第7話--スカーレッドローズ-
かつてそこは情熱の平原と呼ばれていた程、凛と咲き誇る眠り薔薇が一面に広がる綺麗な平原だった。
眠り薔薇たちは子孫を残し枯れ、新たな眠り薔薇が誕生する。そして眠り薔薇達が咲く情熱の平原は戦争という人間達の争いにより焼き払われていったのだ。
焼け野原と化した平原は無残にも焼き尽くされた眠り薔薇の残骸が残される。
そんな悲惨な光景が広がる中、一輪だけ焼けずに奇跡的に残った。
私には記憶という物が残っていない。自分の名前も家族の名前も変える場所さえも。
* * * * *
私達は長く迷路の様な通路をひたすら走り監獄エリアE-3から中枢エリアE-4までたどり着いた。
「まだ中央システム制御室につかないの?」
「ようやくエリアE-4に入ったばっかりだからまだしばらくかかる」
そうノートンは息を切らせながらこの研究所について説明をしてくれた。
この研究所はどうやら九つのブロックに別れ、更にそのブロックをAからIまでのエリアに区切ったもので、私達は現在5ブロックのエリアE-4にいるということになる。
子供達が走り疲れている様子をみると複雑な心境だけど、生きるか死ぬかの瀬戸際だからしょうがない。
エリアが変わってからも長い通路をずっと真っ直ぐ進んでいるが、一定間隔で大きな部屋の中を通っている。
──私達が収容されていた大部屋よりは若干小さいけど、至る所に大きな傷がある。何に使われてたんだろう?
私が大部屋を走り過ぎようとした時、ふとノートンの横顔が見えた時表情が曇っているように見えた。
「ノートンどうかしたの?」
「いや……何でもない」
そして大部屋を抜けると通路になり次の大部屋を抜けるとまた通路にでてを繰り返している。
暫く同じ景色の連続に飽きつつも部屋を観察していたが、どの大部屋にも同じような傷跡があり、それがどの様にして出来た傷なのか何となくは検討がついた。
「ノートンもしかして、今まで通ってきた大部屋の傷跡ってキメラ達がつけたものなの?」
そう言うとノートンは芳しくない表情を浮かべ
「ガディナが遭遇したキメラ達はモンスターの掛け合わせだけど、実はモンスターの掛け合わせだけがキメラじゃないんだ」
「それってどういう事?」
「かつて人間も兵器としてキメラにされていた事があったんだ。それも子供から老若男女問わずに」
その恐ろしい言葉に全身が凍りつく様な戦慄が走った。
「これは憶測だけど、僕らのいたエリアだけではなくて、恐らくはこの研究所全体でキメラが暴走していると思うんだ」
「何でそう思うの?」
「その答えはもうすぐわかるさ」
長い通を道のりを経てようやく中枢システム制御室の前室までたどり着くことができた。
目の前にはスライド式のドアがあり、どうやら中に入るにはロック解除する必要があるらしい。
ドアの向かって左側にカードリーダーのような端末がついており、そこにカードをかざす仕様になっている。
リアベルがカードキーを懐から出すと、空色のカードキーをカードリーダーにかざす。
しかしカードリーダーのパネルが赤く点滅しドアはうんともすんとも動かない。
「やはり一般の軍人カードではだめか……」
リアベルは私をみて思いついたように手をぽんと叩いた。
──一体何を考えついたんだろう。私を見て思いついたってことはまさか……
「ちょっとあのドア壊せないか? 壁壊すくくらい馬鹿力あんならできんでしょ」
「いやだよ! 私そんな馬鹿力じゃないし!」
リアベルの無神経な発言に憤慨しながらも、ドアから大きく距離をとり、助走をつけると再びドアめがけて走って懇親の右ストレートを放つ。
凄まじい鈍い金属音が部屋中に反響し、目が回るような音に思わず両手で耳を塞いだ。
「私程度のパンチじゃやっぱり無理だよ」
眉を顰めながらそう言うと、子供達は空いた口が塞がらなくなっている様子だ。
「通路の壁をぶち抜くほどの力があるから行けると思ったんだがな……」
「この扉は物理的にも魔術的にも破壊不可能だよ。それにカードリーダーもダミーなんだよ」
ノートンがそう言いながらドア左側にあるカードリーダー下部のパネルを撫でながら何かを確認していた。
「何やってるの?」
「まあ見てなよ。変わってなければここらへんにある筈だ」
ノートンはパネルにあるかすかな窪みを見つけると親指で強く押す。
するとそのパネルは壁奥へと隠れそこへ掌の型取りを模した指紋認証装置が現れた。
「ぉぉお!」
思わず文明の利器に関心しながらも、ノートンが指紋認証装置に手をかざす所をじっと見つめている。
認証はほんの数秒で終わり、カードリーダーのパネルが緑色に光ると、巨大な扉が右側にスライドされ開放された。
「ちょっと中に入る前に良いかな?」
「ここへ入るのも何十年ぶりか……先を急ぐぞ」
中枢システム制御室前室から中へと入ると少し湿った空気が漂い、そこにいるだけでもなんとなく肌がべたつくような感触がする。
一体どんな場所かと思えば少し広い部屋の中央に直径五メートルはありそうな円柱があるだけである。
