S.11「Search③」
群像劇タグを付けていないので、主人公視点以外では、ちゃんとその旨明記します。
[The Viewpoint of 志崎杏奈]
クーラーのぬるい風吹き付ける、夏の教室。
うう、茜に教えてもらったのに、立方体の六面の塗り分け方が、全く理解できません・・・。
方法が何通りあるかなんて、どうでもいいではありませんか!
とにかく美しく塗ることこそが最大の問題だというに、なぜ分かってくださらないのかしら。
・・・と、鬱々と試験勉強をしていたら、唐突に意識を失い。
目覚めたら、教室に居残っていた私の他五人のメンバーが、地に倒れていたのです。
一体これはどういうことでしょう、と思いながら見上げる空には、真っ暗闇な、黒い穴。
「・・・これは、夢かしら」
手をニギニギ。
足をフラフラ。
四肢の感覚はしっかりあって、どうやら夢ではなさそうでした。
夢と現実の区別なんて、どうつけたらいいのか分かりませんが。
「これって、来週期末試験を受けなくてもいいパターンなのでは?」
世界史を代表する社会系以外は軒並み赤点ギリギリな私、最初はそう呑気に考えておりました。
これで「ハーフなのに英語出来ないなんて意外」と言われることは無くなったのです!
きゃっふーラッキー!
しかし現実は、ミルクティーのように甘くはなかったのでした。
テストから逃げれたと、ささやかに喜んでから二時間後。
「はあっ、はあ・・・っ」
息切れしながらの、全力逃走です。
走る足に、そこらに生える雑草がチクチクしますが、もう気になりません。
体育ならとっくにバテて、木陰に逃げ込んでいる頃合いなのに、今日の私はなぜか、まだ走れておりました。
命がかかっているからでしょうか。
後ろから追いかけてくるのは、宙に浮く巨大な、黒い化け物。
証拠はありません。
ですが、あれはヤバイです。
絶対ヤバイです。
状況的に、山岸・・・あれ? 山東だったかしら・・・という輩があんなに騒ぐから、目を付けられたのだと思います。
追いかけられるその速度はそこまでで、あのクラス一運動音痴な茜ですら、大粒の涙を流しながらですが、未だに無事逃げおおせています。
しかし、持久力はあるらしく、何度振り切られてもしぶとく追いかけてくるのです。
途中から、光る弾を放ってくるようになりました。
狙いは全く的確ではありませんが、弾当たる地面は容赦なく穿たれ、化け物のヤバさをこれ以上なく認識してしまいます。
「しつこいな、クソが! おい山西、逃げ切ったら・・・、分かってるんだろうな!? はあ、はあ」
よせばいいのに、松なんとかが、大声で山何某を罵倒。
「はあっ、はあっ」
息を荒くつく私は、そのまま疲れ果てて囮でもやってくださらないかしら、と性格の悪いことを考えてしまいました。
「! おい、あれっ!」
頭文字が確かTだったような気がする男が、左前方を指差し、叫びました。
「人だ! 人がいる! あいつに、この化け物を、押し付けよう」
笑みを浮かべてとんでもないことを言い出すT。
ですが、私も自分の命が大事。
心の中で賛同しました。
「! ダメです! 何を考えているの!?」
茜さんのお姉さん、理沙さんでしたか?
教室で勉強する茜さんのサポートをしていました。
彼女が、反対の意を表明しました。
茜さんも、口には出しておりませんが、賛同していないご表情。
偽善ですね。
癪ですが、松なんとかとTもそう思ったようです。
「うるせえ! 自分の命の方が大事だろ!?」
すごい剣幕で叫ぶTに、理沙さんはうっ、と詰まってしまいました。
渋々、遠目に見える人影方向に軌道修正する松なんとかとTを追いかけてくるよう。
残りの力を振り絞り、彼の者の方向へ、私は足を動かします。
呼吸はどんどん荒くなっていきます。
しかし、後ろの化け物を押し付けさえすれば、この苦しさから解放されると思えば、安いもの。
ですが。
どおん! とすごい音が響き渡ったと思えば、その人影は消えており。
音と同時に、横から突風に襲われました。
近づいてみれば、見える人は人たちだったようなので、焦らず元の場所を目指します。
またもや、後ろから轟音。
ぐしゃあっ! と、何かが破壊される音でした。
気にせず走り、目標地点に到達。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ・・・・・・・・・・・・」
「んにゃ? あんたら、誰や?」
寝起きっぽい、かわいらしい顔の関西人に尋ねられ、どう答えようかと、疲労で回らない頭を整理していたところで。
「おい、あれ・・・」
Tが、呆然とした声を出しながら、自分たちの来た道のりを眺めているのを見て、私も振り返り。
バキバキに壊された黒い化け物と、その前に佇む一人の男が、遠くて小さいですが目に入ったのです。
