S.10「Search②」
この世界は、誰かが作りあげた、ふざけたゲームだ。
しかしだからこそ、必ず脱出のための答えが用意されている、はず。
とはいえ、目先で考えなければならないことは、この世界で問われているパズルの全貌、そしてその解答、ではない。
食糧問題だ。
「はあー・・・雑草でも食おうかな・・・」
足元の雑草をブチブチと引き抜き、じっと眺める山西くん。
彼を含めて全員、半日以上何も口に入れていない。
「ま、待って、山西君。調理器具もないのにさすがに危険だと思うよ」
疲れ切った顔だが、慌てた様子で諫言する茜さんを見て、「・・・冗談だ」と引き抜いた雑草を投げ捨てた。
それを拾って、食料に成り得るか、目を皿のようにして探ってみる。
「ね〜、岡吉くん。真剣な顔もすごいいいけど、神照さんが言った通り、食べるのは無理だと思う〜」
「食おうとは思ってはいない。食えたらいいなとは思っている」
止める白百合に対し、腹減る俺は思っていることを素直に答えた。
・・・ダメだ。
繊維質過ぎる。
どんな菌がいるかも分からない。
日本の豊かな食生活に慣れきった高校生が食べても、下痢や嘔吐に苛まれ、脱水症状でより問題を悪化させるだけだろう。
首を横に振りながら、手の雑草を放る。
「ふわぁー・・・福山◯治演じるガ◯レオっぽさがあるわー・・・」
傍にいた其連が、熱く息を吐きながらポワンポワンした視線を向けてくる。
今のどこに物理学者要素があったのか。
せいぜい、資金が底をついたフィールドワーク研究者くらいにしか見えないと思うが。
「う・・・」
その時、真後ろから女の子の声が聞こえた。
振り返り、半ボケの目を開けている、先ほどまで気絶していた少女の顔を確認する。
「目が覚めた・・・」
「あああぁぁぁあああああああぁぁああぁ!! ・・・????」
突然、錯乱したかのように金切り声を上げ、見開いた目で眼球をギョロギョロと動かし。
予想していた光景と違ったのか、困惑した表情に切り替わった。
「あの化け物は!? みんなは!?? 克哉くんは?? 克哉くんは?????」
戸惑ったように、壊れたように仲間を探す、哀れな少女。
全員惨殺されたという真実を伝えようか迷っていると、彼女は「あひ、あひひひひひ」と、狂ったように笑い出し。
「あ、そうか、みんな、死んだのか。死んだのね。死んじゃったのね。克哉くんとも、もう絶対、二度と、永遠に会えないんだ」
笑いを噛み殺すように言う少女の姿には、最早取り返しのつかないほど・・・、ヒビが入っているように見えた。
「落ち着け」
自分には何度も言った四文字を、彼女にも使ってみる。
それ以外に出来ることは、残念ながら思いつかない。
無論、これで本当に冷静になれたら、カウンセラーという職業はいらない。
「あひ・・・・・・・・・・・・、ねえ、あんたでしょ、そこの変な髪型の」
一つ、萎むような笑い声を上げて。
数瞬の沈黙ののち、少女は俺をギロリと睨み、ガッと胸ぐらを掴んできた。
「!?」
「私を助けたのって、あんたなんでしょ・・・っ!!」
ごっ!
ぶん殴られた。
完全に不意打ちだったので、少しよろめいた。
追い打ちをかけようとする少女を、田鴨が羽交い締めにする。
「やめなさいよっ! 普通そこはありがとうの一言でもあるもんでしょっ! 殴るなんて言語道断よっ!?」
「うるさいうるさい! 私は死にたかった! 克哉くんと一緒に死にたかった! そしたら、こんなに辛い思いをする必要もなかったのに! 助けなんて、いらなかったんだ!」
助けはいらなかった。
その言葉に、心が大きく傷ついた。
加えて、心に如何ともしがたい悔しさを覚える。
「死んだら・・・死んだら、元も子もないんだぞ!? 仲間たち・・・克哉くんの分まで、君は生きるべきだ!!」
カッとなりながら、少女に向かって叫ぶ。
右に伸びる、長い髪が大きく揺れた。
こんなに感情的になって言葉を発するのは、久しぶりかもしれない。
対して彼女は、血が出るほどに唇を噛んで、・・・唾混じりの血液を、俺に向かって噴きかけた。
「な、何する・・・・・・」
「生きれるか、バアアァッァァァカ!!」
・・・・・・え?
驚きのあまり、出かけた文句が引っ込んだ。
俺には、この罵倒の意味が分からなかった。
「あんたの偽善を、私に押し付けるんじゃない! 私にとっての善は、あのまま見殺しにしてくれることだった! いや、ここでいい! ここで、私を殺してよ!」
泣き喚く少女を前に、ただ、呆然と立ち尽くすことしか出来ない。
彼女の要望通り、殺してあげる、なんてことは無理だ。
それこそ真の偽善であると、俺は信じて疑わない。
だからと言って。
・・・要望に応えられないからと言って、少女を正気に戻すための方策を、別に持っているわけでもなく。
無力な俺に出来ることは、黙って項垂れる、くらいしかない。
・・・あの時した選択は、間違っていたのか?
