これから
人は清廉潔白であるべきだ。
少なくとも私はそう思って生きてきたし、今だって思い描く理想は変わっていない。
嘘をついてはいけません。人が嫌がることをしてはいけません。欲に溺れることなく、後ろめたいことのない正しい心を持ちなさい。
もちろん社会に出ればお人好しの善人なんて少ないし、善人と言えど本音と建前を使い分けるのが当然で、世の中が嘘なしには成り立たないってことは身に沁みて分かった。
だけど例え分かっていたとしても耐え難いことに変わりはなく、何度経験したところで人の性格なんてそうは変わらない。
私は……嘘をつく人間がどうしようもなく嫌いだった。
彼らと同じように嘘をつく人間になってしまった私が、どうしようもなく嫌いだった。
けれど――こんな私を好きだと言ってくれる人が現れた。
今まで見たこと無いくらいお人好しの善人で、本音と建前を使い分けられない不器用な人。子供っぽくて、寂しがりやで、甘えん坊で、なのに私の弱い部分を受け止めて抱きしめてくれる。ときに妹みたいで、ときに姉みたいな、不思議な人。
彼女は私の隣にいてくれると言った。私と一緒に歩いてくれると言った。一度は彼女を傷つけた私に……また友達になろうと言ってくれた。
だから私は、そんな彼女が好きだと言ってくれた自分ことを、少しずつでも好きになれる努力をしようと思った。今までずっと目を逸していた、数えれば切りがない自分の嫌なところと正面から向き合い、一つ一ずつ理解して、納得して、受け入れていく。
関わり合いを避けていた面倒な人間関係も、割り切って付き合えるようにしていく。自分を好きになれるチャンスはどこに転がっているか分からない。改めて周りの世界を見渡してみると挑戦できることは山程あった。
もちろん最初の一歩を踏み出すというのは勇気がいることで、不安で心がいっぱいになる。でも彼女と一緒なら、その不安だって半分にできるし、上手くいった時の喜びだって倍になる。
彼女が隣にいるのなら、一人じゃできないことだってできる。
そう、思えたんだ。
だから――――
†
「ただいま、お姉ちゃん」
デメルの丘の霊園。姉の墓の前に立った私は静かに挨拶をした。それは一年ぶりの姉への挨拶で、五年ぶりに言う姉への“ただいま”だった。
その日のハイゲルの空は雲ひとつない秋晴れで、デメルの丘の上には少し冷たい風が吹いている。人によっては薄い防寒着を着始める季節だけど、一年前のように徒歩で丘の上まで歩いてきた私にとっては心地の良い冷たさだ。
ガルが選んであろう墓はシンプルなデザインで、決して豪華ではないけれど姉をイメージして選んだのが分かる綺麗なお墓。
私は持っていた花をその姉の墓の前に置き、軽く手を合わせて祈った。祈ってる間は特に何かを考えていたわけじゃなく、軽く数秒手を合わせた後にすぐに手を降ろした。私は別に姉に安らかに眠ってねとかありふれたことを祈りに来たわけじゃない。姉なら私に頼まれなくったって健やかに爆睡しているだろう。大きなお世話ってやつだ。
それに心の中で祈るより、言葉に出して伝えたほうが分かりやすい。
「ごめんね、お姉ちゃん。こうしてお墓参りに来るのに時間がかかっちゃった。いや、私にしてみれば早かったほう……なのかな。とにかく、やっと向き合える覚悟ができたみたい」
私は少し照れくさくて、誤魔化すように笑う。
「覚悟ができたとは言っても、別にあの日のお姉ちゃんの選択が正しかったのかとか、私はどう接するべきだったのかとか、過去のモヤモヤに答えを出せたわけじゃない。そういうのは今でも絶賛悩み中で、現在進行系で考え中。答えるのはもうちょっと大人になってからかな」
悩んでる、答えが出せない、という言葉をハッキリと口に出す。もう姉に対して口を閉ざしたり、曖昧な言葉で誤魔化すのは止めにしようと決めた。
「じゃあなんで来たかって言うと、今日は報告があって来たの。まぁ、そこまで大した報告でも無いんだけど……その……」
改めて考えると、わざわざ姉の墓前でこれを言うのは気恥ずかしい気がする。
だけどあんまり引っ張ってもしょうがないので、さっさと言うことにした。
