妻の決意
チサとバッシが結婚して十年の月日が流れた。
「ねえ、あなた、この間実家に少しだけ帰った時にユーイと話したんだけどね。あの子の三男をね。私達の養子にしないかしら?」
「い、いきなりなんだよ」
「だって……。私達の間には子供がいないでしょ……」
そこまで言ってチサの顔は暗くなった。
結婚してから数年間は新婚夫婦らしくなんども子作りをした。
だが、二人の間には子供は出来なかった。
その事にチサは言葉には出さないが自分を責めているふしがある。
だが、バッシがチサに言わなかった事に原因がある。
バッシはチサに自分が不老不死であるという事を言っていないのである。
そして、不老不死の魔法の代償に子供が出来ないというのがあった。
それを伏せ、不老不死を隠した事にした事が自分の愛したチサが傷つく事にバッシは耐えるのは辛かった。
愛するチサになら大丈夫、そう思ってバッシは決心した。
「チサ、大事な話があるんだ」
「な、何よいきなり」
「そ、そうだな、その、俺って、見た目若いだろ?」
「そうね、羨ましいわ。私だってあなたの作った化粧品で頑張ってるけど年は隠せないからねぇ」
「その、この若い見た目には理由があって、その隠していた事があるんだ」
「え? え? もしかして……刻死病なの?」
刻死病。
不老の病でこの病気にかかると老化が無くなるという病である。
不死というわけではなく、百五十年から二百年間一切見た目の年齢が変わらないが、ある時いきなり見た目が年をとり始める。
加齢が再び始まると平均して一年で老衰で死ぬ。
記録では三週間で死んだ者もいたし、三年生き延びた者もいる。
この病気の研究からバッシの一族の不老不死の研究が始まったといっても過言ではない。
「違う、違うんだ。その来て欲しい」
そう言ってバッシは掃除ですら自分でして、チサを入れなかった書斎に初めてチサを入れた。
そこで大きな本をドサッと置いた。
「これは?」
「これは十七代二百五十年間我が一族で研究してきたものを集めた書物」
「そうなの……」
「そして、その集大成は不老不死」
「ふ、不老不死……」
「そう、そして自分の代で完成させ、自分にかけたんだ」
「す、すごいのね」
チサは賞賛の言葉をあげるが、その顔は恐怖と驚きしかなかった。
「チサに謝りたいのはここなんだ。この魔法では、子供は作れない。そういう魔法なんだ」
「じゃ、じゃあ、あなたとの子が出来ないのは私のせいじゃないの?」
「ああ、ごめん、本当にごめん。俺のせいなんだ。チサのせいじゃないんだ」
「そっか……。そっか」
「ごめん」
二人の間の沈黙は永く続いた。
「ねえ、あなたはこれからも老いないのよね?」
「うん」
「その不老不死の魔法は他人にかけられるの?」
「いいや、無理だよ。自分で覚えて自分にかけるしかない」
「そう……。ならね。あなた!」
顔を上げて意志の強い目でチサはバッシを見つめた。
「私にその魔法を教えて! 私この魔法を覚えて貴方と共に歩む」
「む、無理だよ」
「無理かどうかはやってみないとわからないでしょ。それにあなたは私が死んじゃったら何も出来なくなっちゃうもの。教えて」
その強い意志を持った目に押し負けてバッシはチサに魔法の基礎から教え始めるのだった。
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