S.1 "Summoned①"
新作です。不定期更新です。よろしくお願いします。
導入兼一話。これは三人称ですが、次話以降は基本一人称になります。
注意)「ハイファンタジー」とカテゴライズしていますが、しばらくファンタジーはしません。
首都圏・・・、と言えるかどうか分からないが、その端には引っかかっているだろう場所にある、とある男女共学の高校。
太陽が高く昇り。昼時にはクーラーを付けなければ、集中力に支障をきたす時期。
遠く、ミンミンゼミが鳴いている声が聞こえるような気もする。
が、彼の耳に入ってくる大半は、広くはない校庭で球技大会の練習に勤しむ、同級生の掛け声に占められていた。
「このあっつい時期の昼休みに、よくやる・・・」
ワイワイガヤガヤ、ワイワイガヤガヤと。
免許皆伝を言い渡されてから一年、すっかり縁を失ってしまった、熱と自分との戦い、激しい運動を為す上での高揚感を朧げながら思い出し、自分はなぜそんなことが出来ていたのか、と彼は心底不思議に思う。
三列隣の席々に面す窓から、校庭の同級生らをゴミのようだと見下ろす衝動に一瞬駆られる彼だったが、残念ながら手元の聖骸を眺めるので忙しい。
「はあ、やはり尊い・・・」
触るのも烏滸がましいと、彼の心のどこかで考えているのだろうか。
かすかに震える手をそっと動かし、指を使って左右に撫でる。
「シオンたん・・・」
彼の持つそれは、ゲームのキャラクターがデフォルメされて描かれた、所謂ラバーストラップというものだった。
淡い紫色の髪を豊かに伸ばし、クリリとした目と可愛い笑顔を終始現実に向けるようデザインされた「シオンたん」とやらに、彼はだらしなく顔を綻ばせる。
「ああこれは、まるで神々の樹が醸成する、希少な甘露のほんの一部、最も滋養かつ深味に溢れる奇跡の一滴だけ厳選して抜き出してきたような・・・、とにかく、最高だ」
来週に迫った球技大会の練習に向かったのか、誰も教室にいないのをいいことに、つい痛い賛美を口上に尽くしてしまう。
うおおおおおお!
校庭からくぐもった喚声が届き、「シオンたん」への一意専心を途切れさせられた。
「ったく、うるさい連中だ・・・」
大方、誰かがスーパーシュートでもしたか、ファインプレーで絶望的状況を塗り替えたか。
ズラされた思考でそんなことを考え。
集中を妨害された、向けるべきところのない苛立ちを抑えるための気分転換に、視線をフラフラと教室に彷徨わせる。
前の授業内容が、まだ残る黒板。
主に男子の机上、乱雑に散らかった筆記用具と教科書。
開かれたその教科書に、うっすら残る落書きの跡。
右斜め前の席、机下に備え付けられた教科書を入れる空間から、白い紙が垂れ下がっているのを見つけ、何気なく視線を止めた。
一ヶ月前に行われた、数学の中間テストだ。
どうしてまだ机の中に眠っているのだ、と彼は疑問に思ったが、端っこに書かれた「28」の文字に、「親に見られたくなかったのだな」と察する。
「というか、そろそろ期末試験じゃないか・・・」
はぁ、一応勉強しとかないとなと項垂れた。
まったく、ゲームする時間が少し削れるじゃないか。
「せっかくシオンたんを眺めていい気分だったのに、現実に引き戻されてしまった」
右側頭部から異様に伸ばし、下から黒いゴムで順に四箇所縛っている髪を右手で弄りながら、カバンに左手を伸ばし、教材を取ろうとする。
ガラガラガラ。
「ぬおっ!?」
不意に鳴り響いた教室の扉の開く音に、机上に置きっ放しにしていた「シオンたん」ラバーストラップを、急いでポケットに突っ込・・・、もうとした。
しかし、バッグから荷物を取り出す寸前の姿勢で不安定だったからか、ストラップを掴むでなく弾いてしまい、床を勢い良く滑って・・・。
なんと、たった今教室に入り込んだ人々のど真ん前まで、スライディング。
(のわああああああああ!!????)