しかも、上を見上げると天井は相当高く、まるで円柱に巻き付くかのような螺旋階段が、永遠と高い天井の先まで続いていた。
「なんか拍子抜けしちゃったよ。もっとなんかこう凄い所かと思ったのに……」
「確かに……俺もこんな殺風景な所だとは思ってもなかった」
期待はずれの光景に落胆していた私とリアベル見て、ノートンは吃驚する真実を明かす。
「実は中央システムとは機械ではなく、キメラなんだ」
「え?」
「はっ? そんな訳ないだろ、あいつ等がこの巨大な研究所の中枢システムなわけ……」
「正確に言えば人間と植物のキメラだよ」
人間と植物を掛け合わせたキメラなんて想像もつかない。
仮に高度な知性を持ったキメラがいたとして、話せば納得して焼却を取りやめてくれるのだろうか。
私はそうは思わない。
「ノートン……どうやって焼却をやめさせるの?」
「……倒すしか手はない」
「植物人間っていうくらいなんだから、きっと相当えげつない化物なんだろ?」
──しかし、この部屋に入った時に感じた肌のベタつきが気になってしょうがない。雨の日に湿度が高くなるのと同じよね……
円柱を遠目から見てみるとそこには無数の丸い穴が空いており、何かに見られているような感じがする。
もしかしたら私の勘違いかも知れないけど、これから何か良くない事が起こるかもしれないと、私の中の野性的勘が騒ぎ立てていた。
「どうしたのガディナ? 眉間にシワなんか寄せて」
「ノートン。何か嫌な予感がするの……」
大きな円柱がゆっくりと動き始め、巨大な歯車が一山分動いたような音が鳴ると、円柱の動きと連動するように奥側の壁を形成しているパネルが半階層分九十度回転する。
そして九十度回転したパネルの間から微風が流れ始め、私は咄嗟につかまることのできる物をさがした。
しかし殺風景なこの部屋にはそのようなものはなく、あるとすればゆっくりと動いている部屋の中央にある円柱の螺旋階段だけである。
──螺旋階段まで約50メートルくらい、風はたぶん二秒か三秒くらいで強風になる……さすがの私でも間に合わない。
「子供達はみんな部屋の外にでて!」
ガディナが叫んだとほぼ同時に、パネルから流れる風は強くなり、裸足の私は姿勢を低くし螺旋階段へと走り始めた。
一方部屋の外に出ようと走り出した子供達は強風に足をすくわれ転倒してしまっている。
「おいノートン、このままじゃ俺達も部屋の外にだされちまうぞ!」
「体が小さい分どうにもならないんだよ。兎に角ドアの前からよけるんだ!」
二人は強風に堪えつつドアの前から少しずつ離れ始めた。
するともう一段階風が強まり、子供達は転倒したまま転がる形で全員部屋の外に排出される。
なんとかドア前から離れた二人は、ドアの両側に備え付けられた取っ手を発見すると、すかさず掴み螺旋階段へと走り出したガディナの安否を確認した。
「ガディナ! 無茶だ」
ノートンは叫ぶがその声は立っている事が困難になる程の強風にかき消されてしまう。
ガディナはそれでも尚脚に力を込め、乱れる薄い桃色の髪を靡かせながら螺旋階段へと走り続ける。
──あと一メートル……風が強すぎてうまく呼吸ができない!
強風の中を全力で走り、体力を大幅に消耗している事と合わせ呼吸がまともに出来ない為、意識が宙に浮くような感じになったが、手をぎゅっと握り耐えた。
──あと一歩……手を伸ばせば掴める……
手を伸ばせば掴める所に階段の手摺がある。私は目の前にある手摺に手を伸ばし安堵の表情を浮かべた。
そして、手摺を握りしめると同時に風はもう一段階強まり数秒経つと、中枢システム制御室のドアが閉ざされる。
吹き荒れていた強風も一気に弱まり、パネルも一斉に九十度回転し元の壁へと戻った。
「危なかった……」
ガディナがその場にへたり込みぐったりとしていると、リアベルとノートンが駆け寄くる。
「お前無茶苦茶すぎるぞ。普通あんな強風の中走ったりはしないだろ」
リアベルの言うことは確かに正論だ、しかし掴まる所が無い以上、何もしなければ部屋の外へ吹き出されるだけだし、何もやらないよりは足掻いて吹き出された方が私は納得できる。
「えへへ……やってみれば意外と出来ちゃったりするんだよ」
「全く無計画なその性格を自重してほしいくらいだ。それより子供達達はいいのか? 最も部屋から出てしまってるから置いていくしか他ならないけど」
冷たくそう言い放つとノートンは螺旋階段階段をサキニトボトボと登り始めて行った。
「お前らからしたら俺は敵側ってことになるけど、あいつ程俺は冷たくはない。今は共闘してる訳だし少しは同情するよ」
リアベルは慰めの言葉を私にかけ頭にぽんと手を乗せると、ノートンに続いて螺旋階段を登り出す。
そして私は一度閉ざされた入り口のドアを見つめ、子供達の無事を祈りリアベルの後に続く。
螺旋階段を登り始め中腹まで来た頃、険悪なムードに包まれた私達だったが、沈黙の壁をノートンが突如破った。
「中断された話の続きをしよう。そうだな、まずはリアベルお前の父親についてだ」
「──!!」
ノートンは前を向き階段を一歩一歩踏みしめながらリアベルの父親について語り始めた。