ぱんつを あたまに かぶった へんたい
「ああん。お止めになってぇ。お……お許しを。」
「ならぬ。こうじゃ!」
オクは最後の胸部装甲を外すと、満足気にリリスの豊かな胸に顔を埋めた。
「よかったわ、りりすちゃん。」
そう言われて、リリスはハッと気が付いた。
『嫌々やっていた筈なのに、いつの間にかノリノリで演技をしていたわ。』
リリスは自分の中に溢れる女優としての才能を恨んだ。
「りりすちゃんの からだ きれい。だいすきよ。」
オクは小ちゃい手で、ペタペタと無遠慮に、リリスの身体にタッチした。
「触らないで。」
「いやよ。りりすちゃんの はだを いっぱい さわるために、この ほとんど ひも だけの まいくろびきにを きせたんだから。」
所詮は三歳児なのか、オクの手は、お菓子の砂糖でも着いているみたいに、ベタベタしていた。
『うひぃぃぃ。シャワー浴びさせてぇぇぇ。』
自分の肌まで、ベタベタになる気がして、心中で悲鳴を上げるリリスであった。
昴に引き止められた尊治は、戸惑った目で、彼女を見た。
「お父……様……では、ありませんか?」
怖々と聞いて来る娘のいじらしさに、尊治の涙腺は決壊しそうになった。
「ああ。やっぱり、お父様だ。いくら記憶が曖昧だからとはいえ、気付かなくて、ごめんなさい。」
何を謝る必要があるのだ?
光極天家の当主でありながら、一族の者達を抑えきれず、お前を守ってやれなかったのに……。挙句、誘拐までされて……。
尊治は、遂に堪え切れず、涙を落とした。
「お、お父様。どうしたのです? 痛いのですか? 悲しいのですか?」
「私を……まだ父と呼んでくれるのか……。昴ぅ……。」
自分には、そんな資格は無い。
そう自らに言い聞かせて来たのに、彼は知らずに我が娘を搔き抱いていた。
昴は躊躇いがちに、その手を伸ばし、自分を抱き締めながら泣く父の頭を、そっと撫でて上げた。その懐かしい感触を、尊治は思い出していた。
そういう子だった。誰かが悲しんでいると、静かに近付いて癒しをもたらす。そういう優しい子だったのだ。
霊能力が無い? 身体能力が低い? それが何だと言うのだ。この子の優しさは、それだけで美徳ではないか。
いやむしろ、光極天の始祖が我々に約束してくれたのは、昴のもたらす心の平穏だったのではないか? だがしかし、力のみを求める光極天の者達は、それに気付けなかっただけなのでは……。
何と業の深い一族だ。
尊治は父として、家長として、涙を流し続けた。
『すばゆ、よかったの。』
プリ様は、お父様に抱かれる昴を、ニコニコと眺めていた。
昴が幸せそうだと、自分も嬉しくなる。
不思議だな、と思っていた。
不意に、プリ様も誰かに抱き上げられた。驚いて振り向くと、胡蝶蘭が微笑みかけていた。
「おかあたま! すばゆ、よかったの。」
「うん、良かったねえ。」
二人は抱き合う父娘を、目を細めて眺めていた。
小さな子供の相手は疲れる。それが変態なら尚更だ。
リリスは、グッタリとベッドに、仰向けになっていた。身体が汗ばんで、シーツまで湿っている。
「満足……した?」
オクもまた、リリスのお腹の上で、グッタリしていた。遊び疲れたみたいだ。
「満足したなら、もう解放して。あまり、私が姿を見せないと騒ぎになるわよ。貴女だって、御三家の手練れを一人で相手にしたくないでしょ。」
「ごさんけの てだれ?」
オクは余裕の表情でクスリと笑った。
「そんなの したいの やまが できあがる だけよ。」
いつも、ふざけているオクだが、この時だけは、冗談とは思えない凄みがあった。リリスは身体中の汗が、一気に冷たくなるのを感じた。
「それにね、その てだれとやらは もう せんないには いないわよ。」
「どういう事?」
「しゅっこう まえに、わたしが うそじょうほうで みなとに のこして きたから。」
「光極天四天王も、神王院八部衆も、美柱庵十本槍も乗船してない? 何故?」
警備室に警護状況を確認しに行った六連星は、警備責任者からの信じられない報告に、自分の耳を疑っていた。
