1 愛し合う気持ち
萌愛です。恋愛小説は初めてなので不安です。
何が不安って、数列みたいな感じで入力したハートの記号がちゃんとハートに見えているかです。
不安です。
キャラクターデザイン(設定等)お手伝いしてくださったナンさんありがとうございました。
P.S.
結局見えなかったためにスマートフォンからハートだけ入力しました。
ナンさんにも喜んで頂けて良かった、、
「レム、ありがとう」
冬の寒い日。彼に会うための姫の口実に淹れられた甘めのコーヒーが、もくもくと熱い湯気をたてて存在を主張する。当のお姫様といえば、コーヒーを飲むこともなく、彼-----レムに話しかけていた。
「いえいえっ、礼には及びません!! …冷めてしまっては味も落ちます、お飲みになられてください」
「ありがとう。いただきます」
レムに促され、彼が佇む前でコーヒーの入ったカップを手に持つ。そしてふと、レムが自分の言葉を待っている、そのことに気がつく。
「レムも一緒に飲もう?」
ゆっくりしていってよ。
言葉を付け加えて甘く言えば、少し顔を赤らめた様子のレムが、失礼します、といって姫の目前の椅子に座った。ティーポットからカップに注がれるコーヒーを見ながら、姫はレムについて思考を巡らせた。
F・シヴァエリス=レシーム…レム。姫が8歳の頃から専属の世話係として働いている男である。メイドの一人によれば、彼の家は昔から裕福でなく、レムは
15歳のときから住み込みで働いているのだそう。
姫には許嫁たる男性はいなかった。
国王である父は良くも悪くも放任主義が基調で、娘を幸せにできる男性を親族として迎え入れる、という文書を金庫に仕舞っているらしい。好運にも兄がひとりいる。そのこともあってある程度の付き合いは許しているのだろう。
だが回りには常に強面のSP、御付きのメイド、妃、王子が常に方を並べている。彼らは国王が姫に与えた"自由"との壁になってしまっていた。
お付き合いが許されていると言っても王家の血が混じった姫だ。風格や家柄といったものは当然ながらチェックが厳しい、というのも現実である。そんなことから、姫と同じ学校に通う人たちは、彼女を好きになることはあっても、その先を見ようとはしなかった。家柄に文句がないのだから、過去に非行でもしたか、自分にある何らかの欠点を自覚しているか、いずれではあれど。
狭い世界。
そんな状況下でまともに触れることのできた男性はといえば、そう-----世話役のレム、ただひとりだけだった。
「ミルクの配分も丁度良い。美味しいよ」
「ありがとうございます。喜んで頂けたなら良かったです」
そんな彼への気持ちに気が付いたのは、姫が19歳のときの事だった。
レムに近づくと不整脈が起こる。どうしてなんだろう。…仲の良いメイドであるアリーに相談したのだ。それは恋だよ姫。彼女はそう言って姫をからかってきた。
恋なんてしたこともなかったのに、至極不思議な感情だった。その日から始まった、姫の自室でのティータイム。今では日常的な出来事というか、新鮮味というものは欠けてしまったが、とにかく彼女にとっての楽しみになっていることは確かだった。
この気持ちをどうするべきか。世間で言う成人を迎えた"女性"となった姫は、未だにそのことに悩んでいるのだ。
「あ…もうこんな時間っ。姫様、僕は御夕食の準備がございますので、ここで失礼させてください」
その言葉に頭上の時計を見る。17:30を指していた。
いつもレムの作る夕食は豪華で味もとても良く、味見役であるアリーの評判も同様に良い。それだけの質の良い料理を提供するのなら、時間をかけて準備をするのは当然であると言える。
「あ、ごめん… コーヒー、ありがとうございました。美味しかった」
「こちらこそ、毎日毎日、申し訳ございません。…では、失礼致します」
華麗に一礼し、大きな木製の扉から部屋を出る。そんなレムの姿を見送って、すっかり綺麗にされたテーブルに突っ伏した。
(何してるんだろう、私は)
そのまま近くに置いてあった日記帳と万年筆を取り寄せ、真新しいページを開く。万年筆のキャップを外しテーブルに置くと、今日の出来事を記憶から手繰り寄せた----------
