喪意駆風
堀下 美幸:彼女。肩より少し下くらいの黒ロング。高校1年
田坂 和希:俺。寒がり。高校2年。
椎月 楓:美幸の幼なじみ。メガネツインテ弱茶。俺と同学年
今年初めての雪が降った。
降ったとしてもすぐに溶けてしまい
ほんの数ミリ程度しか積もらない
そんな毎年おなじみの雪。
そんな雪を横目に
寒いし、コタツで録りだめたアニメを見ようと思っていた俺のもとに
彼女から電話があった。
「はぁ、寒い・・」
電話があってから数十分後。
俺は彼女の家の近くの公園にいた。
急いで用意したとはいえ、それなりに防寒対策はしたのだが
やっぱり寒いものは寒いもので
俺はコートのポケットに両手を突っ込んだまま縮こまって立っていた。
そんな俺の視線の先、呼び出した張本人が舞っている雪にはしゃいで走り回っている。
年にそんなに降ることは無いから珍しいといえば珍しい、しかし毎年今頃には1回は降るのだからそこまで喜ぶことでもないと思うのだが。
それでも、それを彼女はまるで子どものように喜んでいた。
そんな彼女の動きと一緒に、着ているコートの通すモノのない右袖がヒラヒラと揺れ、長く伸ばした前髪から眼帯がチラチラと見える。
俺が彼女と出会う前に巻き込まれた事故によるものらしいそれらを
出会った当初は人の目に触れることを嫌がってのに、
今では気にすることなく、こうやって楽しそうにできるようになったのはよかった。などとそんなことを考えてると
彼女がまるで思い出したかのように俺の方に走ってきた。
「雪だよ、雪。
今年もやっと降ったのに
そんなところでじっとしてないでこっちにきて雪で遊ぼうよ」
走り回っていた分、少し呼吸が速くなった彼女の口元から
白くなった息が点々と見える。
「俺は寒いの苦手なの知ってるだろ?
だからここで体温逃がさないようにじっとしてるの」
「体動かした方が体暖かくなると思うのだけど」
彼女は首をかしげた後、じっと俺を見つめてきた。
「ぐぬぬ・・・」
俺は唸りつつ、じっと見つめてくる右目に耐えてみた。
「頑固だなぁ」
彼女は俺がテコでも動く気がないのを悟ったようで
俺から目線を外し
「あぁ、冷たいなぁ」
彼女は左手を胸の高さまで上げ、手のひらに雪が積もりながら少しずつ溶けていくのを見つめ始めた。
「おい、そんなことしてたらしもやけになるぞ。
手袋はどうした?」
俺が問うと彼女はコートをポンっと叩き
「ポケットの中にあるよ」
と笑った。
「なら、早くつけとけ」
「だめ、もうちょっとだけ」
俺の言葉に、彼女はまた左手を胸の高さまで上げ、手のひらに雪が積もりながら少しずつ溶けていくのを見つめ始めた。
しょうがないので
「あと少しだけだからな」
と、言って彼女の手のひらを俺も見つめることにした。
彼女の手のひらは所々、事故の時についた切り傷が治った跡があり
その上に雪が触れた瞬間、すぐに雪は水に変わり
彼女の白い手の上に水たまりを作りはじめていた。
「やっぱり冷たい」
「だから、手袋を・・」
俺は彼女の白くなってきた手に自分の手を差し伸べようすると
彼女が急に俺の方に視線を向けた。
「私ね、事故の後の病院のベットの上で居た時。
右肩と左目の手術跡だけじゃなくて、全身についた
小さな裂傷がずっと痛かったの」
溜まってきた水が少しずつこぼれはじめた。
「それで、こんなに痛むのなら感覚なんてなくなってしまえばいいのに
って思ってたの。
これ以上、私にあの事故の傷跡を感じたくなかったし」
彼女はまた手のひらに視線を向けた。
「けどね、今はあの時に感覚がなくならなくてよかったと思ってるの。
