何故、操(=ベトール)は、舞姫の水着を脱がそうとするのか問題。
舞姫の両手に一人づつ首根っこを掴まれて、表面上は仲良く笑い合いながら、舞姫の目の届かない足元で、プリ様と操は蹴り合っていた。
そこに、晶がにこやかに近付いて行った。
「ぷりちゃん、おともだち?」
小首を傾げる仕草が可愛い。
「ともだち じゃないの。うまれた ときから、てきどうし なの。」
「うるさい、この きしょうどうぶつめ。うまれて はじめて みた。『そうりょ』が すきな やつなんて。」
「おまえこそ みーはーなの。『のんぷり』すき なんて。ぞく なの。」
「ぞ、ぞくって なんだ? ぼうそうぞくか?」
「ばかって いみなの。」
「なんだと この やろう!」
プリ様と操の蹴り合いが、ムエタイ並のキックの応酬になり、二人を抑えながらリリスと話をしていた舞姫も気が付いた。
「こらあ! 何やってんの、アンタ達!!」
舞姫は両手を広げて、二人の距離を遠去けた。
「けんか やめよ、ぷりちゃん。そっちの こも。なかよくしよ?」
二人に微笑みかける晶。一見、天使の様な振る舞いだが、単にお姉さんぶりたいだけである。
しかし、その晶の顔を、操はジッと凝視した。
「どこかで あったか?」
「さあ? でも、あなた みおぼえある……。」
「おれもだ……。」
二人の会話を聞いて、舞姫はリリスに顔を向けた。
「リリスさん、この子も……?」
「んっ……。」
リリスは微かに頷いた。
プリ様も、ちょっと複雑な表情になっていた。
「みさおちゃん、しってる おまじない ある?」
晶はあまり深く考えずに、操に話し掛けた。
「おまじない? おれは そんな めめしいこと しない。」
「あきらしゃん。こいつ、ばかなの。おまじない、おぼえられないの。」
プリ様の挑発に、操は律儀に乗っかり、再び取っ組み合いに成りそうだったが、今度は舞姫にガッチリ掴まれていて、ダメだった。
「ほら、プリ様。ダメですよ、仲良くしなきゃ。本当は仲良くしたいんでしょ?」
舞姫一人では大変なので、昴がプリ様を引き取った。
「そうそう。喧嘩ばかりしてると、此処に置いて行くわよ、二人とも。」
リリスにも窘められ、二人は一時休戦した。
「さあ、いこう。みさおちゃん、おまじない おしえたげるよ。」
プリ様と操は、晶に手を引っ張られて、歩き出した。
その後を、リリス、舞姫、昴がついて行った。
そうして、皆は、豪華客船「フライングバード」に乗り込んで行った。
先ずは泳ごうという話になり、更衣室に入った。
「はーい、プリ様。お手手を挙げて下さ〜い。」
漸くプリ様のお世話がやける時が来て、昴は幸せいっぱいだった。
「ぷっ、あかちゃんかよ。おきがえ てつだって もらって。」
聞えよがしな操の台詞に、ムカッと来るプリ様だったが、グッと堪えた。実は一人でも、お着替え出来る事は、昴には内緒だ。
ここは自分のプライドより、昴の生き甲斐を尊重するプリ様だった。
「あきらも できないよ。みさおちゃん、おとなだね。」
並んで着替えていた晶が言い、プリ様に向かってウィンクした。
『あ、あきらしゃん……。』
プリ様は彼女の友情に涙した。
その幼女達と、ロッカーを挟んだ向こう側では、紅葉、宮路さん、渚ちゃんが着替えていた。
宮路さんは、澄まして着替えている紅葉の横顔を、チラチラと窺っていた。
バスで目覚めた時、彼女は和臣の膝に抱えられていたのに、それが当然といった風情で、慌てもせず、あろうことか、その体勢のまま、彼と暫く話をしていた。
スキンシップなど、特別な意味も無い様子なのだ。本当は、物凄く深い仲なのではないだろうか?