彼は、心の中で絶叫し、逃げ出したい気持ちになった。
しかし一方で、ここで逃げて恥を掻くより、逃げないで堂々としたオタクを演じ恥を開き直る方が、まだマシな結果になる気もする。
だから、逃亡本能で数ミリ椅子から浮く体を、抑え。
ゆっくりと、地面を駆ける「シオンたん」に釘付けになっていた目を上昇させ、誰が教室に入ってきたのか確認する。
どうか、これを見たのがオタクに理解ある鈴木先生でありますように。
願いながら視線を上げる彼の眼に映ったのは、考えられうる限り最悪の四人だったと言っていい。
田鴨伊予、白百合麻里、其連友香、韓子涵。
この高校の生徒たちが「一軍」と見做すメンバー、さらにその中心。
彼女ら四人のことは、彼はよく知っていた。
小さい頃から家が近所同士で、小学三年生くらいまでは、家の近くのこぢんまりした公園に集まって、よく遊んだものだ。
あの時の友人の半分くらいは、親の転勤などで他所に引っ越してしまったが。
彼も、彼女ら四人も、稀有なことに生まれてから一度も住居を変えたことがない。
しかし、心も体も成長し、思春期に向かうに従って、イヨちゃんともマリちゃんともユカちゃんともズーちゃんとも、彼は疎遠になってしまった。
遠目に見ても、挨拶代わりに手を上げるだけ。
会話らしい会話すら、成立しない。
子供心にもっと遊びたかった彼は、それで彼女たちに嫌われたのかと思い込み、なんとなく苦手意識を持ってしまうようになった。
さらに、苦手意識がコミュニケーション分野にも飛び火してしまったのだろう、それまでなんとなくで出来ていた「友達作り」が、全く困難になってしまったのだ。
同級生と思うように喋れず、輪に入れず、教室ではいつも一人ぼっち。
修行の都合上仕方なかったが、右側頭部が長髪な彼の髪型も、避けられる一要因になってしまっていたかもしれない。
寂しさから逃げようとしたのか、寂しさをバネにしたのか分からないが、誰に言われるでもなく、小五から独力で中学受験の勉強に精を出し始め、家近くの中高一貫の進学校に合格。結果、校区分で割り当てられた公立中学に進んだ幼馴染の四人とは離れ離れになった。
彼の受験勉強とは、結局のところは嫌われたと思い込み苦手になった、「イヨちゃん」たち四人からの逃避行動だったのかもしれない。
彼は、しがらみの一切ない新天地に進めば、元のように友達と楽しくやれるようになるだろうと、桜花乱れる入学式では根拠もなくワクワクしていた。
だが、中学に進んだからといって「友達作り」が急に上手くなるはずがなく。
その上、塾に一切行ってなかった彼には知り合いが誰もおらず、すっかり環境に萎縮してしまい、ぼっち状態は継続した。
寂しがり屋な彼は、勉強と、両親から課される修行に一層のめり込むようになる。
何かに打ち込んでいる間は、「灰色の青春」という、goodではないがfatalでも決してない、ある意味厄介な状況が生む虚ろで哀しい感情を、無視することが出来たから。
そんなある時。
修行のカリキュラムはまだ完全に消化していなかったが、勉強面に関しては、遂に高校カリキュラムまで終わってしまった。
先へ進んで大学教材を学んでも、今までやってきたことを念入りに復習しても良かった。
しかし。
ネットで密かに話題になり、一部界隈で流行していたゲームに、寝る前に見ていたSNSのニュースから少し興味を抱いた彼は、今まで勉強していた時間をこれにでも当ててみようか、と考えた。
購入するなら本場でだろうと、わざわざ一時間半かかる秋葉原に行き、パッケージ版ソフトとハードウェアを購入。
家に帰り、ソフト”A Trip with Idol”を包装から取り出し、ハードに差し込んで・・・。
その瞬間、彼の世界は変わった。
その名の通り、「アイドルと旅をする」という設定のゲームには、彼の失った、あるいは手に入れたことのない心の繋がりが、鮮明に描き出されていた。
友人としてのヒロインとの他愛のないやり取りから、旅先での心温まる人間模様、ヒロインのライバルとの駆け引き、助け合い、地方ツアーでの容赦ない現実、葛藤・絶望、ライバルたちからの激励、主人公の絶え間ない努力と献身、ヒロインの慟哭しながらの立ち上がり、成功、そして恋愛。
彼は、そのすべてに感動した。
そして、ハマった。
修行を時々すっぽかして両親から怒られるぐらいには。
キャラ全員でストーリーを一周し、その中でも特に「紫苑」というキャラに入れ込んだ。
ゲーム関連のイベントは漏れなくチェックし、「紫苑」関係のグッズは小遣いをはたいて収集した。
一つのグッズにつき保存用、鑑賞用・・・、と複数買うことはしなかったが、それは単に資金力不足が原因である。
”A Trip with Idol”に熱きパトスを燃やす内、彼はいつの間にか高校生になっていた。高校受験のための勉強をする必要がなかったためか、時間は驚くほど速く過ぎ去ったように感じられた。
