表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/303

くるまが そらを とんでないのは ちょっと がっかりかな。

 豪華客船フライングバードは東京湾を出て、相模湾沖を静かに航行していた。

 例年は横浜の大桟橋に係留したまま、花火大会開始と同時に出航しているが、今年は子供達へのサービスで、昼間にちょっとだけ航海に出たのだ。


 真夏の日差しの中、プールに揺蕩いながら空を見上げていると、自分が大海原の中に一人で浮かんでいる錯覚を、プリ様は覚えていた。


「プ、プ、プ、プリ様ぁ〜。溺れるぅ。助けてぇぇぇ。」


 …………。孤独な感傷に浸っていると、必ず昴の悲鳴に邪魔をされた。

 どうして、いつも足の立つ場所で溺れかけるのか?


「もう、すばゆは。およぎの れんしゅうを するの。」

「プリ様?」


 プリ様は短い御御足で立ち泳ぎをしながら、昴の手を取った。


「ぷりが ささえてて あげゆ。かおを おみずに つけゆの。」

「プリ様が御手ずから、私に教授を……。」


 はい、頑張ります!

 と勢い良く顔を水に着けて、即「お、溺れるぅ。プリ様ぁ〜。」と、しがみ付いて来た。先は長そうである。プリ様は溜息をお吐きになった。


 その時、鋭いエンジン音が響いた。


「F35じゃないか?」


 和臣が呟くと、リリスは嫌そうに顔を顰め、昴は若干怯えた表情になった。

 その不吉な推測は当たり、ヘリポートにF35が降りて行くのが見えた。


「愚民共、跪きなさい。」


 暫くすると、金色に輝く、派手なスパンコールのビキニを着た六連星が、お供の乱橋を従えて、プールサイドにやって来た。


 性格はともかく、スタイルだけなら、この場にいる中でもグンを抜いていた。胸は充分なボリュームを持って盛り上がり、対照的に引っ込むお腹は、腰の縊れを際立たせ、スラリと伸びた足は、適度に鍛えられていながらも、心地良い柔らかさを感じさせた。


 でも、なんか、やっーぱり色気が無いんだよなあ……。


 深窓のお嬢様の秘められた柔肌を拝ませて頂きながら、和臣は大変失礼な感想を抱いていた。

 それは、このクソ暑い中、タキシードを着て後ろに控えている乱橋も同様で『リリスちゃんの水着姿が良く見えないだろ。どけ、お嬢。』と、使用人にあるまじき心中語を吐いていた。