それを聞きたいのだが、言い出せない状態だった。
「紅葉ちゃんさあ、実際、お兄ちゃんとは何処までいってるの?」
宮路さんが聞けなかった質問を、ズケッと渚ちゃんが口にした。
「はっきりしといた方が良いよ。宮路さんだって知りたいでしょ?」
話を振られて、思わず頷いてしまう宮路さん。
「何処って……。私達は別に……、友達だから。」
答えながら『失敗したなあ。』と紅葉は思っていた。
バスの中での事は、紅葉的にも、全く意図せずやっていたのだ。寝惚けていたからとしか言い様がない。
宮路さんと和臣の仲を邪魔するよりも、渚ちゃんに、必要以上に和臣と親しいと思われるのを避けたかったのに、ぶち壊しだ。
「友達って、あのねえ。抱っこして、足を摩ってもらうなんて、女の子同士でもやらないよ。」
私はむしろ女の子同士でやりたいけどなあ。
と紅葉は考えていた。
「もう、渚ちゃんは。お兄ちゃんっ子なんだから。そんなに焼きもちやかないで。取ったりなんかしないわよ。ねえ、宮路さん。」
言われて宮路さんも『ああ、それで芝公園では、あんなに絡んで来たのか。』と納得した。
「うふふ、良いなあ。和臣君は、可愛い妹さんに慕われて、幸せね。」
「そうね。私達はお邪魔かなあ。」
紅葉と和臣の仲を追求していた筈なのに、いつの間にか、自分がお兄ちゃんっ子という話になっていた。
その勘違いだけは看過出来ない。渚ちゃんの頭の中を、和臣のオモチャとして過ごした屈辱の日々(現在進行形です)がよぎった。
「ちーがーうーから。あんな妹のスニーカーの紐を左右結び付けるような、小まめな嫌がらせをする男なんて慕ってないから。」
「はいはい。そういうのも楽しいのよね?」
「私、一人っ子だからなー。渚ちゃんが羨ましい。」
羨ましいなら、紅葉ちゃんに上げるわよ。あんなクソ兄貴。
と喚く渚ちゃんの言葉を聞き流して、紅葉達はプールに出て行ってしまった。
プールでは、晶が母親に掴まって、泳ぎの練習をしていた。
「操ちゃんも少し練習しとこうか?」
舞姫に手を取られて、操は少しはにかんだ。
二人が練習している横を、プリ様はスィーと泳いで行ってから、頭だけを出した。
「ぷりちゃん、およげるの?」
「…………。」
晶と操が驚愕に目を見開いていた。
前世、トールはもちろん泳げた。泳げるどころか、ちょっとした海峡など、自力で渡っていたのだ。
その感覚を思い出したプリ様には、人工的な小波しかないプールでの水泳など、児戯にも等しかった。
「ほぉら、プリちゃんに負けちゃうぞ。」
「くそお。」
舞姫に煽られて、操はムキになって水に顔を着けたが、なかなか身体を浮かす事が出来ないでいた。
晶と操は泳ぎの練習に夢中になっていて、プリ様はポツンとその周りを回遊していた。
「プ、プリ様! プリ様! プリ様ぁぁぁ!!」
そこに、けたたましい声を出して、昴が近付いて来た。
プールにうねる人工波に足を取られて転んだ昴は、充分に足の立つ場所なのに、パニック状態になっていた。
信じられない運動神経の無さである。
だけど、プリ様は、その昴の声に、何故かホッとしたものを感じていた。
「プ、プリ様ぁ。」
半泣き状態で自分にしがみ付いて来る昴の頭を、よしよしと、プリ様は撫でて上げた。
その様子を見ていた操が、少し羨ましそうな顔になったのに、舞姫は気付いた。
「バカねぇ。操ちゃんには私がいるじゃない。」
自分の胸元に引き寄せ、舞姫はソッと抱いてやった。操も満たされた表情で、身を委ねていた。
「みたか、ぷり。おれは こんなに かわいがられて いるんだよ!」
勝ち誇った顔で、操は叫んだ。
「すばゆ、ぷりを だきしめゆの。」
「積極的ですね、プリ様。」
「はやく すゆの。」
プリ様から求めて来るなんて……。
恍惚としてプリ様を抱き締める昴。その昴の腕の中で、プリ様は操の方を向き、ニヤリと笑った。
「まけるか! おれは こんなことも しちゃうもんね。」
操は舞姫の胸に、頭をグリグリと押し付けた。
「ちょっと、止めなさい、操……ちゃん。」
慌てる舞姫。
プリ様も、負けじと昴の胸に頭を押し付けた。こちらは舞姫と違って、至福の表情だ。
「おれは もっと すごいぞ。」
操は、舞姫の着ているセパレートの水着の胸の部分に、頭を突っ込もうとしていた。
「や、や、止めなさーい。捲れちゃうでしょ。だめぇぇぇ。見えちゃう。」
「ほら、プリ様負けてますよ。どうぞ。」
昴もセパレートの水着を着ていたが、お腹が出ている舞姫と違って、上半身が全て隠れる大人し目のデザインである。それを捲って、プリ様を誘った。
「何で煽っているんですか? 昴さん。って、止めて操ちゃん!!」
非常事態である。このまま操を放置すれば、衆目の中で胸を晒す事にもなりかねない。
「こらあああ! 操! プリ! 昴! 頭を出しなさい!!」
さすがは世界ジュニアチャンピオン。暴れる操を簡単に制して、素早く移動すると、プリ様と昴の頭にも、軽く拳骨を食らわせた。
本気で怒った舞姫に、武力で制圧される三人なのであった。
第八十八部を読んだお友達から「プリ様達のお呪い『れーす、れすれす。れす、とーらーん。』って、何でレストランなの?」 と聞かれてしまいました。
私達オジさんは、失恋と言えば、レストランを連想してしまうのです。
思わぬジェネレーションギャップでした。
気付かずに、他にも古臭い事を書いているかもしれません。
歳は隠せませんね。




