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盟主オク、恐怖の脅迫!

 昴は両手でプリ様を胸元に抱えて、甲板をトコトコ移動していた。体力が皆無の昴にしては、重労働をしているように見えるが、実はプリ様は自重を軽くしているのだ。

 これが、最近二人のお気に入りの抱っこの仕方だった。


「プリ様、昴の胸に抱えられて、ご機嫌ですか?」

「うん。でも、えよいーずに なっているときは もっとよかったの。おむねが やわらかで ふかふかだったの。」

「まあ、おませなプリ様です。」


 二人は後部甲板まで来て、そこで昴はプリ様を降ろした。此処は人が少なく、小さなプリ様でも花火が良く見える特等席だ。


「上がり始めましたよ、プリ様。」


 昴の指差す夜空の一角に、大輪の花が咲き開いた。


「うわああ、きれいなの。ねえ、すばゆ。」

「ええ。こうしていると、前世で一緒に流星群を見た時を思い出しますね。」

「そうそう。あれも きれいだったの。」

「流れる星空を見上げながら、プリ様(トール)(エロイーズ)の肩を抱き寄せて『愛しているよ。』って……。」


 キャーと顔を赤らめる昴。


「おかしいの。ぷり(とーる)の きおくには ないの。そんな しーん。」

「嘘嘘。言いましたよ。確かに言いました。」

「すばゆ……。それは たぶん ちがう ぜんせなの。それか すばゆの もうそうなの。」


 軽く妄想扱い。昴は恨めしげにプリ様を見た。


「あれ? プリ様ぁ。いつの間にニール君を……。」


 プリ様はニール君の入った籠を右手に持っていた。銀魚はプリ様お気に入りの金魚柄の浴衣に帯として巻いていたが、ニール君とグレイさんの籠は、家に置いて来た筈だ。


 プリ様は訝しげに、持っている籠とニール君を見ていたが、ハッと思い出した。

 ヤールングレイプルもミョルニルも神の道具。神の道具とはあらゆる世界に遍在し、持ち主が必要とする時には、自然とその掌中に収まっているものなのだ。


 前世で神トールから、三つの神器を賜った時、そう説明された。

 神とは、神の持ち物とは、そういうものだと。


「すばゆ……。てきしゅうが あるかも しれないの。」


 プリ様がポツリと言った。




 光極天尊治は、立っているだけで、周りの人間に威圧感を与える男だった。その彼も、政財界のお偉方との挨拶を終え、いささか疲れた様子で、プールサイドのデッキチェアに腰掛けていた。


「珍しいわね、尊治さん。貴方がこんな催しに来るなんて。」


 伯母の清江から話し掛けられて、少しうんざりした表情になった。


「疲れているんです、伯母様。一人にしていただけませんか?」


 一人にしてくれと言っているのに、清江は隣のデッキチェアに腰を降ろした。


「さっき、あの子を見かけましたよ。あの恥知らず。」

「昴の事ですか? 別にあの子が何かをした訳でもないでしょう。ただ、無能だっただけです。」


 何の感情も込められていない平坦な口調だった。


「『昴』の名まで与えたのに、身体能力も霊能力も一般人以下。どうして始祖様は、あの子の誕生を、わざわざ予言していたのか……。」


 予言というのは正確ではない。光極天二千年の歴史において、その行動、儀式、縁組まで、全てが「昴」を生み出す為のものだったのだ。


「ほとんど廃嫡処分の上、今では戸籍上、神王院家の娘だ。もう、私にも貴女にも、無関係の人間ですよ。」


 尊治は立ち上がった。


「待ちなさい。この間、六連星があの子を本家に引き戻そうとしていると聞きましたよ。」

「そんな事は、この私が許しません。安心して下さい、伯母様。」


 尊治は無表情に言い放ち、後も振り返らずに歩き出した。

 彼はそのまま、人が少なそうな所へ歩を進めた。後部甲板まで来ると、手摺りに寄りかかり、花火が上がっているのとは逆向きの、沖の方をぼんやり眺めた。


 光極天の大人、特に古い世代の人間は、昴に対する嫌悪感を隠そうとしなかった。

 彼女は「約束された子(マイトレーヤ)」。光極天の終着点であり、全てを与えてくれる筈の存在だったのだ。その誕生の為に、光極天の人間は、大なり小なり、何かを犠牲にして来た。