「私ね、友達ができたんだ」
そう言うと、私は“隣に立っていたヤミ”の腕を掴み、自分の体の方へと引き寄せる。
「どう、これが私の友達のヤミ、可愛いでしょ?」
「ホムラ……そういう紹介の仕方はどうかと思う」
黒をベースにした私服のヤミは少しの間不満げな表情で私を睨んだ後、一歩進み出てしゃがみ込み、姉の墓へ手を合わせた。
「はじめまして、ホムラのお姉さん。ホムラの友達のヤミです。ホムラとは……その……色々仲良くさせてもらってます」
「色々ってなに?」
「色々は……色々」
すごく気になる言い方だけど、突っ込んだら姉の墓前で赤裸々に私とのアレやコレやを語られそうなのでやめておこう。特に私が弱気モードに入ってる時のヤミとの絡みは私にとって弱みでしか無い。
「あ、ホムラが甘えモードの時の話はちゃんと心の中でお姉さんに伝えてるから」
「ってええええ!?」
「……うそうそ。してないよ。そんなに動揺しなくていいって。ふふふっ」
「ぐぬぬっ…………」
なんだろう、最近ヤミにしてやられることが多くなってきた気がする。
私がそう悔しがってると、手を合わせていたヤミは立ち上がり、遠い目をして言う。
「でもさ、なんだか不思議だよね」
「何が?」
「ホムラのお姉さんのお墓の前で友達になった報告すること。私、こんな日が来るなんて全然想像してなかったよ」
「ああ、それは私もだよ。本当に不思議……ヤミと一緒にお姉ちゃんに会いに来てるだなんて……まるで夢を見ているみたいだ」
さらに言うなら、ヤミと私がこうして区画外に外出できてることすら奇跡的で、本来なら絶対にありえないこと。
これには夏季休暇明けの模擬大会で私がそれなりの成績を収めたことと、ヤミがかなりの特例候補生的ゴリ押しパワーを発揮したことと、リーナ教官がわりと根回ししてくれたおかげで手に入れた、思い返すと長い話になる外出権なのだが、これだって最終的に許可が降りたのは奇跡でしかない。
姉とガルの想い出の地にヤミと来ている。
それは本当に夢かと疑うような状況で――――
「でも、夢じゃないよ」
「ヤミ…………」
ヤミが私に近付いて手を強く握る。
「四月に私とホムラが出会ったのも、色々あって友達になったのも、こうしてここに立っていることも、全てが確かな現実」
「そう……だね。出会ってから友達になる前に色々ありすぎだけど、確かにそうだ」
「色々あっていいんだよ」
「え?」
「最初から何の理由もなく純粋に友達になろうって人なんか居ないと思うよ。そこには自分が寂しいとか、付き合ったら得があるとか、他にやりたいことの為とか、きっと打算が絡んでいる……と思う。普通そうなんだよ。だから私とホムラの出会いも全然変なことじゃない」
「大事なのは、友達になってからどうするか」
「なってから……」
「うん、友情ってのは初めからあるものじゃなくて、付き合っていく中で育んでいくものなんだから」
ヤミは秋風に髪をなびかせながら私に微笑みかける。
「おう……なんだか良いこと言ってる気がする」
「気がするじゃない、良いこと言ってるの」
そう、ヤミの言う通り、大事なのはこれからのことなのだ。
これから私とヤミが紡いでいく日々が、二人の未来になっていく。それがどうなるかなんて――今は誰にも分からない。
唯一分かることは、きっとこの秋も、冬が来ても、年が変わってまた春が来たって、私たちはずっと一緒にいるということ。繋いだこの手をもう離すことはないないだろう。
私はヤミを大切にすると誓ったんだから。
だからお姉ちゃん、どうか私たちを見守っていてね。
「じゃ、お姉ちゃんに報告も終わったし帰ろっか」
「え? もう?」
「そうそう、ハイゲルの街に美味しいレストランがあるからさ。混んじゃう前に行こっ」
「あっ! ちょっと待ってよホムラ! 走ったら危ないってー!」
出会いから一歩踏み出し変化した私とヤミの関係が、また一歩近付いていく。
こういう他愛のない日常を繰り返し、私たちは進んでいく。
ゆっくりとした、でも確実に進むその一歩の積み重ねが、果たしてどんな未来に辿り着くのか。
全ては、これからの話だ。




