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ヤミの7月【Ⅳ】


 † †


 魔絢流星祭――私はその名前を知っていた。


 「あれ? 知ってるの?」

 「は、はい……名前だけなら」


 思い出すのは六月のこと。

 私の部屋のベッドの下の奥で見つけた、たぶん以前の住人が忘れていったんだと思われるシワシワでよれよれのチラシ。そのチラシの表面は掠れていて読めない字も多かったけど、イベントの開催を告げる文面と開催の日付だけは読み取れた。書いてあった日付は十年近く前の夏の日……かなり前に刷られたチラシだというのは分かる。チラシの表面には祭りの様子を描いた絵なのか夜空をバックにたくさんの流星が降る様子と、流星の先に七色の光の花が咲いてる様子が描かれていた。決して上手くはない絵だったけど……私はその絵がとても綺麗に思えて、なんだかすごく印象に残った。もしこのイベントが今年もやる予定があるのなら……私は絶対ホムラと行きたい。


 直感的に、衝動的に、本能的に、思ったから私はあの日チラシを片手にホムラを探し回って――


 まぁ……結局チラシは雨風に吹き飛ばされて私の手を離れちゃったんだけど。



 「名前だけ……か。じゃあ色々説明したほうがいいわよね?」

 「お願いします」

 「おーけー」


 リーナ教官は大きく頷いた後、机に置いたチラシに目を落として、よく通る綺麗な良い声で語り始めた。


 「魔絢流星祭の日の前後にはね、その名の通り沢山の流星が夜空に所狭しと流れるの。天気が良ければこの国のどこでも同じような現象が観測できて、中央の天文学者たちにはマディカメイト流星群とも呼ばれてたりするわね」

 「マディカメイト……流星群……?」

 「名前は母天体となった彗星から取られているそうよ。マディカメイト彗星が放出した流星物質が漂うダストトレイルと私たちの住むこの星の軌道が重なり、塵のような流星物質が星の大気に衝突して発光する……これが一度に沢山見られるのがマディカメイト流星群」

 「はあ……」


 流星の原理はいまいちピンと来なかったけど、この国に人にとっては有名な現象だということは分かった。そんな毎年起こってるものならホムラも知っているんだろう。


 「ただ、この流星群は他の流星群と大きく違って、元となる流星物質に微量の魔素が含まれているのよ。この魔素が大気と衝突する際に普通の流星じゃ見られない特殊な反応を起こすの」

 「見られない反応……?」

 「流星の光が赤や青や緑と言った様々な色に変化したり、普通じゃ聞こえないはずの光が大気中を進む音や、光同士がぶつかって弾ける音が聞こえたり、光の帯がやたら長くなったり複数に分かれたり。更にそれら全部が組み合わあって複雑な模様を描いたりするのよ。すごくない?」

 「それは……確かにすごい」


 「七色の光の帯が描く模様は、夜空に咲く花のように見えることから『流星花』とも呼ばれているわ」

 

 流星花……! 

 私がチラシで見て綺麗だと思った絵はその絵だったんだ……!


 「流星花自体も国の至るところで見れる夏の風物詩だけど、特にこの騎士団領区画で見れる流星花はそりゃもう……すごい! とびっきり綺麗なの! 真っ暗な夜空に七色の大輪の花がでっかい音と共にどっかんどっかん咲いて、この区画に来たんだったら一度は見ないと勿体無い! 天体に興味なくてもぜひ見るべき!」

 「う、うん……」


 ますます熱くなるリーナ教官の語りにちょっと気圧されて仰け反ってしまう。

 だけど、私の中の見てみたいと気持ちは確実に大きくなっていく。


 「……で、その流星群が一番ド派手に訪れるタイミングに合わせて開かれるのが魔絢流星祭。当日には区画内のお店が屋台とかいっぱい出すから、それを見回っているだけでも楽しいわよ。うちの訓練所も何かしら催し物はすると思う」

 「ふむふむ、中々盛り上がるお祭りなんですね」


 「ええ。そして魔導騎士たち……特に魔導騎士候補生たちの間には一つの伝承……言い伝えられている風習みたいなものがあるの。私が候補生の時に流行ってたから結構古くて今知ってる人は少ないと思うけど、きっとあなたには耳寄りの情報よ」


 「……?」

 なんだろう。確かにそのような話を他の人から聞いたことはない。私が普通の友達いないからとか……そういうことでは無いと信じたい。


 

