危機一髪
一万七千という軍勢がほぼ壊滅状態となり。敵の九千の軍勢がサンドとサキ率いる部隊に襲い掛かった。
いくらターラーの領地の軍の練度が高くても士気の差、数の差はもはやどうしようも無い状況だった。
他の軍が壊走している中、ターラーの領地軍が持ちこたえていたのはシュゾーの鍛錬とサンド、サキの的確な指揮のお陰だった。
もう勝負は着いた事は二人はわかっていた。
「サンド君は逃げて」
「サキちゃん!」
いつもはまわりに人がいるので様付けで話すが、今この時は昔の呼び方に戻っていた。
「でも」
「いいから、貴方はターラー様に必要なの。ただの武人なだけの私じゃなくてね」
「ふざけるな。女を残して、いや、サキちゃんを残して戻ったら師匠や部下達になんて言ったらいいんだ!」
「いいから!」
二人が話している間も敵軍が迫ってきていた。
「誰か! 誰か来て、サンド様を逃がして」
サキの言葉に三百人将の一人が馬で駆けつけ、サンドの馬の手綱を掴み引っ張った。
その三百人将の馬に引かれる形で馬が走り出していく。
「サキちゃん絶対に帰ってきてよ」
サンドの声が遠ざかりながら響いていった。
「さぁ食い止めるわよ」
サキは全身を震わせて槍を振り回すのだった。
サキは、殿で敵の猛攻を耐えながら逃げるのにも限界が来ていた。
乗っていた馬も失い、まわりにいるのも傷だらけの三十人ほど、だが、もうすぐ本国の国境であった。
「そう、ターラー様が国境に全軍で待ち構えているのね」
「はい」
サキ達を見つけた斥候が近づいて味方が近いことを教えた。
だが、目の前に敵がいる事も斥候は気づいていてそれをターラーに教えなくてはいけない。
「わかった。じゃあ、みんな、ターラー様に合流するよ」
「はい」
「あなたはすぐにターラー様に敵が近い事を報告して」
「はい」
斥候は馬に乗りなおして急いで走り出した。
「あなた、みんなを連れてターラー様の所へ行って」
「サキ将軍は?」
「みんなを逃がす為に……」
サキはそれ以上言わずに、すでに折れそうな槍をしっかりと握り立ち上がる。
「頼んだわよ」
そう叫んでサキは敵軍に走りだした。
敵の先鋒隊に一人で斬り込み敵を乱れさせた後に西方向にある森に走って逃げ込んだ。
「いっつ、痛いな。肩を剣がかすったのが効いてるな」
肩から流れ出る血が止まらなく。サキは、意識が朦朧としてきた。
「ああ、このまま死ぬのかな? まぁ、捕まって犯されるましかな? うっ、言えなかったな」
サキは、半分に折れた槍を置いて体を抱きしめる。
「嫌だ、嫌だ、バッシ様、私、私、大好きなの言ってない。嫌だ」
サキは、体を縮め声を細めて泣き声を漏らさないように唸った。
「会いたい。言いたい。好きだったって言いたい。怖い。嫌だ」
サキは、静かに泣きながら自分の体から力が抜けていくのがわかった。
ガサガサと草が揺れる。
それに気づいた先は折れた槍をまた持ち直した。
「お、いたいた。ほら、さっき暴れてた女だぜ」
五人のいかにもがさつな男がサキを発見する。
「ほら、いい女だぜ」
「ひゅぅ」
「でっけぇな」
「取り押さえろ。俺が一番最初にする」
「お頭! 次は俺が!」
(静かに死ねると思ったのに。それに犯されるのは嫌)
肩から流れる血と痛みを我慢しながら折れた槍をサキは構える。
五人の一人がサキが虫の息なのを油断し飛び込んだが、サキはその男の急所を一突きで殺した。
だが、槍の刃の部分はもう限界だった。
槍が壊れ死んだ男が重石になって動けないところを三人に覆われれば女のサキにはどうする事も出来なかった。肩の傷を魔法で塞がれ両手を押さえつけられる。
頭と呼ばれた男がサキの鎧の胸の部分の止め紐をナイフで斬り外し、服の前部分を掴み破り剥がした。
大きく動かないように巻かれた布の胸当てが露出されその大きな塊が揺れ動く。
「でっけぇ」
「すげぇすげぇ」
子分と思われる奴等が下種な笑いを上げる。
頭と呼ばれた男がナイフでサキの胸当てをつつく。
「ほーら、ここをプチンと切れば、お前の大きな、大きなおっぱいが出ちゃうぞぉ」
サキを怖がらせようとわざといやらしくねっとりと言う。
「うるさい。うるさい。お前達に見せるために大きくなったんじゃない」
サキの強気の一言に頭と呼ばれた男はイラッときたのかサキを思いっきり殴る。
「うるせぇな。まぁ気の強い女は嫌いじゃないぜ、それをヒーヒー言わせるのが大好きなんだ」
頭と呼ばれた男はサキの胸当ての布にナイフの切れ込みを入れる。サキはせめて恐怖を誤魔化す為に目を瞑った。
「ほら、切れる、切れるぞぉ。お前等、よーく見てろ。このでっかいのが出てく……」
「あぎゃ」
「おぎゃ」
「うぴょん」
頭と呼ばれた男の言葉が途切れると同時に他の三人も変な声が聞こえた。
サキは恐る恐る目を開けると目の前には頭を魔法で潰された四人の男が倒れていた。
「良かった。間に合ったね」
サキは一番聞きたかった声が聞こえた事に心臓が一気に跳ね上がった。
「ば、バッシ様」
「ああ、良かったよ見つかって」
サキは目を大きく開けて体を起こして前を見つめる。何度か目を擦って確かめ直す。
サキの目の前には大好きなバッシの姿が確かにいたのだ。
「バッシ様」
「サキちゃん。恐かったね」
バッシはサキの頭を撫でながら泥に汚れた服を魔法で綺麗にしていった。
バッシに抱きしめられ頭を撫でられている間にサキの心臓はどんどん早くなった。
(言う、もう絶対言う。後悔しないために言う)
「バッシ様、大好き」
「そうかそうか」
バッシはにこやかにサキの頭を撫でた。
(多分本気にされてない。この状況で混乱してるって思われてるんだ)
「バッシ様大好き。だからね。帰ったらちゃんともう一回言うね。大好き」
サキはそれだけ言うとバッシから離れた。
「本気だから、だからね。帰ったらもう一回言うからね。バッシ様大好き」
サキの言葉に嘘が無いという事がバッシにもほんの少し伝わったのかバッシは少し恥ずかしそうな顔をした。
ターラーの陣に戻り、サンドと再開し、サンドに怒られ、ターラーに怒られ、従軍していたモーリーにも怒られた。
同じく従軍していたイーグも怒ろうとサキに近づいた瞬間胸当ての紐が切れこみから破れた。
すぐに両手を前にして隠した為誰にも見られなかったが、サキの右ストレートがイーグに突き刺さるのだった。
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