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ぜんせからの やくそく だから……。

「昴ちゃんは、今日にでも、我が光極天家に連れ帰るわ。」


 もう、完全に引っ込みがつかなくなった六連星が、声高に宣言した。

 それを聞いた昴は、怯え狂ってプリ様にしがみ付いた。恐怖で声も出せず、ハァハァと細い呼吸を繰り返していた。


「すばゆは ぜったいに わたさないの。」

「何言ってんのよ、ガキ。子供は自分の家に居るのが普通なの。」


 あまりに、どストレートな正論に、胡蝶蘭もリリスも一瞬詰まった。最も手強そうな二人を黙らせるのに成功した六連星は、更に畳み掛けてきた。


「私達兄弟や、父様、母様に囲まれて過ごすのが、昴ちゃんにとっても一番幸せなのよ。それを貴女の我儘で邪魔しちゃダメよ、符璃叢。」


 六連星のクセにあざとい攻めをして来るな。

 和臣と紅葉も、ヤバい展開だと危惧していた。確かに客観的に見れば、プリ様の方が、筋が通らない。


「さあ、昴ちゃんを渡して。家に帰れば、すぐに馴染むわ。なんて言っても、生まれた家なんですもの。」


 手を伸ばす六連星に、昴はビクンと身を縮めた。


「プリ様ぁ〜。」


 泣いている様な、か細い声で縋っているが、プリ様は黙って俯いていた。

 その様子に勝ちを確信した六連星が、昴の肩に手をかけようとした……。


 その時、パシッ、と鋭い音がした。

 プリ様が六連星の手を叩いたのだ。


「何するの、ガキ。」

「すばゆは……。」

「何よ。」

「すばゆは ぷりと いたいの。ぷりと いっしょの ときなの。すばゆが いちばん しあわせなのは。」


 胸を張って、はっきりと、プリ様は言い切った。その堂々たる態度に、六連星のみならず、その場に居た全員が気圧された。


「やくそくしたの。もう、ぜったい はなさないって。すばゆの てを はなさないって。」


 小ちゃなプリ様が、背の高い六連星を下から睨み上げた。


かぞく(家族)より ふかい きずな なの。ぜんせからの やくそく だから……。」


 部屋はしんと静まり返り、誰も一言も発しなかった。アルミサッシを通して微かに聞こえる蝉の声だけが、その場に鳴り響いていた。


 ハッと我に返った六連星が口を開きかけたが、素早く近寄ったリリスが彼女の耳を引っ張った。


「こっちにおいで、六連星。貴女の負けよ。」

「痛い。離しなさい、アマリ。前世とか言ってる電波なガキになんて負けないんだからー。」


 喚きながらも、六連星はリリスに連れて行かれてしまった。


「さて、乱橋君。君も同罪ね。」

「うっそだろぉ。俺はお嬢を止めてたじゃねえですかい。」


 胡蝶蘭の弾劾を受けた乱橋は、動揺して妙な口調になっていた。


「そのお洋服をしまって、一緒に来なさい。カルメンさんにお説教してもらいます。」

「うげっ『戦場の褐色の踊り子』に……。勘弁してくれ、胡蝶蘭お嬢様。」


 助けてぇぇぇ、と泣きながら、乱橋も連れられて行った。


「プリちゃん、カッコいい……。イケメン……。」


 連行される乱橋を「ご愁傷様。」と思いながら見ていた和臣の隣で、渚ちゃんがボソッと呟いた。


「二人は前世からの知り合いなの? そういう設定なんだ?」


 設定って何だよ。

 無邪気な妹の発言に、和臣は心の中で突っ込んだ。


「そうなの。ぷりと すばゆは ぜんせでも なかよし だったの。」


 プリ様……。昴は感激の涙を流していた。


「プリ様! 仲良しとか、遠回しな言い方をせず、ハッキリ言いましょう。愛し合っていたって。」

「ちがうの。あいしあっては ないの。」

「そして、現世では二人は夫婦だって……。」

「ちがうの。すばゆ、さくらん してゆの。」

「もう、照れちゃって。かわゆらす過ぎですぅ。プリ様ぁ。」


 さっきまでの怯えた様子は何処へやら。昴はプリ様に抱き付いて「うーん、ぱふぱふ。」などと言いながら、プリ様の首筋を甘噛みしていた。


「全く。何やってるの? 昴。要らないのなら、渚ちゃんの古着は私が貰って行くわよ。」


 さり気無く、渚ちゃんの服を回収しようとする紅葉。その手を和臣がガッシリと握った。


「待て。何で、お前が渚の服を持って行こうとしているんだ?」

「い、いやだわ、和臣さんったら。何を勘違いなさっているの? あまりに可愛いお洋服が多いから、私が着ようかなぁ、って……。」

「入るわけないだろ。」


 おほほほ、と誤魔化し笑いをする紅葉を、睨みつける和臣。その二人を眺めていて、渚ちゃんは気が付いた。


『お揃いのブレスレットをしてる……。』