 「言い伝えはこうよ――」


 リーナ教官は言葉を区切り一呼吸挟むと、神妙な語り口になった。


 「“魔絢流星祭の夜、夜空に咲く流星花を見ながら願った騎士の願いは叶うだろう。そして――流星花の下、二人っきりで想い人に気持ちを伝えれば、絶対にその想いは成就する”」


 「…………!」

 「どう? あなたにとっては随分と朗報な言い伝えじゃない?」


 私は思わず息を呑む。

 なんというか……本当に今の私にぴったりの話だった。前半の部分は似たような話をよく聞くけど、後半の部分は正に私のためにあつらえたような当てはまり具合。あまりにぴったりすぎて咄嗟にリーナ教官が作ったんじゃないかと疑うほどだった。


 本当にこんな言い伝えがあるのなら……私は背中を押されたような気分になる。

 どうにかしてこの祭りにホムラを誘いたい。魔絢流星祭を口実にホムラとまた話したい。例え言い伝え通りに想いが成就しなくても構わない。せめてもう一度、私の想いを伝えることができるのなら――――!


 

 「ふふっ……その顔を見るに、私の話は良いアドバイスになったようね」

 「……はいっ、ありがとうございました!」

 

 もう迷うことは無かった。私は椅子から立ち上がるとリーナ教官に向かってビシッと礼をする。

 

 「良いのよ、候補生の悩みを聞くのだって教官の仕事なんだから。それにヤミちゃんに頼られて嬉しかったし」

 「私も……話を聞いてもらえてよかったです。あと、このチラシ貰っていっていいですか?」

 「どうぞどうぞ。いっぱいあるから構わないわ」


 「ありがとうございますっ」

 チラシを手にして私は意気揚々と部屋を出て廊下へと。


 「がんばってねー! 上手く行くことを祈ってるわー!」

 「はい、失礼しましたっ」


 そして、リーナ教官の声援を受けながら扉をしめた。

 


 ピシャリ。


 「ふぅ……」

 話を聞いて興奮していたせいで火照っていた肌がヒンヤリとした廊下の空気に当たって気持ちがいい。

 

 さて、ダメ元でホムラを祭りに誘うと決めたものの、いつ誘うかについては少し迷う。

 今日はもうすぐ午後最後の講義が終わって解散になるし。明日か明後日か、まぁ祭りの日までにはあと十日以上あるし、ホムラのことだから他に先約が入るということもないだろう、いくらでもタイミングはある……。


 ……ん? いや待て待て。今日で七月が終わって八月に入るってことはもう夏季休暇が始まってしまうってことなのでは!?

 夏季休暇中は座学講義が無ければ教官指導の訓練も行われない。つまりただでさえ捕まえにくいホムラを更に捕まえにくくなるということだ。最終手段としてホムラの部屋を知ってるとは言え、別の寮に入るには寮監さんに何かしらの理由を付けて申請しないとダメだし、六月みたいに非常口から入る方法も私はガチャガチャ裏技が分からなくて無理。万が一ホムラの部屋まで辿り着けたとして、ホムラは絶対に私を部屋の中に入れてくれない、入れてくれるはずがない。しつこく通いつめて同じ寮の知り合いの部屋にでも逃げられたらそれはもう詰みだ。


 どうしよう、どうしよう。

 様々なシミュレーションが私の頭の中で再現されるけど、どれもホムラを捕まえるには至らない。私が一人でホムラを誘える場面が思いつかない。


 

 「ああああぁぁあぁ……もうっ!」

 確実に捕まえるのなら今日しかない! 今しかない!



 こうなったら――行くしかない!!




 † †

 

  

 

 数分後、私は階段の踊り場で震えていた。


 私たち魔導騎士候補生の訓練所には普通の学校のようなクラス分けはなく、○○期生の人がこの場所に確実にいるという場所は存在しない。ただ、講義の割当やスケジュールなどによって、この時間には先輩しかいないだろう、この時間には後輩しかいないだろう、というフロアが自然にできることはある。

 そして正に今の時間、私が震えている踊り場から昇った先が一つ上の期の人たちが講義を受けているであろうフロアだった。ホムラに会おうと何度か足を運んだせいでホムラたちの期の講義スケジュールは完璧に把握済み。この時間にこのフロアにいるのは間違いない。


 だが……ここに来て勇気が出ない。ここにきてヘタれている。教官棟を出たときにはあんなに意気揚々としていたのに目前まで来たら足が震えて心臓がドクドクしてきた。我ながらダメダメすぎるメンタルだ。


 「はぁ……はぁ……あと一分、あと一分経ったら行く。今度こそ行く。あと一分、あと少しで――――」

 

 キーンコーンキーーーン!


