S.15「Solution③」
8/12 神照茜のステータスを修正。
[The Viewpoint of 神照茜]
夢を見た。
一面の暗い海。
底の見えない水の上。
顔だけ出しながら、もう死ぬと分かっていながら、それでも陸地を目指し、泳ぎ続ける。
しかし、体力のない自分の動きは、どんどん悪くなるばかり。
仲間は皆、自分を置いて泳ぎ去って行った。
足が攣り。
溺れる。
ああ、もう息が出来ない。
そう、すべてを諦めかけた時。
天上から、光る糸が落ちてきた。
私は仲間のことなど厭わず、迷わずそれを取った。
さて、今。
激しい振動と、フワフワしたものがペチペチ当たる感触とによって、意識が徐々に覚醒していく。
「う・・・ん・・・う?」
目を開けると、そこには逞しい男の胸板があった。
「!??」
そのあまりの驚きに、意識を失う前に受けた気がする、何かとてつもないショックが瞬時に上書きされる。
因みに、ペチペチ当たっていたのは、四節に縛られた、男の長い髪だった。
「? あ、起こしてしまったか・・・?」
上から、低く澄んだ男性の声が聞こえる。
「!? ふぇ、岡吉君!?」
甲高い声が、喉から湧いて出る。
ど、どどどどうして!?
顔がすごく熱くなった。
きっと真っ赤に染まっているだろう。
それが恥ずかしい、すっごい恥ずかしい!
「な、なんで、岡吉君に、抱き上げられてるのかな、私・・・」
おろおろと、彼の顔をチラチラ上目遣いで見ながら、尋ねてみる。
「えっ、あっ、えーと、それは、別に犯罪的なことをしようとしたわけではなくてさ・・・」
すると、私以上におろおろとしながら、岡吉君は返してきた。
警察が聞けば「語るに落ちてるな・・・」と呟きそうなことを。
ふ、ふふっ・・・と、私は思わず笑ってしまう。
景色が猛然と変わっていくこの場には似合わない、呑気な笑い。
だけどさ、彼が縦横無尽に飛び回ってることなんて、何故か気にならないから、仕方ない。
この人って、見た目に似合わず、ぜーんぜん異性慣れしていない。
「何か、おかしいか・・・?」
自信のなさそうな声音が、また上から届いた。
「・・・うーんとね、うん、おかしいよ。岡吉君、あなた自体が」
「なっ・・・」
愕然としたような返事。
彼の動きが、一瞬遅くなった気がした。
抱きかかえられている中で、意識を失う前のことを、段々と、そして鮮明に思い出してゆく。
この世界に飛ばされた時の憂苦。
黒い化け物に追いかけられた時の絶望。
お姉ちゃんが死んでしまった時の激情。
面識のない少女の、死に様への恐怖。
短い時間に体験したものは、すべてがすべて、平和な日本しか知らない私には相当応えるものだった。
意識を失う前は、いつ発狂して、自傷行為に及んでもおかしくない精神状態だったかもしれない。
でも、めげそうになる黒い感情以上に、もっと、もっと、強く光り輝く、甘く切ない思いもまた、あった。
朧げに、自らの見た夢を、思い出す。
あれって、私の心象風景だったのかもしれない。
「おかしいおかしい、岡吉君。なぜならあなたは」
私って意外と恋愛には強かなのかもしれない。
そう思った。
でも違った。
私は弱い、何もかも。
日本という平和な場所で、しかも毎日お姉ちゃんに守られて安穏と過ごしていた私は、死ぬほど弱い。
でも私は、この黒い大穴の開いた残酷な世界で、まだ死んでいない。
黒い感情の濁流に揉まれても、私の心は、まだ死んでいないのだ。
これは、私が不相応な強さを手にした、証。
「死ぬほど弱い私を、こんなにも強くしてくれたんだもん」
胸の中の、救世主様、いや、未来の旦那様に対する、とてつもなく熱い思い。
今はまだ、ここまでにして。
滾らせて。
「・・・そうか」
旦那様は、そう、ぶっきらぼうに答えた。
・・・もうちょっと、何かあってもいいんじゃないの?