こうやって冷たいと思う時も、コタツに手を入れて時も
楽しいと思えたり、幸せと思えるから」
彼女は手のひらをゆっくりと傾け、手に溜まった水を落とした。
そして、俺の方に視線を向け
「ねぇ」
「どうした?」
「握手しよっ」
左手を俺の方に差し出した。
「分かったよ」
俺は両方の手袋を外し、右手で彼女の右袖を掴み
左手で彼女の左手を握った。
「ほれ、握手したぞ」
「ありがとう。
嬉しいな」
彼女が目を細めて笑みを浮かべる。
左手から感じる彼女の手は思った通りかなり冷たくなっていて
俺の手の温度を少しずつ奪っていく。
「かなり冷たくなってるじゃねぇか。
本当にしもやけになる前に手袋をつけろ」
すると彼女は今度は素直に
「うん分かった」
と、コートから茶色い手袋を取り出し
器用に片手だけでつけた。
「うん、ちょっとだけ暖かくなった」
そう言って彼女が笑顔を浮かべたので
俺もちょっとだけ笑って
「着けたばかりだからな。
まあ、すぐに暖かくなるだろ」
と、返してみた。
「そうだね。
むむむ・・。
早くポッカポカにならないかなぁ」
自分から冷やした割に
今度は手袋の上から息をかけて温めようとしている。
端から見たら変なやつっぽいけど。
それでもこれが彼女なりの雪の楽しみ方なのだろう。
俺には到底マネはできない。
マネする以前に、そもそも彼女の考えが全く分からない。
俺はいつも、彼女に呼ばれたから彼女の隣にいて
いつも何をするわけでもなく、ただ彼女が笑ってるのを見てる。
別にそれが嫌いな訳ではない。
むしろ彼女が楽しそうにしてるのを見るのは好きだ。
しかし、だからといってこの状態はよくないと思うし。
彼女の考えがしっかりと分かって、ちゃんと彼女の行動に付き合えるのが
正しい彼氏の姿だと思う。
だからこそこういう時に、彼女の付き合ってる人間が本当に俺でいいのか。
そう思ってしまう。
そんな事を思ってたら、つい。
「なぁ。
俺と居て楽しいか?」
と、聞いてしまった。
その言葉を聞いた彼女はちょっと間をあけて、なぜか苦笑した後
「どうして、そう思うの?」
とゆっくりとした口調で聞いてきた。
もうこれはごまかせないと観念して。
「今日も俺はただ突っ立って
たまに話しかけられたら返すだけ。
彼氏らしいことなんて何もしてない。
だから」
その続きを言おうとしたら、彼女が俺の口に1本だけ立てた人差し指をあてて
「だから、一緒に居てもいいのか。
本当に自分が付き合っていていいのか。
って、思ったんでしょう」
と、俺の言いたかった言葉を口にした。
そして、また苦笑をして
「何で私が言うのって顔をしてるね」
その通りだ。
何で彼女は俺の言葉を止めて、言ったのか。
それが何を意味してるのか、俺には分からなかった。
だから、俺が彼女の言葉を待っていると
彼女は一度俯き
「それはね」
また、顔を上げ俺の方を見た
「私も同じだもの。
いつも、私一人が楽しそうにしてて。
カズ君は優しいからちゃんと付き合ってくれるけど、
絶対にこんな色々と欠けている私以外の人と一緒に居る方が
楽しいだろうし、幸せになれるはずなのに。
私に縛り付けてていいのだろうか」
彼女の目線は少し揺らいでいる。
「カズ君は優しいから、こんなことを直接言っても
“絶対にそんなことはないよ”
って、言ってくれるって分かってるけど。
分かってるからこそカズくんの本心が見えなくて
不安になって。
また、本当に私が一緒に居てもいいのかな。って不安に思うの」
俺も思っていた。
彼女はきっと、そんなことはない。と答えてくれるのだろうと。
けど、それが本当に彼女の本心なのだろうか?
