の持つ虫眼鏡とは大きさが桁違いな、凸レンズ。
さあ、大仰過ぎてその意味を気づかせなかった、黒い巨体の元凶よ。
弾け飛べ。
「鞭」
右足を、振った。
それだけで、足の延長上に、白いオーラがグオンと伸びてしなり、巨大な凸レンズに斬り込んで。
左右に裂く。
バキッ!!
バキバキッ、バキッッッッッッ!!!
パリーン!
重力に従って落ちていく中、ガラスが割れるような甲高い音が、耳にどんどん入ってくる。
「ひ、ひえええええええええぇぇぇぇぇ!!????」
茜さんの悲鳴と、同時に。
「<乾>、封印」
疲労が溜まるので、解いた封印を結び直す。
消失したゴムが、右に伸びる長い髪に、瞬く間に復活した。
「さて、と・・・」
目下、無意識な四バカや松岡くん、寺田くん、山西くん、志崎さんを襲おうとしていた五体の巨体、並びに跳躍した俺を執拗に追いかけてきていた四体の箱形が、すーっと、解けるように消えていく。
また、黒い大穴も同様に消失していき、代わりに、太陽と。
”All of You Clear This Stage!”
という、英文字が浮かび上がった。
ほっ、と一息つく。
検証するわけにはいかない仮説が当たっていたことへの、安堵だ。
これで万事解決、といけばいいが。
「・・・ったく、なんて胸糞の悪いゲームを作るんだ」
「いやあああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!???」
俺の小さな一言は、落下に慣れていない少女の、苦悶の叫び声にかき消された。
「・・・ん?」
空の文字が、変わっている。
“You Get the Qualification of the Next!”
・・・次への資格を得た、だと?
は?
頭の理解が追いつかないまま、この世界に来る前教室で見た気がする、黄色く光る魔法陣が真下に浮かび。
地面に着地することなく、俺たちは陣に吸い込まれていった。
これで1章は終わり。
あと2章だけ、頑張って考えた作者の拙いゲームにお付き合い願います。
4章以降はファンタジーになる予定。
※注 ここでの虚像は、理科的な意味で正しく定義された「虚像」とは、必ずしも限りません。
例えば、「虫眼鏡の端っこが作り出す、判別できないほど捻じ曲がった周囲の虚像」について、あれは多分理科的な意味での虚像じゃなかったはず。
*補足/Appendix*
なぜ上空のレンズを壊せば巨体が消えるのか分かりにくかったようなのですが、岡吉もすべて分かった上で壊した訳ではなく、単に「巨体の元凶であるレンズをぶち壊せば万事解決じゃね?」という脳筋な結論から行動に移しただけなので、この話からゲームの全貌を理解するのは不可能。
ステージを作り出す装置が壊れゲーム続行が無理になったため、ゲームの管理者はやむなく生存者全員をクリアさせた。
そうご理解いただければ十分です。