『期待が大きかっただけに、失望は憎しみへと変わったのか……。』


 尊治の顔に、一瞬だけ、微かな苦悶の表情が現れた。


「ほーら、プリ様。好き好きー。」

「もーう、すばゆは。あかちゃん あつかいは やめゆの。」


 尊治の立つ場所から、少し離れた所で声がした。彼は無意識に、引き寄せられるみたいに、そちらに向かった。


 そこには、十年前に、何者かに連れ去られた時のままの、我が娘が居た。もう、とっくに二十歳になっていなければいけない娘が、幼い姿のまま、無邪気に微笑んでいた。




 リリスは自分に押し寄せて来る群衆から、何とか逃れて、借りている個室まで戻って来ていた。ドアを閉め、しっかり鍵を掛けると、その場にヘタリ込んだ。もう、クタクタだった。


 肌の露出を避ける為、幅広のストールを巻いて、肩先や胸元を隠していたのだが、そんな小手先のやり方では、人々を御しきれなくなっていた。


 何が起こっているのだろう?


 いや、心当たりはあった。だが「賢者の石」が機能している限り、起こり得ない事なのだ。


「ずいぶん おこまりみたいね、りりすちゃん。」


 不意に、部屋の中から声がした。リリスはギクリとして立ち上がり、注意深く奥へと進んだ。


「そんなに こわがらないで。」


 ベッドの上にオクが腰掛けていた。


「オークー!!」


 彼女の顔を見たリリスは逆上した。クラウドフォートレス内での屈辱の夜を思い出したのだ。


「ゴールデンアロー!」


 リリスは全く躊躇わずに、黄金の矢を放てるだけ放った。至近距離で、二十本を超える矢が飛んでくれば、普通は死ぬしかない。だが、矢は空中で全て弾き飛ばされてしまった。


『念動力? それにしても何て力。』


 リリスは少し冷静になり、オクと距離を取った。


「ひどいわあ。あなたに あいたくて しのんで きたのに。」

「私は貴女を許さないと言った筈だわ。」


 ああ、堪らないわ。あの、私を見る憎しみに燃えた目。これから、そんな()を屈服させて、跪かせるんだわ。


 考えただけで感極まり、オクはゾクゾクと身体を震わせた。変態であった。


「めいれいよ、りりすちゃん。その どれすを ぬぎなさい。」

「戯けた事を。私は死んでも貴女と戦うわよ。」


 居丈高に出たオクに、益々反発するリリスだが、それは彼女を喜ばせるだけだった。


「あなたに ひとが あつまってくる げんいん。しりたくないの?」

「やっぱりね。貴女が賢者の石に、何か細工をしたんでしょ。」


 バレていたか。でも、それなら話が早い。


「なおして ほしかったら わたしの いうことを……。」


 オクの言葉は、飛んで来た黄金のランスを粉砕する為に、中断された。


「あの……、りりすちゃん? なおして ほしく ないの?」

「原因がわかったんだから、後は貴女を殺してから考えるわ。」


 目が本気だわ。

 オクの頰を冷汗が伝った。


「ゴールデンツリー!」


 しまった。と思った時は遅く、オクの身体は首だけを残して、黄金の樹木の中に取り込まれ、動けなくなっていた。


「後は首を刎ねれば終わりね。言い残す事はある? オクちゃん。」


 リリスは、ゴールデンソードを構えつつも、慈悲深くオクの口に耳を近付けた。


「しゅしょうさんの あたまの ことなんだけど。」


 首相さん? 頭? 何を言っているの、こいつ。

 リリスは一瞬たじろいだ。


「あいぴーえすさいぼうで もうこんが ふっかつして もう『づら』では ないの。」


 そこでオクはニコリと笑った。


「その さいせんたんの あいぴーえすさいぼうの けんきゅうせいかを さずけたのは だれでしょう?」


 言わんとしている事を察して、リリスの顔色が青ざめた。


「それは わたしです。」


 もう一つ罠を用意しておいて良かった〜。

 オクは内心ホッとしていた。


「さあ、わたしを じゆうにして。しゅしょうさんの あたまが はれつするなんて かわいそうでしょ?」


 リリスは唇を噛み締め、黄金の剣を手離した。





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