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ホムラの過去【Ⅰ】


 これは私がまだ十二歳くらいだった頃の話だ。


 私の故郷は山間部にある小さな集落が寄り集まった村で、今思えばかなり辺鄙な田舎だったように思う。それでも何十分か歩けばそこそこ栄えている隣町に着いて大抵のものは手に入るし、水力や火力のエーテルインフラも整っていたので見た目の地味さのわりに不便さは感じなかった。

 ただこと遊びに関してはバリエーションがなく、野山を駆け回って動物や植物と戯れるか、地元の子供の間で何故か伝わってる缶蹴りやケイドロと言った謎の遊びをするくらい。騎士団に入ってから他の子に聞いみたけど誰も知らなかったので私の故郷周辺だけで知られてた遊びだったのだろう。誰が考えてどこから伝わったのかは私も知らない。

 

 そんな毎日の中で私はずっと姉の背中を追いかけていた。街の学校へ行くときも、家に帰ってきてから遊ぶ時も、何をするにも姉の後をついて回っていた。

 少し歳の離れた姉だったが私の面倒をよく見ていてくれたように思う。才色兼備、文武両道、それでいて誰にでも別け隔てなく親切に接する姉は周りから尊敬され、私にとっても憧れの対象だった。偶に常人には理解できない突飛なことをするけど、最終的に回り回って皆の幸せになってしまう不思議な人。そういう姉の影を無邪気に追っていたのと、『嘘をついてはいけない、正直者になりなさい』という両親の教育があってか、子供の私はかなり真っ直ぐな性格に育っていた。学校も遊びの中でも不正を働くやつやズルいことをするやつは赦さない、誰かをいじめるなんてもっての他だ。そのせいで喧嘩になることが多かったけど嘘をつく相手のほうが悪いに決まってるんだと、当時の私はまるで気にする様子は無かった。



 そうして過ごしていたある日、確か……学校がいつもより早く終って家に帰ってきた午後のこと。梅雨の時期だったからか空は分厚い雲に覆われていて、雨こそ降っていなかったもののジメジメした湿気が鬱陶しかったのは覚えている。帰った私がいつもの調子でただいまを言いながら居間に入ると、木製のテーブルに神妙な面持ちをした姉が座っていた。エーテル灯のついていない薄暗い部屋の中、普段よりも数割増しで真面目な顔を見せる姉を見れば、子供の私だって普通じゃない事態が起きたんだということは分かる。


 「どうしたの……お姉ちゃん?」


 「ああ、おかえりホムラ。実はさっきまで父さんや母さんと話していてね。二人共初めは少し驚いていたけど……私がしっかり話したら分かってくれたみたいで良かった」

 

 「な、何の話……?」

 姉は既に情報を共有した体で話しているけど、帰ってきたばかりの私にはまるで何のことか見当がつかない。そんな私に次に投げつけられたのは……衝撃の言葉だった。



 「私ね――結婚することにしたんだ」


 「……え?」


 思わず持っていた鞄を床へ落とした。

 あまりに現実感のない唐突な報告に私は呆然と立っていることしかできない。


 結婚する相手は誰なのかとか、余りにもいきなり過ぎないか、そういう言葉さえ出てこなかった。

 いや……そうじゃない。結婚と聞いた瞬間に相手の想像がついたからこそ、姉がこのタイミングに踏み切った理由に察しがついたからこそ、私は中々口を開くことができなかったのだ。


 何分そうしていたのだろう。よく覚えていない。

 固まった私のことを姉がその間どういう目で見ていたかも記憶にない。


 ただ、脳が痺れるような感覚がやっと薄まってきた私は、どうにか言葉を喉の奥からしぼりだした。


 「それって……ガルと?」


 違って欲しいという気持ちが半分、きっとそうなんだろうなという気持ちが半分。だけどそんな私の複雑な気持ちとは裏腹に、姉は笑顔で迷いなく告げる。

  


 「そう。私は結婚して、ガルと一緒に幸せになるの」

 

 

 † 



 ガル――私はその人のことを良く知っている。

 

 姉との出会いは結婚した年から数年前。私たちの村からそう遠くないハイゲルという名の大きな街がモンスターの襲撃を受けエーテル汚染災害が起こった時、その復興支援の要員として来たのがガルだった。災害による負傷者や死傷者はそこまで多くは無かったけど、建物の倒壊や漏れ出した高濃度エーテルによる汚染が深刻で、国の内外問わず様々な場所からの支援を必要としていたのだ。


 ガルは見るからに好青年という佇まいと性格で、復興という仕事には真面目に尽力するし手を抜くことなんてない。人のために頑張ることのできる努力家。当時の子供の私から見ても率直に“良いやつ”という印象を受けた。

 そんなガルが、同じ復興作業にボランティアとして参加していた姉と仲良くなるのにそう時間はかからなくて、二人がお互いの考え方に共感して交流を深め、お互いを、そういう相手として認識して付き合うに至るのは自然な流れだった。

 復興は何年もかかる大掛かりなプロジェクトだったから復興要員のガルはその街の近くにずっと住んでいて、姉はボランティア期間が終わった後も週に一度くらいのペースで通ってご飯を作ったり遊んだり、極めて健全なお付き合いをしていたと思う。


