第5話-ノートン-
重く張りつめた空気が流れる中ノートンは顔を上げ、決意したのか閉ざした口を開く。
「僕は見た目がこんなんだけど元軍人だよ……」
「ちょっとまってノートンが軍人だなんておかしいでしょ!」
ガディナや他の子供達と然程変わらない外見をしているし、監獄に収容されていた事も腑に落ちない。しかし妙に落ち着いていて言動が子供とは違う。
「話すと長くなるよ。少なくとも君達の敵ではないし、元軍人だから今は軍には属してない」
鋭い牙で喉元を食いちぎろうとする獣の様にガディナは怒りをぶつけるが、ノートンは取り乱さず平静を保ったまま淡々と話を続ける。
「そんなこと急に言われても信用できるわけないよ!」
「そうだね。信頼しろとは言わないけど、手は貸してあげる。どっち道僕が居なければここで死ぬだけだよ」
──腹立たしいけど今はノートンの力を借りないとどうにもならない。
「さて、話の途中だけど次なる危機の到来だよ」
「はぁ?」
ノートンが先程倒した巨大昆虫キメラの方を指差すと、憤怒に一心していたガディナはみるみるうちに顔が青ざめ絶句した。
巨大昆虫キメラが小刻みに微動し、上半身と同じ若草色をした腹部が波打ち蠢きあっている。
「さっきの一撃で死んでないの……一体あれは何なの気持ち悪い」
「あらゆる生物を掛け合わせて作られた合成獣だよ。研究所の連中はキメラと呼んでるらしいけど。奴らの生命力は言葉の如く害虫並みだよ」
鋭利な歯の生えワームに酷似した体長三十センチ程の虫が、巨大昆虫キメラの腹を食い破り這い出てきた。
緑色の体液と共に外へと出てきたワームは、床にボタボタと無数に落ちると床を這ってこちらに向かってくる。
「一体どうすれば倒せるのよ……」
「手っ取り早く片付けるなら火属性の上級魔術を使うのが得策だけど、生憎僕は火属性魔術は専門外なんだ」
「お姉ちゃん私達も戦うよ! 逃げ道が無いなら戦うしかないよね」
マリを筆頭に子供達が全員が出入り口のドアから走ってガディナの側へ駆け寄ってきた。
「姉ちゃん達ばっかいいかっこさせねぇし」
ホセがキザっぽく言うがその顔はすこし照れくさそうである。そんなホセの背後からデリータはちょこんと顔を出し、拳を高く掲げているがかなり控え目だ。
十二人のうち四人は既に息絶え、残存勢力は私を含めて八人だ。
──幾ら不利な戦況だろうと、何もやらないで諦めくらいなら最後まで足掻いてやる。
マリは空気中から超酸を精製し小く透明な球体にすると液体をワームの軍勢へと投げ飛ばす。
「溶かしつくせ『アシッドクラッド』」
投げられた球体は空中で拡散し雨のように細かい水滴となりワームの軍勢に降り注ぐ。
水滴がワームに当たるとムチの様にうねりをあげ床を飛び跳ねている。
「マリ凄いよ! でも……ちょっとグロテスクだけどね」
超酸が付着したワームは白い煙を上げみるみるうちに付着した箇所から溶けていった。
その煙と共に香ばしい木の実が焼けた匂いが漂うが、意外にも不快な匂いではない。
「少範囲だけど食い止めてみるね」
マリはガディナに褒められ、嬉しそうに超酸をワームの軍勢に飛ばし続けているが、かわいい見た目と残酷な能力が相反して怖い。
しかし動かなくなったワームを押しぬけ、次から次へと新たなワームが湧き出てて来るのできりがない。
「全くみてらんねーよ。姉ちゃんあんまり使えないから俺がちょちょいとやっつけてやんよ」
ホセは直進させる能力を使い木片や小さな壁片を飛ばし応戦した。他の子供達も魔術や能力を使い食い止めようとするが、倒す数よりも湧く数が多いので焼け石に水状態だ。
「おいマーテル突っ立てないでお前も何とかしろよ!」
ホセは涙目になりながらマーテルに言うと、頭をかきながら困った表情をする。
「うーん……そんなこと言われても困るよ。大きな空間じゃ僕役に立たないし……」
ノートンは悠然とした態度で自営を見据えるとボソリと呟いた。