 和臣の左腕と、紅葉の右腕に、左右対称になってはいるが、同じデザインのブレスレットが着いていた。和臣のには青、紅葉のには紅い石が嵌っている。


『何なの? 婚約指輪ならぬ、婚約ブレスレットとか、そういうの? きゃあああああ。後でリリスに聞かなきゃ。』


 と、一人で楽しそうな渚ちゃんであった。




 引っ張り出された六連星は、阿多護神社の本殿まで、連れて来られていた。真夏の昼下がりでは、訪れる人間の気配も無く、話をするには良い場所と思われた。


「何なのよ、アマリ。何で、みんなして、私とお姉様の邪魔をするの?」

「貴女のしている事は、昴ちゃんを苦しめているだけよ。」

「あのガキが正しいって言うの? 違うわ。お姉様は記憶を失くしてて、私とあのガキを混同しているのよ。」


 堪りかねたように、六連星は叫んだ。


「お姉様は小さい子供がお好きで、取り分け、私の面倒は良く見てくれていたわ。膝の上に乗っけてくれたり、一緒にプリプリキューティを見たり……。」

「…………。」

「お姉様が本当に必要としているのは私なのよ。私を含む家族の温もり。あのガキは代用品に過ぎないの。」

「…………。」


 違うと思うわ〜。

 神妙な面持ちで六連星の話を聞きながら、心中でリリスは思っていた。


『昴ちゃんのプリちゃんに対する愛撫って、完全に恋人に対するそれだものねぇ……。』


 やっぱり、前世の話をした方が良いのかしら。

 リリスは逡巡した。御三家定例会議の報告では、前世については話していない。その件を知っているのは、胡蝶蘭を含む、極限られた人間だけだ。


『信じはしないだろうな……。』


 リリスはかぶりを振った。


『それよりも、誘拐される以前の、光極天に於ける昴ちゃんの立場を教えた方が良いか……。』


 その話をするのも、あまり気は進まなかったが、意を決して口火を切った。


「六連星。貴女、自分の名前『六連星』を、疑問に思ったりしないの?」

「変な名前だって言うの? そんなの小学生の時から、言われ慣れてるわよ。」

「そうじゃ無くて……。」


 リリスは、自分の方に身を乗り出して来る六連星を、軽く手で制した。


「昴と六連星は同じものでしょ。姉妹で同じ名前を名乗っているようなものよ。」


 リリスに指摘された六連星は、驚愕に目を見開いた。


「それは……、私にもお姉様みたいに育って欲しいと願いを込めて……。」

「違うわ。むしろ、逆よ。貴女が生まれた時点で、昴ちゃんの存在は無かった事にされたの。」

「アマリ! お姉様をバカにするの?」

「バカにしているのは、光極天の人達よ。あの家で、昴ちゃんの帰還を待ち望んでいるのは、貴女ぐらいだわ。」


 怒気を含んだリリスの声に、六連星は圧倒された。


「昔、何があったの?」


 歳下のリリスに訊ねながら、自分の口がカサカサに乾いていくのを、六連星は感じていた。




「これは何ですか?」


 皆で談笑しながら、古着の山を漁っていた昴は、別袋に一式収められた衣装を発見した。


「うぎゃあああ、お兄ちゃん! あれも持って来たの?」

「ああ。どんな物を気に入るか、わからないだろ? 昴は……。」


 変わっているから、という言葉を、和臣は飲み込んだ。


「開けちゃダメェェェ!!」


 声を上げた時はすでに遅し。昴とプリ様は、袋の中の物を全て、テーブルの上に広げていた。

 それは渚ちゃんの黒歴史。一瞬だけマイブームが訪れたゴスロリ服であった。


「お前、これ全然着てないだろ?」

「だぁぁって。冷静に考えたら、とても着れないよぉ。」


 勇んで買って来て、家で広げてから冷静になったみたいだ。


「こ、これ……、下さい。良かったらですけど……。」

「ええ……? これで良いの?」


 昴の琴線に触れたもの、それは首輪の形をしたチョーカーであった。


『これならパッと見、ペットの首輪と同じですぅ。鎖を繋ぐ輪っかも有るし。お散歩の時は、プリ様にリードを引いてもらおう。「プリ様所有」っていうプレートも付けてもらおう。そうしよう。』


 嬉しそうな昴の様子に、自身も思わずニコニコしてしまうプリ様。

 彼女の恐るべき計画など、知る由もないのであった。







すみません。

タイトルをちょこちょこ変えてます。


「あれ? おかしいわ。タイトルがちょっと違う気がする。異世界なの? 私、異世界に紛れ込んでしまったの?」


と心配される方がいるかもしれないので、念の為申告いたします。


今度のは気に入ったので、恐らくもう変えないと思います。多分……。


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