ただ、彼女が俺を傷つけないようにとして言っただけの言葉ではないのだろうか
、と。
お互いがお互いを好きだからと言い。
お互いがお互いを信じ切れていない。
こんな状態の二人が一緒にいても、最後は二人とも辛い目をみて終わるんじゃないか。
なら・・・。
そんな事を考えてると彼女が
「ねぇ」
と、俺の目をまっすぐと見つめて
「私と初めて会った時に何て言ってくれたか覚えてる?」
と、聞いてきた。
「そりゃ覚えてるよ。
いろいろ忘れることができない日だったし」
そう言いつつ俺は彼女と出会った日のことを思い出した。
あれは、7月のもう少しで夏休みになろうかというある日の放課後。
俺と同じ2年の椎月 楓が
彼女を俺たちの部活に連れてきたのが出会いのきっかけだった。
やってきた時期もおかしかった上に
彼女の外見からして、やってきた時の注目度はかなりのモノだった。
一斉に質問を投げかけようとする他の部員を制して椎月が彼女の紹介を行ったのだが、その半歩後ろに居た彼女は完全に縮こまっていて
その表情からは色んな気持ちがごちゃ混ぜになっているのが見えた。
その後、部員の何人かが彼女に質問を投げかけ、
彼女がそれに答えるという時間に突入した。
みんな腕や目などの話は避け、趣味や好きな音楽
俺たちの部活に関することなどを質問していたのだが
ふいに椎月が
『田坂君も黙ってないで何か言ったら?』
などとふってきたせいで
特に何も聞くつもりのなかった俺は焦って、とっさに
「隻腕に眼帯とかかっこいいな。
って言ってくれたの」
そう、そう言ってしまったのだ。
「仕方ないだろ。
素直にそう思って口走ってしまったんだから」
全員が避けていた彼女の欠けてしまった部分の話題。
ただでさえ、そんなものに触れただけでも
周りからは空気読めよ的な視線を向けられたのだが
その上
「あの後泣きだしたから
椎月に耳をつままれ、屋上まで連れてかれて
往復ビンタくらった後に、正座で説教を1時間くらったんだぞ」
何であいつあんなにビンタが上手いのだろうか。
そんなに力を入れてないような感じなのに
一撃一撃がとても重かった。
「ごめんね。
でも、あの時はとても嬉しかったんだもん」
彼女は苦笑しながらも嬉しそうに答えた。
「なんであんなこと言われて嬉しいんだ?」
あんな中二病バリバリな発言のどこに喜ぶ所があるというのか。
「だって。
私のこの姿を見てみんな、腫れ物に触るような感じに接してくれるし。
しいちゃんですら、腕や目についてはあまり触れないようにしてるし。
こんな事があった分きっととてつもなくいいことがあるよ。って。
この姿ことをあまりいいものと扱ってくれなかった」
彼女は一瞬俯き、すぐに顔をおげて
「だから、あの時。
初めて褒めてもらったことがとても嬉しくて。
こんな姿でも、それがいいって言ってくれる人が居てくれたんだ。
って思ったら。
勝手に涙が出てきちゃったの」
すごく嬉しそうに笑った。
「あの日から
私の中での一番はカズ君なの。
これからどれだけカズ君よりかっこよかったり
頭よかったり、優しい人に出会ったとしても。
この傷の事をもっといい言葉で言ってくれる人に出会ったとしても。
私のこの傷を初めて褒めてくれた、私に希望をくれたのは
他の誰でもないカズ君だから。
カズ君しかいないから」
少し早口になりながらもそう言い切った彼女は
濡れた冷たい手袋で俺の右頬に触れた。
そして、さっきの勢いを収めるように一拍空け。
「だからね」
今度はゆっくりと大事そうに口を開いた。
「私は信じる事にしたんだ。
私自身がカズ君を好きだという心を」
触れられてる頬が冷たく冷やされてるはずなのに
どんどん熱くなっていく。
「そこはどんな事があっても変わらないから。
カズ君にもっともっと好きになってもらえるよう頑張れるって」
そう言うと彼女は恥ずかしそうに笑った。
釣られて俺も笑ってしまった。
「そうか」
なら、俺も彼女を好きで居続けて
もっと、彼女に好きになってもらおう。
そしたらきっとこの不安に対する答えも出てくるのだろう。
「何をしてくれるのか楽しみにしてるよ」
「うん!」
俺は頬にあてられた彼女の左手を握って
「じゃあ、そろそろここから離れよう。
今日は親父もかーさんも家には居ないから
俺ん家に寄って暖かいモノでも飲んでいくか?」
「そうしようかな。」
雪が降っている。
降り積もっていく雪は
公園から離れた俺と彼女の足跡を少しずつ消していって
誰が居たかも分からなくしてしまうのだろう。
けど、俺と彼女の中には今日の出来事は消える事なく残り続けるだろう。