「なぁなぁ」としつこく誰何してくる関西人を無視して、走るのをやめていたらしい茜とその男が歩いてくるのを、じっと見つめます。
理沙さんと松なんとかが男の元に走り寄っていたらしく、彼を見る視界に入り込み。
よくそんな体力が残ってますわね、と私は残って体力の回復に努めておりました。
さて、近づいてくる、どうやら黒い化け物を倒したらしい男の容貌が明らかになるにつれ、思わず目を瞠ってしまいます。
スラリとした体格に、黄金比を満たす完璧なプロポーション。
百八十くらいはありそうな身長。
俳優の中でも超二枚目で通じる、日本人離れした・・・イギリス人とのハーフの私が言うのもなんですが・・・端正な顔立ち。
おしゃれなのだろうか、右だけ伸ばして、下から四つゴムで止めるという厨二チックな髪型も、この男なら許せる。
だっさい高校の男子用制服が、本当にもったいない。
こ、これは・・・。
話しかけづらい。
私、志崎杏奈が、岡吉和に抱いた第一印象は、まずそれでした。
×××××××××
少女の流した血が、爪先に掠る。
目の前が、真っ暗になった。
人命が、すでにたくさんなくなった。
そのうち二人と・・・、目の前の一人は、助けたはずだった。
命を脅かす、黒い巨体から。
なのに突然、死んだ。
黒い巨体を倒したら。
跳んだ時に微かに見えた、空にぽっかりと空く黒い穴の、奥の方で。
「不自然に歪曲した形状不明な像が、闇の中でユラリと揺れたような気がした」のを、思い出す。
・・・今はそんなことを考えている場合ではない。
事態もここまでくれば、何故助けたはずの三人が死んだのか、推測出来るのだ。
「・・・これは・・・・・・、あんまりだろ・・・・・・・・・・・・」
人を襲い殺す、明確な意思を見せつける黒い化け物は、俺たちの敵、と言っていい。
攻撃されたら、反撃せねば、生き残れない。
奴らと人の、どちらかが倒れなければ、戦いは終わらない。
生き残るには、倒れるのは奴らでなければならない。
なのに。
「黒い巨体を倒したら、一人死ぬ・・・・・・・・・?」
疑問符を付けたが、俺にはもう真実にしか思えない。
思い込みは危険である、というのは分かっているが、その危険性がある時点で、もうこれまでのように黒い巨体は倒せない。
死ぬ人間は、ランダムかどうかは分からない。
ランダムかもしれない。
次にあの巨体を倒したら、死ぬのは俺になるかもしれない。
怖い。
死ぬのが怖い。
急速に冷え込んで行く心が、つい本音を漏らした。
しかし理性が警鐘を鳴らすのは、俺の死の可能性、ではない。
「・・・俺が、殺したも同然だ」
三人は、俺が黒い巨体を倒したから、死んだ。
間接的に、俺が殺したのだ。
助けようとして、結局殺す羽目になった。
なんという結末。
なんという道化。
俺は、俺は、俺は。
少なくとも、茜さんのお姉さんが亡くなったときに、カケラでも巨体を倒す危険性に気付いていれば・・・っ!
はっと我に返る。
思考の泥沼に嵌りかけていた。
ダメだ俺、しっかりしないと。
悩んでいる暇はない。
罪の意識に溺れている暇はない。
今考えるべきことは何だ。
食糧問題か。
脱出のための糸口の探索か。
どちらも違う。
「人ってね、心の動きが、一番リスキーなの」
ゲームの中で、アイドルであるシオンたんが、ライブの前に言っていたことだ。
「一番リスキー」ってのは、人を構成する要素の中で、一番ブレやすいって意味らしい。
俺もそう思う。
ただでさえ襲撃・人死に・空腹で弱っているところで、目の前に横たわる少女のような凄惨な死に様を見せつけられたら、精神崩壊したって不思議ではない。
<弾鬼術>ではこういうときの心構えなどが説かれているが、学校の授業でそんなもの習うはずがないから。
だから、考えるべき最優先事項は、リスキーな動きをする皆の心を、どうやってケアするか、だ。
昔読んだ<弾鬼術>の心得を振り返りながら、意識を現実に引き戻した。
さあ、一番大事な、一言目をどうしようか。
コミュ障な俺は、そういうことを真剣に思案していた、のだが。
皆が皆、全員気絶して、地面に倒れていた。
身に与えられる多大なストレスを、それにまつわる思考を、本能が拒絶したのか。
「・・・まあ、そうなりもするか」
それでも、気絶出来ずに、死んだ少女のように錯乱するよりかは、マシかもしれない。
もっとも、気絶状態から解放されたとき、自らの精神状態に狼狽している可能性はある、というか高い。
「注意しないとな」
バラバラと倒れている九人の男女は、その姿勢のままでは、起きたときに筋肉が凝ってしまっているだろう。
ちゃんとした姿勢で寝かせてやろうと。
動き出した俺の目に、浮動する複数の黒い巨体が、しっかりと映り込んだ。
その数、九。
岡吉の客観的な評価は、志崎さんが下してくれた通り「イケメン」です。
くそムカつきますが、そうでないと許されない髪型をしているので、このような設定にさせていただきました。