 「だぁぁぁっ!?」

 踊り場で躊躇っている間に講義の終了を告げる鐘の音がなってしまった。同時に上の階から扉が開く音とザワザワと人が出てくる音が聞こえてくる。


 しまったしまったしまった! やってしまった!

 今出ていったら間違いなく私は注目の的になる。いや元々出ていく予定ではあったんだけど……まだ心の準備が全然できていない。でも今出ていかないとホムラがどっちの方向から帰るのかが分からない。こっちに来ればいいけど反対の階段から降りていったら追えなくなる。


 こうなったら仕方がない。覚悟を決めて……いざ上のフロアへ!

 

 ていやっ!



 そうして上の階の廊下へと飛び出した私の目には、大量の先輩の候補生が、階にある複数の講義室から出て喋りながら帰っていく姿が映った。その数は今見えているだけで数十人とかなり多い。右を見ても左を見ても私とは違うカラーの入った訓練服の女の子たちが歩いている。 

 

 「……あれ? あの子って確か………」

 「そうだよね、あの噂の……」


 「…………っ!」

 そんな先輩たちの中に私が飛び込んでキョロキョロ辺りを見回していれば当然目立つ。ひとつ下の一年目で、しかも異種族のハーフデーモン。大量に向けられる好奇の視線。すれ違う人全てが遠巻きに私について何かを喋って通り過ぎていく。

 

 だ、ダメだ……! ここで臆病になっていたらダメだ!

 こうしている間にもホムラは講義室から帰っているのかもしれないのだから。

 

 周りの目など気にしない。勢いよくズカズカと廊下を歩いて講義室一つ一つを覗いていく。

 

 ……いない。

 

 ……いない。

  

 ……いない。


 ここにもいないっ!


  

 人の視線に耐えながら何個か部屋を覗いてみたけどホムラの姿はどこにもなかった。もちろん廊下を歩いているってこともない。


 「もう!ホムラはどこにいるの……!?」

 そう、思わず苛立ちから弱音をこぼしてしまった時――


 「……ん? 今ホムラって言った?」

 「へ?」


 私の前に、いつもホムラの近くにいる小さいの……ミヨシがいた。隣には大きい方のトーカもいる。

 

 「うん、確かにホムラって言ってたねー。ホムラ探してるのかな?」

 「なんでハーフデーモンが?」

 「それを私に聞かれても知らないよー」


 すごくドキッとした。反射的に踵を返して逃げようと思ったけど、何とか理性で体の動きを封じてその場に留まらせる。

 今は緊張とか人見知りとか、どんな風に思われるだろうとか、つまらない感情に振り回されている場合じゃない!


 「あ、あのっ! ホムラがいる場所……知りませんかっ!?」

 精一杯の勇気を振り絞り、ミヨシとトーカへ話しかける。


 「……ん、ホムラなら向こうの一番端、廊下の突き当りの階段から降りてすぐの部屋にいるぞ。今日は属性別に分かれた選択講義だから無駄に部屋分かれてんだよ」

 「そうそう、ホムラの属性クラスだけ一個下の階の部屋使ってるんだよねー」


 「……!」

 一世一代の勇気を振り絞った私とは正反対に、ミヨシとトーカはあっさりと答えてくれた。あっさりしすぎて逆に拍子抜けするくらいあっさりだ。私が重く考えすぎていただけで、声をかけてみたら意外とこんなものなんだろうか。


 「あ、ありがとうございますっ!」

 とにかく良い情報を貰った。私は慌てて廊下の端へと走り出す。


 「おー! 気をつけてなー!」

 「たぶんいつも通りならホムラは席でぼけっとしてると思うよー」


 なんだか優しかった二人に振り向き会釈しながて走って廊下の突き当りまで移動、階段を駆け下りて一個下の階へ。



 そして階段を降りたすぐ脇の講義室を覗き込むと――


 「――いたっ!」

 