♡
レムのご主人様は麗しい女性だ。
ミカ=L・シオンさま。この国の国王様の娘-----お姫様である。
赤い艶やかな髪、黒く深い色をした瞳、整ったお顔立ち、丁寧さ、優しさ。何もかもが完璧で、何もかもがレムの理想そのものだった。
彼女には15歳のときから仕えている。彼女がまだ"女性"でないころから、レムは彼女のことを"女性"として見つめてきたのだ。
父がおらず、母は遠くの工場まで出稼ぎに出ているシングルマザー。そんな家庭の環境も絡んでか、彼には恋愛をする時間すらなかったのが15歳当時だ。母を支えることで精一杯で。それ以上を望んだことはあれど、きっと叶わないさ、なんて何処か自虐的な所があった。
そんなときに母の知人の紹介で出会ったのが、王妃のマリア様。
マリア様は娘につける世話役を探しており、その条件として上がっていたのが、風貌や身なりがきちんとしていること、料理や家事が複数人分出来ること、言葉遣いを正しくこなせること、姫の学業の手助けを出来ること、だった。風貌はさておいて、身なりはきちんとしているつもりだった。アイロンは母の分とともに常に丁寧に仕上げ、見る人を不快にさせぬように心掛けてきた。料理や家事全般は手伝いで慣れていたし、言葉遣いも元から悪くはない。学業も一生懸命に取り組み、成績は充分にとって卒業が出来そうであった。
無論、雇ってもらえることになった。
王家の暮らしはやはり凄かった。見たこともない豪華なアンティーク家具がそこらにずらりと並び、見るからに高級そうなランプやら時計やらがそこら中に掛けられている。キッチンも綺麗で使いやすく、食材も自由に買って調理をすることができた。世界は広がったのだ。
『ミカ=L・シオンです。よろしくお願いします』
『F・シヴァエリス=レシームと申します。よろしくお願いいたします』
その日初めて挨拶を交わした王家の姫君は、幼いながらも品格のある、上品で麗しい方であった。
彼女の通う学校には毎日お迎えに行き、運動会のときはすぐ助けられるようにずっと側で見守っていた。運動会は国王陛下もいらしていて、彼女は至極嬉しそうに笑っていた。
好きになっていた。
許されるはずがないのは重々承知している。ただの平民である自分が、はるかに位の高い王家の姫君にそんな感情を抱くなど、ましてあり得ない、あってはならない事なのに。
理論上の理解が出来ていても割りきれないもの…それが恋だと、レムはそのとき、初めて知ったのだった。
「…姫様、いらっしゃいますか」
夕食の準備を終え、食間のテーブルにディナーを並べ終えた。普段なら匂いで自分からいらっしゃるはずの姫がいらっしゃらない。ならばご自分のお部屋にいらっしゃるはず。そう思い至ってここに立っている。が。
「姫様?お食事の準備が整ってございます。お待たせして申し訳ございません」
何度声をかけても、一度として返事が返ってこないのだ。
ドアの鍵は掛かっていない。
「失礼致します…。姫様ーっ、姫さ…」
思いきって部屋に入り、彼女がいつも身を置く執務室を通り抜けた先、自室のリビングルームの、テーブルの上。
(…寝てらっしゃる?)
日記帳のようなものと万年筆を広げ、そのまま寝てしまわれたのだろう姫様の姿があった。なんだかとても心地よさそうに眠っている。声が掛けにくいな、と思いつつ、近付いて-----日記帳を、覗き込んだ。
【11月29日
今日もレムとティータイムを楽しみました。
思えば、これも何年続けているのでしょう。まだ私は、彼に想いを伝えること が出来ていません。
彼ともっと一緒にいたいのに、彼にもっと触れたいし触れてほしいのに、私は お慕いしていると告げることが出来ていません。このままでは彼は他の女性に 惹かれてしま】
日記は途中で止まっていた。やはり途中で寝てしまわれたのだろう。いや、そんなことより。
勝手に見てしまった罪悪感に苛まれるより早く、心臓がバクバクと早鐘を打ってやまない。頭の理解が追い付かない。
(お慕いしていると…姫様が、レム…この僕に、?)
