この世に二つとない美しい顔が二つあった件
後部甲板に向かった六連星は、其処に父親の姿を見付けて、強張らせていた頰を少し緩めた。
「お父様、大変です! 非常事態です!」
話し掛けられた尊治は、尚も続けようとする娘を、手で制した。
「待て、六連星。その取り乱しようは何だ。」
娘は父の叱責を受け、再び顔が引き締まった。
「我々は光極天、ひいては御三家の頂点に位置するものだ。それが動揺を見せるとは何事だ。あまつさえ、私の顔を見て、安堵するとは……。」
「も、申し訳ありません。」
獅子の様に厳しい父であった。その様子を見ていた昴は少し怯えた。
「おおお、お父様。わ、私もしっかりします……。」
震えながら言うので、説得力がない。尊治はそんな昴をジロリと睨み、昴の怯えは頂点に達した。
「良いんだよ。昴はまだ小さいんだから。そんなに頑張らなくても。んっー、可愛いなあ、昴は。」
尊治は昴をヒョイと抱き上げ、頬ずりをした。
「おおお、お父様。お髭が……。」
「くすぐったいか? んっー、ふふふ。もう、食べちゃいたいぞ。昴ぅ。」
「た、食べないで下さーい。」
なんだ、この馬鹿親父は。
六連星は見た事もない父の姿に、全身の力が抜けていくのを感じた。
「六連星! 何をボウっとしているのだ。現状の報告。そして対策の提言だ。グズグズするな。」
この違いは何?
理不尽過ぎる扱いの差に、六連星はやさぐれた。お姉ちゃんは辛いのだ。妹だけど。
その時、花火のそれとは、明らかに異なる爆発音が轟き渡った。
まさか、私に向かってミサイルを撃つなんて……。
オクはオフィエルの本気を感じて、戦慄していた。
思わず魔法障壁を張り巡らせてしまったけど、大丈夫だったかな?
弾き飛ばされた強化スーツは、落下してしまっていた。
「オークー!!」
叫び声に後ろを振り向くと、リリスが黄金のレイピアを構えて、突進して来ていた。あっという間に間合いを詰められ、レイピアの先端は狙い違わず、オクの額を貫く寸前だった。
「ざんねんね、りりすちゃん。」
あとちょっというところで、リリスの身体は強張って動かなくなった。
「のろいの かかった みずぎ なんて、いつまでも きている からよ。」
笑いながらいうと、リリスのお腹に右の掌を当てた。その次の瞬間には、リリスは我が身に凄まじい衝撃を受けて吹っ飛び、入口付近の壁に叩き付けられた。
「まだ、あそび たりなかった?」
口元に残忍な笑いを浮かべて、迫って来るオク。オクに与えられたマイクロビキニに力を封じられ、立つ事も出来ないリリス。
「でも、いまの こうげきは よかったわ。ひさしぶりに せなかが ぞくぞく しちゃった。」
「あ、遊びじゃ……ないわよ……。」
そう言うと、躊躇なくリリスは蹴り飛ばされた。
「たいくつ なの。たのしませて、もっと たのしませてよ。りりすちゃん。」
オクはしゃがみ込み、リリスの髪を掴んで持ち上げた。
「むりか。よわっちい りりすちゃんじゃ、これいじょう わたしは たのしませ られないわね。」
小馬鹿にする言い方で嘲笑った。口惜しがるリリスの表情を、堪能するつもりだったのだ。だが、リリスは口元に不敵な笑みを浮かべていた。
「……。きにいらないわ。なに? その なまいきな かおは。」
「一矢報いてやったからよ、オクちゃん。」
彼女が言った途端、オクの仮面が真っ二つに割れて、地面に落ちた。
「どんな醜い正体を隠しているのかしら? とっくと見てやるわ!」
リリスの見上げた先には、醜いどころか、この世に二つとない美しい顔が、驚愕に目を見開いていた。
いや、二つとないというのは、正確ではなかった。リリスは同じ顔の人物を知っていた。なんだか見覚えのある様な、それどころか、いつも身近で見ている様な……。
「なあに? わたしの あまりの うつくしさに みほれて いるの?」
「…………。」
「それとも……、しっている だれかに そっくりだった?」
幼女らしい幼さこそあったが、その顔は正しく……。
「す、昴ちゃん……?」
オクはスックと立ち上がった。月明かりを背に受けて、リリスを見下ろす昴と同じ顔には、見た事もない冷たい表情が張り付いていた。
「みられた からには しかたないわ。あなたも せんのう しなくちゃね。」
「オ、オフィエルも……。」
「そうよ。おふぃえるちゃんは こいびとに したから、りりすちゃんは わたしの せいどれいに して あげる。」
オクが何処からか、ケーリュケーオンを取り出した。
やばい。このままでは性奴隷にされてしまう。
リリスの額を冷汗が伝った。
「せ、せめて、ふつうの奴隷じゃダメかしら?」
「だめよ。りりすちゃんには ちょうきょうずみ せいどれい、わたし せんよう にくにんぎょうの じんかくを うえつけるわ。」
ケーリュケーオンの蛇が、リリスに向かって牙を剥いた。絶体絶命大ピンチ!
