昴、衝撃の過去
和臣の背に負ぶわれて、プリ様はウトウトとまどろんでいた。その隣には紅葉が居て、昴の首輪に繋げられた鎖を引っ張っている。鎖は元々ニール君のリードなのだが、例によって前世の物に置き換わっていた。
「ハァハァ、ひ、引っ張らないで……、く、下さぃ。ていうか、フゥフゥ、こ、こんな扱い……嫌ですぅ。」
「仕方ないでしょ。こうでもしないと、あんたドンドン遅れて行ってしまうのだから。」
「そんな事言って、ハッハッ、前も私を引き摺り……ハァ、廻して、傷だらけにしたじゃない。」
「だから、あの時は急に戦闘になったから……。」
あれ、前世の話をしている? 紅葉はハッとなった。
「あんた、思い出したの?」
興奮した紅葉が鎖を引っ張ったので「あうっ。」と声を出して、昴はよろめいた。
「前世なんか……、ハァハァ、本当に、ヒィヒィ、知らない……ですよ……。」
青息吐息状態で返事をする昴に嘘は無いようだが、今のは確かに前世のエピソードだった。無意識下で思い出しつつあるのだ。
紅葉の胸は躍った。完全に思い出せば、あれもこれもやり放題だよね。エロイーズを使った楽しい遊びの数々を思い出し、身震いした。エロイーズは、きちんと躾けてあるので、心でどんなに嫌がっても、身体が言う事をきくようになっているのだ。その、恥辱に全身を紅く染めながらも逆らえず、涙と鼻水を流しながら命令に従う様を見ているだけで、この世のものとは思えない悦楽を味わえたものだった。あの黄金の日々がまた戻って来る、そう思っただけで紅葉の顔は綻んだ。
……、真性の変態であった。
「は、励ましてくれるんですか? 頑張ります。」
思わずニッコリと昴を見詰めてしまった紅葉を見て、何を勘違いしたのか、昴は礼を言った。紅葉(=アイラ)の考えなど、お見通しの和臣は『不憫な奴。』と心で泣いていた。
「しかし、さっきのネズミ共も大した事なかったわね。」
暫く無言で歩いていたが、ややあって、紅葉が話し出した。
「稲妻が途中で消えるなんて、ショボイったらありゃしない。」
「まあ、現世との入れ替わりとかで、奴等も万全な状態ではなかったのだろう。」
プリ様はもう半分寝かかっていたが、それを聞いて『まて。』と覚醒した。
稲妻が途中で消えたのはプリ様の仕業であった。あらかじめ集めておいた原子核を、雪崩現象を起こして増え続けている自由電子と強制的にくっ付けて、空気のプラズマ化をキャンセルし、稲妻を消したのだ。そんな事が出来るのかと聞かれれば、プリ様の特殊能力だからとしか答えようがない。
「あのホブゴブリンだってさ〜。」
「ああ、強敵かと思ったら、自爆だもんな~。」
「あれ? ハァハァ、あの人はプリ様がやっつけたんじゃ……。」
そうだよ、俺がやっつけたんだ。プリ様は和臣の背中で「ううっ。」と唸っていたが、反論する為の適当な言葉が見付からずにいた。その間にも、三人は好き勝手にくっちゃべっている。
「最初の蹴りを、フゥフゥ、プリ様が……ハァ、ブロックして……。」
「バッカ、見てなかったの? 盛大に足を床にぶつけて、捻挫していたじゃない。」
「ハァハァ、プ、プリ様のジャンピングニードロップから必死で逃げて……。」
「馬鹿だよな~、あいつ。プリが落ちて来たって、そんな痛いわけないだろ。」
「最後プリ様が、ハァハァ、頭を踏み抜いて……。」
「何言ってんの? 転んで頭ぶつけて死んだんでしょ。ほとんど自殺よ、あれは。」
「…………。」
昴、何とか言ってやれ。このボンクラ共に俺様の強さを教えてやるんだ。上手く話せない自分に代わって、昴が反論してくれるのを、プリ様は願った。
「な、なぁんだ。そうだったんだ。わ、ハァハァ、私、てっきりプリ様がやっつけたんだと……ハァ、思ってました。」
おい、唯一状況を正しく把握していた奴が、節穴の目しか持っていない馬鹿共に迎合してどうする。不満なプリ様は「ちがうの!」と声を上げた。