どうせ、俺にとって中学も高校も同じだ。
中学入学時のようなワクワクは微塵も感じないまま、彼は入学式に列席していた。
彼の通う進学校は、中学からそのままエスカレータで上がる在来枠と、その三分の一ほどの編入枠を設けており。
入学式では、在来組の名前が呼ばれたのち、編入組の名前が呼ばれる。
すでに自分の名前が呼ばれ、ぼんやり着席していた彼の耳に、過去に聞き慣れた、幼馴染四人の名前が入る。
「田鴨伊予」「白百合麻里」「其連友香」「韓子涵」
このときの彼は、幼き頃に見知った知り合いが四人もこの高校に入ったことに少々驚いた程度で、まあ関わり合いになることはないだろう、と気にも留めず、長い校長の祝辞に入る前に寝た。
式後は自転車に乗って、ストレートに帰った。
それがいけなかったと、今でも彼は後悔している。
入学式の二日後。
「なんで話しかけてくれなかったの?」
「なんで無視したの?」
と、突然拉致された校舎裏で、田鴨伊予からは少しヒステリックに、白百合麻里にはネチネチと、其連友香には責めるように、韓子涵には悲しげに言われ続けた。
女性への免疫を完全に失ってしまっていたこと、また彼女たちへの苦手意識を未だに保ち続けていたことより、彼は、恐怖から耳を塞いで逃げた。
美の基準がすでに2Dに移動していた彼には分からなかったが、四人は全員綺麗になっていた。
「圧倒的一軍」と入学式から目されていた彼女たちが校舎裏に連れ込んだ男に男子たちは嫉妬し、ある程度四人と彼の事情を知っていた女子たちは、彼を蔑んだ。
その結果、ただの空気だった彼は、いじめと無視の対象になった。
場面を、田鴨伊予、白百合麻里、其連友香、韓子涵の足元に、彼の「シオンたん」ラバーストラップが転がり落ちた場面に戻そう。
苦悶の表情で、教室に入ってきた彼女たち四人を見る。
もっとも、右側頭部の長髪と同様、前髪も両目が隠れるほどに長いので、彼の表情は大分分かりにくいが。
ラバーストラップを持っているのはまだいい、筆箱やカバンに付けている人は結構いる。
しかし、「教室で、女性キャラクターのラバーストラップが飛んでいくようなことをしていた」と誤解される状況は、正直かなり外聞が悪い。
確かにこの四人からの接触は、入学式二日後のあれ以降なく、俺を軽蔑の対象としたのは四人の取り巻きたちだが、もし四人のうち誰かでも、ただ事実として取り巻きたちに俺の行為を誤解のまま話せば、立場は今までよりさらに悪くなるだろう。
そうでなくとも、俺がオタクというのがバレるかもしれない。どんなに綺麗事を言おうが、オタクという分類にカテゴライズされることは一般的に人のイメージを下げる。
とりあえず、俺へ向けられる眼が冷たくなるのは避けられないだろう。
最低でも、女性キャラクターのラバーストラップを使って何かしていたと思われるのだけは避けよう。
彼は、そんなことを考えていた。
「す、すまない。筆箱を開けたら飛んで行ってしまった」
苦しい言い訳を呟きながら、頭を垂れて、宝物を拾おうと四人の元に向かう彼。
「シオンたん」ラバースクラップをとりあえず手に掴み、「踏みつけられずに済んで良かった」と一先ず安堵する。
が。
頭を上げた瞬間、何故か後方に回ってきていた白百合麻里に、突如羽交い締めにされそうになった。
少し慌てたものの、脇の下から上がってくる細い両腕をするりと回避し、バックステップで彼女たちから距離を取れば。
田鴨伊予は釘バットを、其連友香は怪しげな液体の入った瓶と布を、韓子涵は短刀を持っているではないか。
「・・・何がしたい?」
彼は、低い声で問う。
そして自身にも、彼女らに殺されるようなことをしただろうか、と問うた。
・・・どれだけ記憶を探しても、どれだけ自分が嫌われていようとも、いくらなんでも答えはNO、だ。
「何故、俺を殺そうとする?」
ならこの四人に聞こう、と彼は質問を変更する。
どこか恍惚とした顔になっていた四人の少女たちは、一瞬ポカンとした顔になった後・・・、凄まじい勢いで、彼の言葉を否定した。
「そ、そんな!? 私が、あなたを殺すわけないじゃん!?」
「殺そうとしたんじゃないよ〜、ホントだよ〜」
「うう、でもよく考えたら勘違いされてもおかしくない格好アル」
「なぁ! これでいこって言ったん麻里やんな!?」
「なら、襲撃か? 俺に暴行を加えて、何が目的だ?」
「違う!」
「違うよ〜」
「違うアル」
「違うで!」
彼は、困惑した。
殺害でも、襲撃でもなく、そんな格好で人に会いに来る輩が果たしているだろうか、と。
・・・ああ、初夏の昼は暑いなあ。
考えてるうちに、彼は、自らの思考が傍に逸れ始めているのを感じていた。
ふと、自らの手中にある「シオンたん」のラバーストラップが、手汗で汚れていることに気づき、愕然とする。
早くお手入れしなければ!?