「子供程度の能力や魔術程度では埒が明かないな」
「ノートン初めにやった軍用魔術使ってぱぱっと倒せないの?」
「もう初級魔術分のマナくらいしか残ってないよ」
──でもこのままじゃ……
「グラァン!」
悲痛な叫び声があった方を向くと、青髪の少年グラァンを綺麗な橙色をした長髪の少女ルージェが泣き叫んでいる。
・名前︰ルージェ
・能力︰熱を奪う能力
・魔術︰火属性初級魔術
ルージェに抱えられたグラァンの胸はワームに食い破られポッカリと空洞が空いていた。
涙をこぼしながらずっとグラァンを抱きしめて悲嘆している。
「グラァン……私は……」
迫り来るワームの軍勢を前に戦意を無くし、死を待つ彼女のを見て私は足を踏み出そうとしていたその時だ。
出入り口の扉が解錠されると指を弾く軽快な音が聞こえ空中を一本の赤い閃光が走る。
「薙ぎ払え『カーマイン』」
──この声は……
そして閃光はワームの軍勢の上部まで走る終着点で眩しい光を放ち途端に、部屋を揺るがす振動を起き弾け飛んだワームの残骸が焼け焦げ辺りに散らばった。
「おい……お前らちゃんと生きてるか?」
出入り口から赤髪の看守リアベルが酷い格好で現れた。
激しい戦闘があったのかワインレッドの軍服は擦り切れ至る所から血が滲んでいる。
「一体何が起きてるの?」
ガディナがリアベルに話かけると鬱陶しそうな素振りを見せ、その場にいる子供たちへ向けて叫んだ。
「お前らに状況を説明しているだけの時間など無い、全員速やかに集まり俺の後についてこい」
無視されたことに私は腹立たしく思うがその指示に従う。同様に生き残った他の子供達もリアベルの周囲に集まると、部屋を脱出した。
巨大な扉をくぐり部屋の外へ出ると、白い通路は激しい戦闘があったのか全面が破壊され床に崩れた瓦礫や壊れた照明などが散乱し、壁は所々鉄骨が剥き出しになっている。
そして赤い照明が不気味に点灯し、焼け焦げたキメラの死骸が数体床に転がっていた。
「この施設内にはまだキメラがうようよしている。死にたく無ければ全員固まって動け」
──キメラの死骸が焦げている。たぶんこれはさっきリアベルが使った魔術か能力かもしれない。
リアベルを先頭に子供達は皆息を切らして走っている。私はノートンと並んでリアベルの後ろを走っているが、ふとノートンの方を見ると物凄く辛そうに走っている。
「ノートンは元軍人じゃなかったっけ? ちょっとバテるの早すぎじゃないの?」
皮肉を込めた言葉を彼に言ったがまるで気にも留めていないようで、むしろ言った私が腹立たしい。
「ガディナ、人を怒らせるにはもっと本人が心の奥に隠しているコンプレックスや自分自身の嫌な部分を的確に事を言わないとだめだよ」
息を荒くさせながらノートンが言うと、ガディナはノートンの頭のてっぺんからつま先まで見て頭を捻るが、これと言ってわかめ見たいな髪型以外は詰れそうな部分がない。
「わ……わかめ」
「話にならない。例えばそうだな……」
「うん?」
「ガディナって走っても胸がちっとも揺れないんだね。断崖絶壁でおじさんすごく残念だよ」
ノートンの言葉にガディナは耳を真っ赤に染め怒ろうとしたが、一瞬リアベルがこちらを振り返ったように見えた気がした。
「リアベル。今こっち見た?」
すると明らかに走っている息切れとは違う呼吸の乱れが感じられた。しかしリアベルは職業柄そんな事で動じては行けないプライドがあるのだ。
「いや……見たけどちゃんとついてきているか確認しただけだ。いいから黙ってついて来い。」
「だそうだガディナ黙って走れ」
ノートンにも同じ事を言われ正直頭に来たが、怒りを鎮めその後に続いたリアベルとノートンの話に耳を傾ける。
「それよりノートンって言ったか。元軍人ってあり得ないだろ。ガキが軍人な訳ないとおもうが」
リアベルもノートンが軍人と聞いてガディナと同じ意見を言う。