 講義室の一番後ろの席の窓際。ホムラが退屈そうな顔で机に肘をつきながらぼーっと外を見ている。


 「……よしっ」

 私は深呼吸をすると、まだ人の多く残っている講義室へ足を踏み入れて、ホムラの座っている場所まで歩いていく。

 当然私が入った瞬間に中の空気がざわついたけど気にしない……気にしない……。


 外の方を向いていて私に気付かないホムラに、私はちょっと離れたところから本日何度目かの勇気を振り絞って声をかける。


 「ほ、ホムラっ!!」



 「…………ん?」


 声に気付き、私の方を振り向いたホムラは――




 “私に全く興味を持っていない目”をしていた。


 「……え? ほ、ホムラ……?」


 興味がない目をしたまま、ホムラは社交辞令然とした口調で抑揚無く言葉を並べる。


 「あ、なんだヤミさんか。こんなところまでどうしたんです? 私に用事?」



 「……っ!」

 分かる……私には分かる。ずっとホムラを見てきた私だから分かる。

 このホムラの目は心を閉ざしてる目だ。面倒な他人と関わる時に心を閉ざして上っ面だけでやり過ごす時の目。

 もし会いに行ってまた拒絶されたらどうしようという私に心配は杞憂だった。ホムラは私を避けるわけでも煙たがるわけでも拒否するわけでもない。ただの知り合い……『ヤミさん』としてホムラは接するつもりなのだ。

 

 ああ、そう。そういう態度を取るのか。


 なんか――ムカつくなぁ。


 私の中に沸々と苛立ちが沸き立ってくる。あの別れを告げられた日から今まで募りに募っていた苛立ちが一気に心の底から駆け上がってくるのを感じる。メラメラとした熱い感情が私の中で急速に生まれていく。


 そして、私の中で何かの線がプツンと切れた。


 いいよ。ホムラがそういう態度を取るなら私だってやりたいようにやってやる。 

 本当なら二人で話せる場所に呼び出してこっそり誘おうかと思ったけど……そんなのやめだやめ。今ここで決めてやる。


 「あのー、特に用事が無いのなら私はこれで帰るんで――」


 「いいから――聞け!バカホムラっ!!!!」


 「…………え?」


 私の大声にホムラが今まで見たとのない面白い顔で固まった。加えて講義室の空気も瞬間冷凍されたように固まった。講義室に残っていた面々が一斉に私とホムラのほうを見る。

 良い……それで良い。噂のハーフデーモン候補生がいきなり怒声混じりの大声を出したんだ。何が起こったのか気になって当然。注目されなくちゃ困る。


 「えっ……えっと……や、ヤミ……?」


 私は私の想いを伝えるために、私の全てを使ってホムラにぶつかってやる。

 周りから過剰反応されて過ごしづらかった特例魔導騎士という扱いだって私の一部なのなら、それを私のために利用してやるまでだ!



 「……ホムラ、ここでは別に何かを話すつもりはないよ。皆が見てるしね」


 話しながら少しずつホムラの席まで歩いていく。


 「でもさ、私どーーーーっしてもホムラに話しておきたいことがあるんだよ!」


 一歩、また一歩、確実に。


 「だからさっ!」


 そして困惑するホムラの眼前まで詰め寄り、持っていたチラシを机の上に叩きつけた。

 

 バンッ!!!!


 「魔絢流星祭……知ってるよね? このチラシに書いてある日、書いてある時間、私正門前で待ってるから来てよ」

 

 「来なかったら……私許さないから」


 席に座ったままのホムラを見下しながら、私は微笑む。

 逃さない。無理矢理にでも土俵にあげてやる。私が注目される存在だと言うのなら、ホムラもそれに巻き込んでやるだけだ。

 これだけの人に見られている前で、学校から丁重に扱われている私に対して、波風立たせない主義のホムラが無碍な扱いなんてできるはずがない。



 「…………っ! このっ……!」

 やっと私に思惑に気付いたホムラが、やってくれたなという目で私を見上げる。


 いいよ……その目。やっと私を見てくれた。

 


 「私、ホムラに全力でぶつかっていくって決めたんだ。もう迷わないよ、ホムラがいくら目を逸らそうが負けやしないっ」


 ホムラが言ってくれた……“ヤミなら私がいなくても大丈夫だよ”と認めてくれた、私の強さに自信を持って。

 私はホムラに頼らず、ホムラに甘えず、ホムラと正面から向き合う。




 「これは――宣戦布告だから」


 


 

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