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魔絢流星祭【Ⅱ】



 ††††



 祭りの会場は主に三つに分かれているらしい。

 訓練所の正門を出て会場まで歩いてる間、そうヤミに教えてもらった。


 商業エリアを中心に大きなイベントなどが行われている会場。そこから少し離れて夜道の脇に露店や出店が立ち並んでいる会場。そして訓練所近くの小高い山に作られた会場。どの会場にも竹と紙で作られたランタンのような珍しい形の灯りが沢山吊り下げられていて、遠くから見ても場所がひと目で分かようになっている。とっぷりと暮れた夜空の下、その暖かい灯りはとても綺麗に思えた。


 私とヤミが初めに訪れたのは三つの中の二つ目、普段はただ通行するだけの石畳の道の両端に出店が立ち並んだ活気のある会場。店は個人が出してるものもあれば、普段商業エリアで営業している店がお祭り仕様で出店しゅってんしているものもあって、ざっと目に入るだけでも軽く百以上はあるんじゃないかなってくらい多い。屋台のように料理を作る店たちが発する音と匂いと、それに群がるたくさんの人の熱が、会場全体に大きな活気を生み出していた。



 会場に足を踏み入れた私は、人が生み出す熱と活気に圧倒され、左右をキョロキョロと見回しながら素直に感心してしまう。


 「おお……これはすごい。この会場でこんなに人が多いのなら街のほうはもっとすごいことになってるんじゃないかな」


 「おおおおぉー!」

 「……ヤミ?」


 私が素直な感想を口にしてる横で、ヤミは目をキラキラと輝かせながら歓声を上げていた。小さな子どものように純粋な目で綺羅びやかな祭りの光景に夢中になっている。


 「どうするホムラ? どこから回る!?」

 興奮で高まる体温と早まる脈が、繋いだ手から伝わってきて、今年一番楽しそうなヤミの目で見上げられるとこっちまで楽しくなってきてしまう。

 

 「ヤミの好きなとこからでいいよ。私はどういう店があるとかよく分からないし、ヤミについていくから」

 「ほんと? じゃあどうしよっかなー。どこも行きたくて迷うけど……うん、まずはあそこ! 行こうホムラっ!」


 「おわっ」

 ヤミが私の手を引いて早足で歩き出し、私はそれに引っ張られる形でついていく。

 


 まずは近場のオクト焼きのお店。

 中に新鮮なラピタオクトの足を入れて焼いた球状の粉物で、焼き立てはアツアツだけどとても美味しい。塗られているソースも絶品。


 「はふ! はふはふっ! 初めて食べたけどおいひいっ!」

 「うんうん、誰も取らないから火傷しないように落ち着いて食べなー」


 

 次は射的のお店。

 騎士の私たちに銃はあまり馴染みのないものだけど、それだからなのか人で賑わっている。簡素なコルク銃である程度遠くにある商品を撃ち落としたら貰えるという遊び。


 「デビルアイッ! ていっ!」

 「これで三連続命中、ヤミ意外と才能ある……?」



 次は飴細工のお店。 

 砂糖を溶かして飴状にしたものの形を整えて冷やし、様々な物に似せて作った飴を売っている。普通の動物や植物を象ったものから珍しいモンスターの形をしたものまで。その精工さは職人の腕を感じる。


 「むむ……買ったはいいものの食べるのが勿体無いな」

 「分かる分かる」


 

 その後もヤミと私は出店で買ったものを食べ歩きつつ、色んなお店を見て回る。


 麺をソースと共に香ばしく焼いたものや、肉に衣をつけて揚げて棒に刺したもの、赤い果実を丸ごと飴でコーティングしたもの、砂糖で作った白いフワフワのお菓子。その大半がこの国では見たことない不思議なものだったけど、お祭りのムードもあって全部美味しくて、次々とお腹の中に入っていってしまう。

 まぁ私はお昼に起きてから何も食べてなかったからお腹が空いていたという理由があるけれど、ヤミはその私の何倍もたくさんお腹におさめているのだから驚く。あんな量の食べ物がこの小さな体のどこに入っていくのかいつも不思議だ。


 もちろん食べ物系以外のお店もたくさん回った。

 商品エリアのほうの会場みたいに大きな催し物はなかったものの、屋台なりの素朴な遊びが多くて充分楽しめた。一部には私の村のお祭りで出ていたお店と同じものがあって、そういう店の勝負では以前体験した私が有利だった。私に負けて心から悔しがり、もう一回やろうとせがんでくるヤミの顔がとても可愛かった。

 