「全く笑えない話だよ。同じ軍に居ながらながら実験へ回され、その副作用で子供の姿になった挙句記憶まで失うなんてね」
「はっ? 笑えない冗談だな」
リアベルが振り返ると向き鼻で笑ったが、ノートンはそんな挑発には乗らず相変わらずの様子で話す。
前から不思議に思っていたノートンの離し方を見ると、リアベルよりもずっと年上な離し方であり子供の姿になったという事を裏付けている様にも見えた。
「クレスタ・ラングルはまだこの軍に居るんだろう? 順調に昇級していれば今は大佐だろうね」
「何でクレスタ大佐を知ってるんだよ? まさか元軍人ってエスカルト軍の事かよ」
思わずリアベルは足を止めると息を荒立たせこちらへと振り返る。
他の子供達やガディナもつられて立ち止まると、その場が嵐の来る前の空のように雲域が怪しくなってきた。
「そうとも、僕はエスカルト軍陸上第二部体に所属していた」
「そんな馬鹿なことあるか! 陸上第二部体は十一年前レーベン大国との第一次戦争で壊滅して生き残りはクレスタ大佐だけの筈だ!」
──そう言えば十一年前にエスカルト軍がレーベン大国の戦争が起きて、二つの大国の国境付近にいた私の村も食料不足になったな……
リアベルはノートンの胸ぐらを掴み持ち上げるが、それでもノートンは顔色一つ変えていない。
「その通りだ。第一次戦争が終わり僕のいた部隊は殆ど戦死したよ。生き残ったのは僕や数人の部下達、それにクレスタとラブレトリーだ」
明らかに動揺したリアベルの様子はおかしかった。
「ラブレトリー……まさかラブレトリー・フルールか?」
ノートンの胸ぐらを持ったまま通路の壁に押し付け、怒鳴るように言う。
壁に押し付けられたノートンは苦悶な表情を見せるが、抵抗する素振りを見せずただなされるがままである。
子供達を見ると怯えただ見ていることしか出来ないと言った状況だったが、流石にここのままだとノートンが殺され兼ねないのでガディナはリアベルの背後から膝を蹴った。
「やめなさい!」
「ぅおっ!」
背後から膝カックンをされ、膝が勢いよく曲がるとバランスを崩したリアベルは仰向けになる形でそのまま床へ転倒する。
「いってぇえな……この……」
床に倒れ頭を打って一瞬意識が飛び、頭部と背中の激痛が走ったリアベルは、同時に膝カックンをしたガディナへと矛先を変えた。しかし言葉の途中で、リアベルは発言を止め思考を停止させていた。
答えは簡単である。
真下から、つまりリアベルは床に寝そべったままガディナのワンピースの中を真下から覗く形になっているからだ。
この研究所に来た時には着替えさせられ下着が無い状態でワンピースを着用している、則ち今の状態からすると、下着を着けない状態で覗かれているのである。
「ぁっ……ぁはは……これは不可抗力だ……」
リアベルは顔を引きつらせ自分には非が無いことを言いはしたが当の本人には全く言葉が届いていない様子だ。
ガディナは半泣きになりながら体を怒りに震わせ唇を震わせると、建物を振動させそうなくらい大声で叫ぶ。
「いっ……ぃっいゃぁぁぁあああああ!!」
ガディナはまるで虫を踏みつける様にリアベルの顔面を踏みつけようと素足を振り下ろすが、間一髪で横に逸れて回避した。
しかし、ガディナが素足を上げた時にリアベルはギョッとする。
なんと石を研磨して作られた白い硬質のパネル床に、足型が残るくらいめり込んでいたからだ。
「まっマジかよ……こんなの食らったら即死するだろ! やっやめ……うぉ」
ガディナの踏みつけは連続で繰り出され無我夢中でリアベルが回避していると、リアベルの両足をノートンが引っぱり救出する。
「全く調子狂う連中だ。もう少し周りをよく見ろ」
そう呆れ顔をしたノートンはそう言っているが、正にその通りなのだ。
通路の進行方向よりだいぶ先に二体の狼らしき物が見える。
「通路の先に何か居るみたいね」
ガディナは通路の先を見据えてそう言うと、拳を握りしめ身構えた。