少しムッとしたが、同時に、彼の体が全身傷だらけであることに気づいた。
「え・・・。岡吉君の体、傷だらけだよ! 大丈夫なの!?」
「! ・・・このくらい、平気だ」
見える範囲を体温の様子で診察すると、確かに致命傷となりうるものはないが、細かく散りばめられた擦り傷や、打撲による内出血は見るに堪えない。
「そ、そういえばさっきから動き回ってるけど、何してるの?」
「黒いヤツらの対処だ」
「へ、ぇ?」
少し考え、それはおかしいことに気づく。
今まで旦那様は、あの恐ろしい黒い化け物を、信じられないことに一撃で処してきた。
つまり、彼にとってはその程度の敵のはず。
が、現在の彼は相当数の傷を負っている。
「さっきまでより、強い敵?」
「・・・違う。強さは現れた巨体皆、同程度だと思う」
「なら、なぜ岡吉君はそこまでの傷を?」
聞いた途端、彼は黙りこくった。
答えたくないのか、どうなのか。
分からない。
だから、口を開くのを待つ。
「・・・俺は、馬鹿だった。三度重ねるまで、気づかなかった」
やがて、旦那様の口がポツリと言葉を紡ぐ。
真剣になって、耳を傾けた。
「黒い巨体を倒せば、俺たちの内の誰かが死ぬ」
全身に、衝撃が走る。
死んだお姉ちゃんの生気のない顔が、記憶に突き刺さった。
まさか、だとしたら。
「すまない。君のお姉さんは、俺が殺したも同然だ」
顔を見なくても、声だけで分かる。
旦那様は、心底後悔していた。
ズキリ。
心が痛む。
彼があの黒い化け物を殺していなければ、お姉ちゃんはまだ、生きていた。
「俺があの黒い化け物を、殺していなければ・・・」
彼の悲しみがこちらに伝播し、自分の抱く悲しみとの相乗効果で、しばらく沈黙したくなった。
だけど、もしこのまま、私が何も言わなければ、彼はどうなってしまうだろう?
一生、たとえ間接的にでも、神照詩織を殺したことについて、後悔し続けるのだろうか。
それはダメ、旦那様。
あなたには近い未来、私のことだけを考えてもらうんだもん。
・・・ごめんね、神照詩織。
私に、「将来のいい奥様」を、演じさせて。
「それは、結果論、だよ?」
旦那様の大きな瞳が、私を捉えた。
「大体、あの黒い巨体を岡吉君が壊してくれなかったら、私多分、死んでたよ?」
彼は、相変わらず動いて黒い巨体を牽制し回っているけど、その真剣な瞳は、私だけを映していた。
真摯で一途そうな、瞳だった。
「だからね、ありがと」
上空から女性的なフォルムをした黒い化け物が、棍棒を持って襲い掛かってきた。
チラチラと見える戦闘シーンで、一番攻撃回数が多い個体、だと思う。
旦那様が足を蹴り上げる風圧だけで、自動車並みの巨体が、お空に舞い上がる。
すっごいかっこいい。
ホンットに、ストーカーが出るのも分かる。
神照茜、齢十七にして鼻血が吹き出そうになる感覚を初めて味わった。
「あれ・・・? 棍棒・・・?」
少し引っかかるものを覚えた私は、思い当たるものがあって、ふと自分のステータスを確認してみた。
名前/Name: 神照 茜/Akane Kamuteru
性別/Sexuality: 女/Female
レベル/Level: 1
体力/Hit Point: 7(12)
マジックポイント/Magic Point: 50(50)
攻撃/Power: 4
防御/Protect: 6
魔力/Magic Power: 20
魔力防御/Magic Protect: 36
速さ/Speed: 4
スキル/Skill: 「棒術/Technic of Rod」初級/Elementary Level
「察知:温度/Inference of Temperature」
特殊スキル/Special Skill: 「異言語/Utility of Another Language」
「恋する乙女/Maiden within Love」
一つ増えた特殊スキルに余計な御世話と思いながらも、ただのスキルの方に注目した。
「棒術」初級。
「ねえ、岡吉君」
「何だ?」
やっぱりぶっきらぼうな返事だけど、これはこれで味がある。
じゃなくて。
「私ね、スキルに『棒術』というのが、あるんだけど・・・」
と、少し自信なさげに、進言してみた。
あの棍棒を持った黒い化け物は、私と関わりがあるかもしれない。
でも、ただの勘だから。
見当違いだったら、ごめんなさい。
「・・・!!!」
しかし、弱気な私とは裏腹に、旦那様の眼は電撃が走ったかのように、カッと見開いた。
左の化け物、右の化け物、そして黒い穴のぽっかり空いた、上を見る。
「・・・そうか、そういうことだったのか」
靄も霞もすべてが晴れた、お空の太陽みたいな表情。
まるで、切り取られた太陽の代わりの、偽りの光で照らされるこの世界に、本物の光をもたらすかのような。
|希望の笑顔《Shining Divine》だった。
惚れ直す。
また、旦那様こそ神照の名にふさわしいと、私はほくそ笑む。
「これで繋がった。ありがとう、茜さん」
・・・ふぃ?
脈絡なく急に名前を呼ばれ、心臓が跳ね上がった。
みょ、苗字で呼ぶんじゃないんだ・・・。
名前で呼んじゃうんだ・・・。
ふ、ふ〜ん。
し、静まれ〜、私の心臓。
静まれ〜〜・・・。
「やっぱり君は、シオンたんに似てるよ」
ピシリと、体が凍りついた。
彼は、オタクなのだ。
なんのキャラかは分からない。
けどなんかのキャラだろう。
困惑した表情を全く隠せないまま、私は思った。
その一言は、余計だと。
本作の第一ヒロイン、神照茜さん視点は一旦ここで終わり。
次回は一章の最終話です。
因みに四バカはヒロイン(笑)枠です。
どうしてこうなったのか。