「おくさま〜! まだ、その おんなと いちゃいちゃと〜!!」
その時、再度浮上して来た強化スーツから、オフィエルの叫び声が響いた。
そして、間髪入れず、レーザー砲が発射された。
「みぎゃあああ。しぬから、おふぃえるちゃん、しぬから。」
「おくさまが この ていどで しぬもんですか。せっかん ですわ。」
オクは魔法障壁を張りながら、チラッとリリスを振り向いた。
「たすかったわね、りりすちゃん。こんどは あたらしい あそびを かんがえて くるわ。」
今度があるのか?
リリスは怖気をふるった。
「じゃあ、また あいましょう。」
「二度と会わないわ。あっ、ちょっと……。」
オクは壊れた壁に突進し、強化スーツに体当たりをしてから、下に飛び降りた。オフィエルも、それを追って降下して行った。
「水着の呪いを、解いてから行きなさいよー。」
リリスは身動き出来ない状態で、其処に取り残されていた。
「みんなを せんないに いれゆの。けっかいで かためゆの。ぷりたちは てきを げいげきすゆの。」
「脱出出来ないのであれば、乗客を室内に入れ、結界で防御すれば良い。敵は私達プリ様パーティで迎え撃つ。プリ様は、そう申しております。」
プリ様の指示を昴が解説した。プリ様は満足気にウムと頷いていた。
「うーむ。的確な判断だ。さすがは昴の旦那さんだな。」
尊治の言葉に「いやだ。お父様ったら。」と、昴は照れた。
「お父様、認めるんですの? このガキと、お姉様……、昴ちゃんの仲を。」
「うるさい。お前は早く結界師を呼べ。何人かは残っているだろ。」
六連星は、渋々、携帯で操舵室に連絡をし、結界師に集合するよう放送をしてもらった。
「さて、皆さんをキャビンに誘導しないと……。」
「おかあたま、あれを みるの。」
船縁を伝って、幅一メートルくらいの、白い蟹型ロボットが、幾つも甲板に上がって来ていた。
「きゃあああ、あれは何?」
「何だ。何だ。何が起こっているんだ?」
先程からの爆発に加え、正体不明のロボットの襲来に、乗客達は完全にパニック状態になっていた。
「まずいの。これでは みんなを ゆうどう できないの。」
「何がマズイのだい? プリちゃん。」
いつの間にか、後ろに阿倍野首相が立っていた。
プリ様は取り急ぎ状況を説明し、その説明を、昴が説明した。
「わかった。皆を船室に入れれば良いのだな。」
首相は花火解説用に、屋外に置いてあったアンプのマイクを握った。
「私は内閣総理大臣、阿倍野伸次郎であーる! 皆さん、落ち着いて聞いて下さーい!!」
『しゅしょうさん、かっこいいの。』
プリ様は尊敬の眼差しを向けた。
だが、人々は首相の言葉も耳に入っていないようで、益々恐慌状態は酷くなっていた。
それでも、首相は諦めず、更に声を張り上げた。
「係員の誘導に従って、船内に避難して下さーい。ちゃんと言う事を聞いてくれた人には……。」
彼は、ここで少し溜めた。
「世界一美味しいチョコ菓子『黒い稲妻』を後で進呈しましょう。」
この台詞には、劇的な効果があった。皆は「黒い稲妻」欲しさに大人しく係員に従い、避難は円滑に行われ始めた。
『くろいいなづま すごいの。しゅしょうさん よりも すごいの。』
阿倍野伸次郎さんは、折角勝ち得たプリ様からの尊敬の念を、五秒でチョコ菓子「黒い稲妻」に、奪われていた。
オクと昴が同じ顔をしている?
一体、どういう事なんだ??
執筆している私も吃驚です。何故? どうして?
この展開、収拾は着くのだろうかと、不安でいっぱいです。
小さな胸が、小鳩の様に慄いています。
双子だった、とかどうでしょう?
ダメですか。そうですか。