 二人の付き合いに特に問題はなかった。


 “ガルが獣人の血を引いている”――という一点を除けば。


 

 元々このハイゲル汚染災害に関する復興事業は、大戦終結後初めてのモンスター災害であったこともあり、各国が友好の意味を込めて通常の規模より数倍の人員や救援物資を送っていた。送られた側としてはちょっと迷惑だけど、これを期に敵味方だったわだかまりを少しでも解消できればという意図があったんだと思う。その中にはあまり交流の無かった異種族が構成の中心を占める国もあって、派遣された人の数パーセントくらいは私たち人間にとって未知の種族だった。

 ガルの故郷である獣人の国もそういった国の一つであり、向こうでは人に獣耳や尻尾があるのは普通のことらしい。ガルが言うには自分は血が薄いほうで本国には全身毛皮に包まれている人もいるとか、正直想像がつかない。

 姉はそんなガルの種族的な差異を気にしてなかったし、ガルもそういう姉だからこそ惹かれたのだと思う。


 ただ……周囲の人間がそれを認めるかどうかは別で、二人に対する風当たりは強いものだった。


 私の住んでた村が特別閉鎖的だったとか余所者に対して陰湿だったとかではなく、世間全体が異種族に対してまだまだ慣れていない時代だっただけ。今でさえヤミを前に気不味い態度を取る人が多いのに五年前となれば尚更だ。別に時代のせいだけにするわけじゃないし、わざわざ他国に支援に来て冷遇を受けた人たちのことを考えれば仕方なかったと割り切れることでもない。ただ、受け入れるには一般的な感覚を持ってる人たちには唐突すぎた。出来の良い姉とガルだけが良くも悪くも一歩先に進んだ関係を持ててしまったのである。

 

 実際に村八分のようなことこそ起きなかったが、姉とガルの関係に対する陰口は耐えなかったし、ガルが私の村に来た時も誰も口を聞くことはなかった。いつもはにこやかに挨拶をしてくれる近所のおじさんやおばさんが、姉とガルを冷たい目で見て、二人のいない所でひっそりと悪口を言い合う場面に遭遇するのが怖かった。偶々そういう会話が聞こえてくるのさえ嫌だった。人はこんなにも簡単に人を悪く言えるんだという事実に初めて気付いてしまった。何よりも……そういう目線を向けられる姉が辛そうでたまらなかった。


 だから、私は――



 †



 「ホムラも……ガルのことが嫌い?」


 結婚報告の衝撃で固まっていた頭と心が少しずつ落ち着きを取り戻してきた。

 その様子をゆっくり待っていた姉が問いかけた言葉に子供の私はすぐに答える。


 「……ううん、そんなことないよ」

 本当だ。私は別にガルのことは嫌いではなかった。

 先に言ったとおりガルは接してみればただの優しい好青年だし、仕事に対しても真面目で、姉のことを大事に思ってくれているのでむしろ嫌いになる理由が見当たらない。それこそ初対面ではギョッとして近寄りがたかったけど、一度心の壁を取り払ってしまえば抵抗はなかった。


 ガルは悪くない、悪くないんだ、だけど……。



 「でも、わたしは嫌だ」

 

 「ホムラ……」


 家族なんだから、姉なんだから、自分の気持ちを抑えておめでとうって言えば丸く済むんだろう。少なくとも……この場だけは穏便に済む。

 けれど愚直なまでに正直に生きることしか知らなかった子供の私は気持ちをそのまま口から放つことしかできなかった。


 「嫌だよ。だって今でも辛いのに……色んな酷いこと言われてるのに、結婚なんてしたら絶対にもっと辛くなる……きっと誰からも祝われない、お姉ちゃんがそんな目にあうなんて嫌だっ!反対だよっ!」


 「だからっ……!」

 そこまで言って姉の顔を見やると、姉がとても優しい顔で私を見ていたことに気付く。酷いことを言う私を嗜めるわけでも、目を逸らして無視しているわけでもない。私のほうを真っ直ぐ見据えて、私の気持ちを正面から受け止めて聞いていた。


 「……っ!」

 その目を向けられてることに、姉のぶれない強さに、私が耐えきれなかった。


 私は姉の視線逃げるように走り出し居間を飛び出ると、自室へと駆け込みすぐさま布団に潜り込んだ。今まで感じたのこと無いドロドロとした気持ちが頭の中をグルグルし、毎日楽しみにしている母さんのお菓子を食べる気にも、約束していた友達と遊ぶ気にもなれなかった。

 姉の気持ちが変わらないか、何かトラブルが起きて話がご破算にならないか、そういうズルいことだけが頭に浮かぶ。私は自分の気持ちに自分で整理がつけられないまま、ただただ布団を被ってこの嵐が過ぎ去るのを待っていた。



 けれどそんな私の気持ちとは裏腹に、二人の結婚までの計画は驚くほど早く進む。


 まるで新たな時代を迎る世界が二人を急かしているように――――




 そして、私が姉の決意を知ってから僅か一ヶ月後、姉の結婚式が執り行われることとなった。


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