「出航前に、大規模な異世界侵食の兆候があったとかで、皆さん、其方に向かわれました。」
嵌められた。これは恐らく、乱橋が交戦した敵の仕業に違いない。六連星は、お嬢様にあるまじき行ないである、舌打ちをした。
『アマリの姿も見えないし、どうなっちゃっているの?」
苛立ちながら六連星がデッキに行くと、酔っ払った客の一人が「かぎや〜。」と叫びながら、海にビンを投げ捨てた。
海を汚すな〜。と憤りに駆られて見ていたが、ビンは空中で何かに当たって跳ね返り、投げた男の頭に直撃した。
『何? 今のは?』
慌てて船縁に駆け寄って、海に向かって手を伸ばすと、見えない壁に押し戻された。
『結界が逆向きに張られている!』
何かが起こり始めていた。もう、一刻の猶予もならない。
六連星の表情が険しくなった。
そろそろ、オフィエルちゃんの攻撃が始まる頃か……。
残念だけどリリスちゃんで遊ぶのはここまでね、とオクは溜息を吐いた。
「これで終わりにするなら、首相さんの毛根を治す魔法も教えて。」
リリスから急かされて、悪戯っぽく笑った。
「そんなに わたしと きす したいの?」
「ふざけないで。嫌よ。嫌だけど仕方ないでしょ。」
「きずつくなあ。」
拗ねた様子で俯いた。
「まあ、いいわ。ちょっと まっててね。」
オクは間接照明だけで、薄暗くなっている床に目を凝らして、何かを探していたが、やがて、脱ぎ捨ててあったリリスの下着を手に取り、頭に被った。
「何してるの、貴女。気でも狂ったの。」
「つれない りりすちゃんに、くつじょくを あじわって もらおうと おもって。」
オクはニッコリと笑った。
「これから りりすちゃんは じぶんの ぱんつを あたまに かぶった へんたいに『きすを させて ください。』と こんがん するのよ。」
こいつ殺す。絶対、殺す。よくも、こんなに、他人の神経を逆撫でする事を思い付くものだわ。
リリスの肌は、怒りと羞恥に真っ赤に染まった。
「さあ、いって。『あなたの くちびるに きすを させてください。』って。」
「くっくっくっううううう。」
あまりの口惜しさと、バカバカしさに言葉が出なかったが、これ以上オクの相手もしていられない。
リリスは覚悟を決めた。
「あ、貴女の唇に、キスをさせて下さい。」
「んっ、どっしようかな?」
「是非。」
「はずかしいしなぁ……。」
「お願いします。」
「まあ、そこまで いうなら。」
オクは上を向いて目を閉じた。
リリスはその唇に、自らの唇を近付けたが、間近で見れば見る程、自分の下着を頭に被った幼女の間抜けな様に、情け無さが際立っていき、思わず落涙していた。
「また、なかしちゃった。」
口付けが終わると、オクは嬉しそうに笑い、その涙を舐めた。
今度は前よりも、長い時間が掛かった。何か、余計な情報まで流し込まれたみたいで、不気味だった。
「だいじょうぶよ。さーびすで いくつか ほかの まほうも いんすとーる して あげたの。」
余計な事をするな。と、リリスは口を開きかけて、そのまま固まった。
窓の外に、三メートルくらいの人型ロボットが、翼を羽ばたかせて、浮かんでいたのだ。
奇妙なサイキックウェーブを追っていたオフィエルは、上の方の船室に、その持主が居るのを突き止め、強化スーツ越しに、窓から室内の様子を窺っていたところだった。
「どういう ことですの? おくさま。」
外部スピーカーから発せられる可愛い声が、怒りに震えているのがわかった。
「わたくしの おてつだいは こうじつで、その おんなと いちゃいちゃするのが、しんの もくてき……。」
「ごかいよ! おふぃえるちゃん。」
「あたまに ぱんつを かぶって、きすまで しておきながら……。」
オフィエルは小型ミサイルのハッチをフルオープンにした。
「ごかいも くそも あるもんですかー!!」
リリスは素早くドレスを掴んで、部屋の外に飛び出した。
間一髪。その後ろで、ミサイル一斉発射の大爆発が起こっていた。