嬉しいのか戸惑っているのか。自分で自分の気持ちが分からなくなってしまうまでに考え込んだレムは、ふと、夕食の用意が整って呼びに来たのだったと思い出す。
「姫様、姫様」
「ん、んぅ…?」
ゆっくりと目蓋を開け、体を起こす。お早うございます、と挨拶を告げれば、寝てしまったんだ、と苦笑いを浮かべる。
ああ、お美しい女性だ。
「夕食のご準備が整いましたので、お呼びさせて頂きました。立ち上がれますか?補助を致しますか?」
飽くまで紳士に、動揺を隠しきるように、いつものように繕う。自分に暗示をかけるようにして、姫様がお立ちになるのを側で見守る。ふと、途中で彼女の視線が一点で停止し、みるみるうちにそのお顔から血色が消えていった。
日記帳だ。
「レム、見たの!?」
「えと…その」
咄嗟に注がれる熱視線と気迫に圧倒されつつも、はい、とか細い声で返事をすれば、彼女はギャアアアアアと叫びをあげた。
♡
日記帳にはレムへの明確な恋心が表記してあったはずだ。まずい。非常にまずかった。何せ立場が違いすぎる。自惚れだとか上の人間だとかそういうのが言いたいわけではないが、シオンは王家の姫、レムはその世話役、つまるところただの平民でしかないのだから。そうして今まで、自分の心の中に封印をしていたというのに。
まさか日記を読まれた上に、自分からは内容に一切触れようとしてこなかったじゃないか。これは確実に姫の片想いだったのだ。そうなんだ。
恥ずかしくて顔を伏せる。涙が出そうだった。
どんなときだって支えてくれる大切な人を、自分の身勝手な気持ちで失ってしまった。そのことが怖くて悲しくて、憎くて、切なくて。
「あの、姫様…その、」
ああ、ほら今だって。彼は困った顔をしている。それはそうだ。だってここで姫をフれば、彼は職を失ってしまうかもしれないのだから。
そんなことはしないと誓えるのに。
「すみません、私、その」
「姫様」
「っ」
突然近くで低く囁かれ、肩が跳ねてしまった。
もう終わる間際くらい、好きにさせてほしいのに、まだこんなに好きでドキドキしている。
「それは本当のことでしょうか」
「…ごめんなさい」
「姫様、」
「ごめんなさい、」
ただ謝るしかなかった。これ以上彼を困らせるわけにいかないから。いつものように食間で夕食を食べてシャワーを浴びて寝るだけだ。そうすればいつもみたいに戻れる。いつものレムに戻ってくれる。
「ん、っ」
ふと何かが顔に迫ってきたように感じて顔を上げると、唇になにか柔らかいものが当てられた。思わず甘い声を漏らしてしまって、恥ずかしいことこの上ないように感じる。
「レ、ム…?」
「好きです、お慕いしております、姫様…」
「んぅ、ぁ…っ」
言葉の意味を理解するより早く、人生で二回目の口付けが交わされた。ファーストキスより深く、甘い。脳からじわりじわりと溶かされるようなキスに、次第に力は抜けていった。
「信じて、くださいますか」
「は、っ…レム、まって、んっ…」
「…。愛しています、姫様…」
またしても耳元で囁かれたそれに、今度こそ真っ赤に染まった。片想いじゃない。そう思うだけで涙が出た。嬉しかった。大切な人が、自分のことを好きだといってくれて。キスを、してくれて。
「わたしも、好き…レム」
「んむ…っ、ひめさま、っぅ…」
「んぅぁ、ん、」
唇を放され、泣かないでなんて甘く言われて。こんな幸せは、今までの姫じゃ体験できなかった。そう思う。
「ああ、真っ赤になってしまわれて。…お食事、お持ちしますね」
気遣ってくれてか、今日の夕食は部屋で楽しませてくれるようだ。じゃあ、彼が戻ってきたら、今度こそ甘く告げて差し上げましょう。
月が綺麗ですね。
そんな言葉しか、見つからないのですけれど。