 女の子達は、ここまで完璧な肢体を見せられれば、張り合おうなどという気はなく、決して手の届かない高価なドレスを鑑賞する面持ちで、六連星を眺めていた。


 昴はそっ〜と水の中に沈んで隠れようとしていたが、いち早く見付けた六連星が飛び掛かって行った。


「おね……、昴ちゃ〜ん!」


 食い付かんばかりに、ガッチリと肩を掴まれた昴の顔が、恐怖に歪んだ。


「ほ、捕食ですか? 私、食べられちゃうんですか?」

「食べませんよ。」


 昴の反応に、驚いた六連星が返した。


「はなすの、むつらぼし。すばゆを たべちゃ だめなの。」

「うるさいわね、ガキ。食べるわけないでしょ。」


 それでも不安そうに自分を見て来る昴に、六連星は少し悲しげな顔を見せた。


「大丈夫よ。もう、連れ帰ろうとしたりしないから。」

「ほ、本当ですか?」

「うん。その代わり、今は大人しく抱き締められていてね。」


 そう言って、全身で愛撫を始めた。豊満な胸に顔が埋まり、昴は窒息寸前だ。


「すばゆを はなすの。しんじゃうの。」

「何よ、ガキ。焼きもち妬いてるの?」


 六連星は意地悪く、プリ様に背を向けて、昴を遠ざけた。


「はいはい。幼児と本気で喧嘩をしない。」


 リリスに頭を叩かれて、漸く昴を解放した。


「プリ様〜。うぇーん。」

「よちよち。こわかったねぇ、すばゆ。」


 プリ様に抱き付き、泣きじゃくる昴。


「何なの? まるで私が悪い人みたいじゃない。」

「昴ちゃんは片時もプリちゃんと離れたくないのよ。」


 リリスに言われて、プイッと六連星は顔を背けた。


「わかっているわ。お姉様にとっては、私も怖い光極天の一員。そうなのね?」


 聞いたのか……。昴の事。彼女が光極天にとっての「約束された子(マイトレーヤ)」であった話を……。

 リリスは幾分、六連星に対して同情の念を抱いた。


「リリスちゃーん!!」


 うわっ、吃驚した。

 突然の胴間声に、何事かと思って振り向くと、乱橋がタキシードのまま、プールに飛び込み、こちらに迫っていた。


「ももも、もう、辛抱堪らん。リリスちゃーん、好きだぁぁぁ。」


 背筋に悪寒が走り、固まるリリス。そのリリスを抱き締めようと、乱橋が両手を広げて飛びかかっていた。


「何発情してんだ、このオヤジ。」


 素早くリリスの前に立ち塞がり、踵落としを、乱橋の脳天に、和臣が直撃させた。


「ハッ。俺は一体何を?」

「何をじゃないわよ。みっともないわね。それでも光極天家の使用人なの? アマリ如きの貧弱な身体に発情……して……。」


 乱橋を罵倒しながら、リリスの方を振り返った六連星は、その肉体を凝視した。


「な、なんだろう……。物凄くアマリの身体が気持ち良さそう……。ねえ、オッパイ揉んでも良い?」

「何を言っているの? 変態なの? 貴女達主従は。」


 そう言いながら、彼女は、周りの人間が食い入る様に自分を見詰めているのに、気が付いた。

 プールサイドにいる従業員はおろか、渚ちゃんや舞姫までもだ。


「ああ、何だろう。ただでさえ素敵なのに、今日のリリスさん魅力的過ぎる。」

「リリス、抱き締めても良い? も、もう私我慢出来ない。」


 そんなリリスを守る為に、プリ様、和臣、紅葉が、周りを囲った。


「りりす、みずぎすがたが いけないと おもうの。なんとなく だけど。」

「そうだな。扇情的過ぎるんだ。その格好が。」

「扇情的って。こんな大人しいデザインの水着なのに……。」


 さっきまでは、渚ちゃんも舞姫も普通に接していた筈だ。

 だが、確かに時間を追う毎に、自分を取り囲む人の群は増えて来ていたし、行動も積極的になっていた気がした。


「もみじ、かずおみ。みんなで こういしつに いくの。きがえるの。」


 そこで、プリ様は大きく深呼吸した。


「もう、およぐのは やめゆの。ぷりたちは さきに でるの。」


 そう大声で宣言すると、皆は一瞬怯んだ。その隙を突いて、プリ様達は早足で更衣室に駆け込んだ。


『一体、何なのかしら?』


 リリスは着替えながら、首を捻っていた。




 お茶も飲み終え、ファレグはやおら席を立った。


「じゃあ、ぼくは そろそろ いくよ。」

「また、たびに でるのね?」

「うん。おく、きみには かんしゃ しているよ。ほんらい、みられは しなかった せかいを けんぶつ できるのだから。」

「たのしい?」

「そうだね。でも、くるまが そらを とんでないのは ちょっと がっかりかな。」


 ファレグは遠い目をした。


「せかしは しないけど、げーむに さんかするか しないかは いずれ きめてね。」


 そう言われて、ファレグは仮面の奥にあるオクの目を見詰めた。


「この たびを おえて、つぎに ここに きたときに へんじを する。」

「……。わかったわ。ろうほうを まっている。」


 ファレグはオクの目を見続けながら、ニコリと微笑んだ。




 着替えを済まし、更衣室から出て来たプリ様達を、六連星や乱橋、その他のメンバーが待ち構えていた。


「すまねえ、リリスちゃん。なんかこう、リリスちゃんを見ていたら、ついムラムラと……。」


 そのまんまやな。何の言い訳にもなっとりゃせんやん。

 和臣は思わず関西弁で突っ込みそうになっていた。


「あらあら、もう乱橋さんの半径五メートル以内には、立ち入れないわ。」


 口調は冗談めかしているが、目が全く笑っていない。乱橋は項垂れた。


『プリちゃんの推測通り、服を着たら、一応は治ったか……。』


「私も、変な事言って、すみません。」

「リリスを見てたら、恐ろしく魅惑的に思えて来て……。」

「一応、謝罪はしとくわ。アマリ。」


 そう謝りながら、舞姫はリリスの左手の腕ももを、渚ちゃんは反対側を、六連星に至っては、正面からリリスの胸をフニフニと揉み始めた。


「ちょっ……、ちょっと、何してるの貴女達。」

「へんたい むつらぼし。やめゆの。」


 プリ様や紅葉達に引き離されて、三人は我に返った。


「あれれ? 私何を……。」


 呟く舞姫の声を聞きつつ、リリスはヤレヤレと頭を抱えた。


 着衣の状態でも、周りの人間の反応がエスカレートして来ている。これから先どうなるのか?

 リリスは暗澹たる思いで、溜息を吐いた。










戦後の高度成長期が始まった頃、私達の読む本には、夢の未来が溢れてました。


車はタイヤの要らないエアカーになり、海底都市が出来て、新婚旅行は火星に、という薔薇色の世界でした。

画期的なエネルギーの開発で、色んな問題もバッチリ解決……、の筈だったのに。


六十年くらいかけても、この位しか進歩しないなんて、人類って本当に下等で愚かな生き物ですね。

殲滅してやる!


……、すみません。つい、ドラゴンの本性が出てしまいました。


ところで、冒頭で「高度成長期が始まった頃」とか言ってますが、さすがにそこまで歳ではありません。

背伸びをしてみたいお年頃なのでした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