「あ、黒い化け物だ・・・♪」
悩む心が頭を支配した時、少女は昏い目を瞬かせ、凄絶な笑みを浮かべた。
背筋が、ゾクッとする。
彼女にだろうか。それとも、黒い巨体にだろうか。
分からない。
分からないが。
気づかなかった。
気づけなかった。
こんな得体の知れない気配を放つ、禍々しい「何か」に。
今の俺、なんて余裕がないのだろう。
彼女が言わなければ、俺は、皆はどうなっていただろうか。
後ろを見ると、空に浮く黒い巨体と目が合う。
・・・悩んでる暇などないということか。
観察する。
今まで遭遇した二体とも、形は異なっていた。
今回のは、スリムな女形の怪人が、和服を着ているような格好だった。
「ああ、殺して、私を殺してぇ」
田鴨の拘束をぐんっと力ずくで振り解き、巨体に向かって少女は突進する。
「ちょっ・・・」
と止めようとする田鴨、それに茜さんや志崎さんだったが、巨体に恐怖しているのか、体は動いていない。
そちらの方が好都合だ。
下手に動かれても、足手まといにしかならない。
巨体は少女に向かって、鋭く尖った棒を射出した。
それを受け入れようとより速度を増す少女を尻目に、俺は棒を叩き落とす。
黒い巨体程度の敵に「弾」以上の<弾鬼術>は不要。
距離をコンマ一秒の間に詰め、殴る。
細身な巨体はそれだけでへし折れ、真っ二つになった上半身と下半身は地面に激突、動かなくなった。
「おーっ!」と歓声を上げる四バカに、安堵する寺田くん、山西くん、茜さんに志崎さん。
苦々しげな顔の松岡くん。
他方、少女は。
「あ・・・・・・なんで・・・」
絶望した顔で、俺と黒い巨体の残骸を交互に見て。
「せっかく、死ねると思ったのに・・・・・・何でダァ!!???」
憎悪の籠った強烈な目つきで、俺をまたしても睨んできた。
「目の前で、助けられる人間に死なれるのは、目覚めが悪いからだ」
低い声で、淡々と返す。
「・・・この・・・・・・っ! どこまでも自分の都合を・・・」
感謝など絶対にしない少女だが、今は仕方がない。
客観的に自分を見つめられるような精神状態になれば、生きていることにありがたみを感じるようになるだろう。
そう信じよう。
ポジティブだ、ポジティブシンキング。
と、せっかく前向きに考えたのに。
現実は残酷で。
「・・・・・・あれ?」
少女の着る青い制服、その腹部の部分が、黒紫色に濡れ始めた。
薄気味悪いその染みは、徐々に。徐々に。
ゆっくりと、広がっていく。
何が起こって、いるのだろうか。
少女は、自分の服をめくり上げた。
目を見開く。
傷など一切付いていないのに、大量の血が、腹から滲み出ていた。
「あひ、あーひゃっひゃっひゃ! あははははははぁ!!」
腹部を皮切りに、全身から血が噴き出し始め。
そんな自分の体を見て、哄笑する少女。
笑いながら、体に力が入らなくなったのか、地面にドタッと倒れ伏す。
駆け寄って肩を抱こうとしたら、パシッと手で跳ね除けられた。
その力はとても弱々しかったが、明確な拒絶の意思を感じ取ったからか、実際よりも強いものに思えた。
「あーおかしっ! あーおかしいっ! たまんない!」
・・・何が!
何がおかしい!!???
「待て! 待てよ!? くそ、なんでだ!???」
助けたはずの人間が、また死ぬ。
畜生!
何故だクソッタレがっ?!?
「クソ、クソがぁ!!」
靴がめり込むほど強く地面を踏む俺の足からは、実際ほどの反作用を、感じない。
あまりのやり切れなさに、黒い穴の開く天を仰いだ。
「無駄だったねえ! 無駄だったねえ! 私は昔っから、あんたみたいな正義を押し付ける人間が、嫌いだったからぁ」
見下すような目。
嘲笑。
俺の存在を根本から否定された気になり、苛立ちがフツフツと募る。
「何を間違えた! 俺は君の、何を間違えたって言うんだ!?」
問うた。
助けられる人間を助けようとして、何が悪い!
人付き合いが苦手でも、その信念だけは、守らねばならないと。
俺はそう思って生きてきた。
だから問うた。
それは正しいことじゃないのか?
万人共通の理ではないのか?
「そういうところ」
ニタニタ笑いを貼り付けて、最期、に。
「ああ、あんたの端正な正義ヅラが歪むのが、滑稽、滑稽よ! これが見れたことに関してだけは、克哉くんよりちょっと長生きして良かったと思いました。まる。ああ、克哉くん・・・・・・」
そう鳥肌が立つようなことを言い残して、名前も知らない少女は、自らの血に沈んでいった。
Serious様、乱舞。