「わたちがやったの。かみないけちたの。」
「わかったから。もう、いきなり飛び出すなよ。危ないからな。」
「ほぶごぶいんもやっつけたの。」
「今度ああいうのが出て来たら、ちゃんと私達の後ろに隠れているのよ。」
「ちがうの、もみじ。ぷいがやったの。ちがうの、ちがうの。」
「はいはい。プリプリしないの、プリちゃん。」
「すばゆ~。」
昴を見ると、何だか嬉しそうに自分を見ていた。
「良かったぁ。ハァハァ、わ、私何だかプリ様が遠くに……、ハァハァ、行っちゃったみたいで寂しかったんです。」
昴は愛おしげにプリ様の頬を突いた。
「プリ様はやっぱり昴の可愛い小さなプリ様のままだったのですね。」
暫し、皆はその場に立ち止まった。昴が背中を摩ったり、頭を撫でて上げると、プリ様が大人しくなったからだ。
「うふふっ。甘えん坊のプリ様。いつまでも昴がお世話しますよ。ずっと一緒です。」
恍惚の表情でそう言っている昴を見て、何かちょっと怖いな、と紅葉&和臣は思った。
「そもそも、あんたとプリはどういう関係なのよ。あんただって良いとこのお嬢様なんでしょ。」
「光極天家は名門の家だったのですが、ある日、大没落の危機を迎えたのです。」
「何で?」
「それが、そのぉ、後を継いだ父が、何というか、超絶的に無能でして……。」
最後の方は消えいらんばかりの小さな声になっていた。
二年前、ナチュラルに株の逆張りをするような昴の父を当主としてしまった光極天家は、たった半年で関連会社の半分を潰し、家財には差し押さえの札がベタベタと貼られていた。それでも借財の始末に間に合わず、当時八歳の昴もオークションにかけられる事となった。
「ちょっと待て。現代日本の話だよな。」
「一般には知られてないんですが、専用の施設も有って、毎月競りが行われているんです。私以外にも何人もいましたよ。」
「知られてないというか、知りたくなかったわね。」
競売品控え室、と書かれた部屋に入ると、縞々のシャツとズボンを着たお姉さん達が数人居た。競売品さん達は基本この格好だ。昴はお嬢様っぽさを演出する為に、ちょっと良い服を着せられていた。それがお姉さん達の勘に触った。
「生意気なガキだねえ。締めてやろうか?」
「ひぃぃいぃ。」
怯える昴。その時、部屋の奥に一人で何枚も座布団を重ねて座っていた中年女性が怒鳴った。
「待ちな! 子供相手にみっともない。お前ら競売品のプライドってもんはないのかい?」
女性が一喝すると、皆は黙った。それ以降、意地悪されたりはせず、むしろ皆が世話を焼いてくれるようになった。
「まるで牢名主だな。どこの刑務所だよ。」
「この与太話、信じて良いの?」
夜になり、皆が部屋の中で雑魚寝をしていた。昴はお家を思い出し、サメザメと泣いていた。そこに先程の女性、朱鷺さんが近付いて来た。
「眠れないのかい?」
「お、お家に帰りたいよう。」
「諦めな。あんたは売られて行くんだ。幸せだった後ろを振り返っても辛いだけさね。」
「わ、私、どうなるんですか? どうすれば良いんですか?」
「なるべく高く買って貰えるよう努力するんだよ。オークション会場に掲げられる最高値の札が競売品の誉れさ。」
聞けば、朱鷺さんは昔、この市場で史上最高値を出した伝説の競売品との事だった。年季の明けた今は古巣に戻り、後進の指導にあたっているのだそうだ。
「わ、私頑張ります。朱鷺さん程ではなくとも、高値が付くよう努力します。」
「ホッホッ、その意気だよ。頑張りな。」
次の日から、朱鷺さんの指導のもと、昴の競売品修行が始まった。
続く。
えっ、続くの? これ。
紅葉は男に生まれていたら、完全に性犯罪者になるタイプですね。
だからといって、女の子で良かったかというと、そうとも言い切れないのが辛いところです。