その焦燥が、目の前の少女四人に対する怒りとなり、怒気はより低い声として、彼女たちにぶつけられた。
「・・・一体全体、何が目的なんだ・・・・・・?」
このぶっきらぼうな口調も、彼に友達が出来ない原因の一つであろう。
しかし、田鴨伊予たちは、その言葉に眉を顰めるどころか。
逆に、危ない薬物でトリップでもしたかのような顔になって、へなへなと崩れ落ちた。
「ああ、やっぱり、あなたから責められるの堪んない・・・」
「甘美〜、至福〜」
「小学生の時も、みんなで協力して責められようって頑張ったアルなあ・・・。無意識だったアルけど」
「ほんまそれやでぇ・・・。いや、久しぶりはやっぱ効くわぁ・・・」
四人はどうして、こんなにも気持ちよさそうな顔をしているのか。
彼には、訳が分からなかった。
ただ、心底より言い知れない恐怖と気持ち悪さを感じた。
「すまん、トイレ行ってくる」
ゆえに、彼はこの場からの離脱を画策した。
そうして扉に手をかけた途端、足首に握力を感じる。
「あかんで、逃げ癖ついてんでぇ」
「かっこわるいよ〜、立ち向かってよ〜、私たちにほらほら〜」
「この前もこうして逃げたでしょ! だから、生半可じゃ逃げられるだけで殺気を出してくれないと思って、割とヤバ目な装備してきたんじゃないの!」
「そうアルよ! ここまでしたんだから、本気出して全員を組み伏せたあと、◯◯◯して▽▽▽して□□□するくらいの責任は取らなきゃ、不公平アル!」
そんなことをギャァギャァ喚きながら、ゾンビのようにずるずると自分の体をよじ登ってくる、四人の少女。
リアルの女性は元々怖かったが、今回の一件でさらに怖くなった。
ああ、皆が皆、シオンたんのように清廉で、優しく、可憐な心を持っていればいいのに・・・。
「岡吉く〜ん」
「和ゥ」
「和さーんアル」
「カズ!」
この四人の少女に、シオンたん要素は皆無だった。
彼・・・、岡吉和に、少女四人は皆が皆、甘い吐息で問いかける。
「「「「あの頃の約束通り、メスブタとして、飼ってください!!」」」」
岡吉和は、一瞬だけ頭が真っ白になり・・・、過去の記憶を隅々まで探ってみたものの。
・・・本当に、俺はそんな約束をしただろうか。
岡吉和はそう思い・・・、いや、絶対していないと確信しつつ、諦念の思いで天井を見上げた。
四人は、関わりを持たなかったこれまでと違って、付きまとってきそう・・・もういっそストーキングで逮捕されそうな目をしていた。
・・・きっと、そのことで、敵は多く作るだろう。
明日からの高校生活は、一体どうなってしまうのだろうか、と。
彼は、知らない。
今未来に思いを馳せたところで、全く無駄に終わってしまうことを。
頼むから、周りに人がいる時に絡んでくれるなよと願いを込めて、少女たちを引き剥がす。
結構な力でそれを為したにもかかわらず、四人の少女は顔を赤くしながら涎を垂らしているばかり。
彼女たちの将来を心配しながら、「シオンたんのいる世界に行きたい」と独り言ちた、その時のこと。
地面に、複雑な幾何学模様を描いた、黄金色に輝く光の線が突如として浮かび上がり。
視界がグニャリと揺らぎ、歪んだと思ってすぐ、彼らは意識を失った。
直後、その肉体は、光の因子となって、空に消えてゆく。
そして、彼らは二度と、この世界で目撃されることは無くなった。
同様の現象が、他にも四ヶ所、日本の高校で確認されたという。
いなくなった高校生たちがどこへ消えたのか、この世界の者は誰も知らない。
岡吉和の地獄は、ドMな少女から突然飼い主要求される、余りにも馬鹿げた光景から、スタートした。
×××××××××
「ついにこの時が、来てしまったか・・・」
「本当は、私たちが役目を代わってあげたかったのだけれど」
昼下がり、どこかの家のラウンジで、真っ青な空を見つめながら、夫婦と思しき中年の男女が一言二言交わし合う。
「そうだね・・・。でも運命は、我々の息子を選んだ。そして僕たちは、出来ることはやり切った、と自負している」
「うん。だから、私たちが出来ることは」
悲壮な目で、それでもここにいない誰かを信じ切った強い目で。
「「祈ることだけ」」
と、力強く言い合った。
読んでいただきありがとうございます。
それにしても、変態少女たちはどうやって武器を学校に持ち込んだのだろうか・・・。