 「ホムラ! 次々! 次はあっちに行ってみよう!」

 「……はいはい、分かったって」


 強引なヤミのリードに時折文句を言いつつ、なんだかんだ楽しんでる自分がいる。

 あれほどヤミのペースに流されずに平常心を保とうと誓ったのに、気がつけばヤミと一緒にいる今の時間を楽しんで受け入れてしまっている。私が情けないのもあるけど……やっぱりヤミがズルいのだ。白いワンピースを揺らしながら私の手を引っ張る姿が、どうしても幼き日の姉と被る。今のヤミに多少わがままを言われたところで私は受け入れてしまうし、振り回されることが楽しいとさえ感じてしまう。それほどまでにヤミと姉の組み合わせは悪魔的に私に突き刺さる。




 「しかし……」

 こうして歩いていると、やっぱり目立つなぁ。


 「……あれ? あれって例のハーフデーモンの子……だよね」

 「一緒にいるのは……誰だろう、知ってる?」

 「ううん、でもすごいよね。私だったら――――」


 この祭り会場は訓練所から徒歩で来れるくらい近い場所にある。だから待ち合わせに遅れて街まで行く時間の無かった私たちはここを選んだわけなんだけど。訓練所に近いということは当然ながら魔導騎士候補生が来ている率だって高く、直接の知り合いでは無いにしろ、ヤミを見たことがある人は多かった。

 なのでこうしてヤミと歩いていると頻繁に周囲から視線を感じるし、人とすれ違う度に何かヒソヒソと話しているのが聞こえてくる。


 まぁ……祭りの会場は油断すると人の波に飲まれて迷子になりかけるほどごった返しているため、向けられた視線や会話はあっと言う間に雑踏の中に消えていくし、いつまでもジロジロ見られて不快になるってことはない。ない……んだけど、絶対に気にならないって言えるほど、私は鈍感じゃない。



 「…………」


 「……ホムラ?」


 そんな私の様子を察したのか、串に刺さったゲソル焼きを口に咥えたままのヤミは立ち止まり、私の方を振り返った。


 「やっぱり……気になる?」

 私と同じようにヤミも感じていたのだろう。横にいる私が気付くのだから当人であるヤミが気付かないはずがない。周囲から受ける好奇の視線、ヤミはずっとこんな生活を送っていたんだと思うと……よく耐えられているなと今更ながら感心していまう。

 きっと姉やガルだってそうだったはず。今まで私はその人たちの気持ちを想像して分かるフリをしていたけれど、所詮は傍観者に過ぎなかった。こうして実感してみると……本当のすごさが分かる。


 「私はいつものことだから慣れっこだけど、ホムラが気になるって言うんなら――」

 「ううん、大丈夫だよ」


 「本当……?」

 疑いの眼差しでヤミが私を見上げる。私の心を見透かすような綺麗な瞳。

 

 さすがにこの手の強がりはヤミにはもう通じないか。


 「……いや、ごめん嘘。本当は全然大丈夫じゃないけど、なるべく気にしないようにするよ」

 それでも私はヤミに対して強がって笑顔を見せる。



 「ホムラ……無理してるでしょ」


 「うん、無理してる」

 でも良いんだ。これは私が無理したくてしてる無理なんだから。

 


 「だって、せっかくのヤミとのお祭りなんだよ? 多少無理したってヤミと一緒にいたいに決まってるじゃん」


 「………!」

 その瞬間、ヤミが驚いた顔で口を開き、危うく咥えられていたゲソル焼きが地面に落ちそうになった。慌てて私が空中で串をキャッチする。

 

 「ちょっ、危ない危ない。どうしたの?」

 「え……あうっ……ええと……」

 ヤミが何故か赤面して動揺している。私……何か変なこと行ったかな?


 

 「……ううんっ、なんでもないっ! そう言ってくれて私も嬉しい……からっ!」

 

 ヤミは繋いだままの私の手をぎゅっと握り可愛く笑うと、またさっきのように歩き出した。私もヤミの食べかけのゲソル焼きを持ったままその後に続く。


 「ほら、次はあっち!」

 「はいはいっ」


 熱い体温の伝わってくるヤミの手が、私をどこまでも連れて行ってくれる。



 繋いだ手が……ん?


 というか、周りから変な目で見られてるのって、ここに来てからヤミとずっと手を繋いでいるせいもあるんじゃないか……?




 でもまぁ、いいか。



 周りがどう思おうと私たちには関係ないのだ。


 今はそれよりヤミとの祭りを楽しみたい。それが私の本音なんだから。




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