知香
洛河沿いのとある小さな村に、一人の娘があった。
美しいだけでなく、体から爽やかな甘い香りのする娘だった。
なかなか子のできなかった老夫婦が、村はずれのお堂に通いつめてできた娘だったため、「仏からの授かりものに違いない」と、それは大切に育てた。
娘が長ずると、その美しさと他に類のない体質は評判となった。「ぜひ妻に」と望む者が争うように訪れた。中には見目麗しい男や、いかにも腕っ節の強そうな男、豪商の一人息子などもいる。
二人は彼らから渡された名刺を眺めながら品定めをするのだが、肝心の娘がどの男のこともよしとしない。気を揉んだものの、仏からの授かりものに無理強いはできないと、次々とやってくる男たちに断りを入れ続けた。
そんなある日。
またしても一人の男がやってきて、「娘を妻にいただきたい」と名刺を出した。県の小吏の三男であり、科挙合格を目指す書生であるという。
高級官吏登用試験である科挙に合格すれば、娘が貴夫人になるのも夢ではない。だが予備試である郷試でさえ数百倍、最終試験の会試に至っては何千倍の倍率を誇る科挙に合格できるほど、教育環境の整った財力ある実家でもなさそうだ。塵芥が増えたと思いながら名刺を受け取ると、男は言う。
「たまたまこの村はずれにあるお堂に立ち寄ったところ、何とも言えぬ芳香が立った。この家の娘がつい先ほど詣でたからだと聞き、私は、自分の香りに合うものはこの娘しかいないと確信した。だから来た」
さきほどからかすかに漂う清らかで上品な香りが、名刺ではなく男の体から発せられていることを知り、二人は顔を見合わせ驚いた。男の香りが残る名刺を持って娘の部屋へ行くと、これまでに嗅いだことのない高貴な香りが立った。娘に男の名刺を渡すと、その香りはいっそう強くなる。
すると娘は何もきかずにっこりと笑い、言った。「私はこの方のところへ参ります」
二人は少し残念に思ったが、それが娘の選択であるならばと快く送り出すことにした。
時がたった。
郷試に合格した男は、請われて県の高官の幕僚となり、非常に重用された。多忙な夫を妻はよく支えた。夫婦は仲睦まじく暮らし、子宝にも恵まれた。
男は数多いる求婚者の中から自分に娘を与えてくれたことに深く感謝し、ことあるごとに義親を訪い、礼物を送り、よく尽くした。
人々は「互いを知る者を昔の故事にならって『知音』と言うが、あの夫婦は『知香』と言うべきだな」と口々に言い合ったという。