嫌です。私、嫌ですぅ。
とにかく見てくれ、と言われたオクは、暇だったのもあって、オフィエルと一緒にテレポートをした。AT THE BACK OF THE NORTH WIND内では、七大天使は瞬間移動が出来るのだ。
着いた先は小学校の校庭だった。だが、子供は誰も居ない。此処では、七大天使と手下の魔物以外には、動く物の気配はなかった。
「これが、たいぷりようきょうかすーつ ですわ。」
其処には、薄く赤みがかった金属で出来た、三メートルくらいの、スーツというよりは、人型ロボットに近い物体があった。例えるなら、フレアスカートをはいた女の子が正座をしている様なシルエットだ。
「あしが ないわ。」
「あしなんて かざり ですわ、おくさま。」
確かに、二足歩行などというものは、そういう風にしか進化出来なかった結果の産物であって、人類がリニアモーターで移動出来る身体に進化出来るのであれば、当然そうなっていたであろう。
「ちょっと まって、おふぃえるちゃん。りにあもーたーって、すいしんこいる……、せんろは どうするの?」
「そこは、それ。おくさまの きんこの おくに だいじに しまわれていた 『けんじゃのいし』で……。」
オフィエル考案の自由軌道リニアモーター推進。それは、賢者の石で、進行方向にリニアの線路である推進コイルを作り、通り過ぎたら消す、というシンプルかつ驚異のシステムなのであった。
「きゃあああああ。わたしの おたからの、せかいに さんこしかない、『けんじゃのいし』があああああ。」
「おくさま、かがくの はってんの ためですわ。」
「『けんじゃのいし』は かがく じゃないでしょ。」
すでに半泣きになっているオク。
「さらに、ぷりの げんしかくを ほうかいさせる こうげきを ふせぐために、ぜんしんの そうこうは 『ひひいろかね』を……。」
「まって、まって、おふぃえるちゃん。その きょうかすーつの ぜんしんを おおえる ほどの、たいりょうの 『ひひいろかね』は どこに あったの?」
そう言われたオフィエルは、キョトンとした顔で小首を傾げた。
「『ひひいろかね 』なんて、おくさまの おしろに いっぱいあるじゃ ないですか。」
「ひぃぃぃ。やめてぇぇぇ。それは はしら。はしら でしょ。」
「だいじょぶですよ、おくさま。えんとらんすに いっぽん、たいきゅうじょう まったく ひつようない はしらが ありましたから。」
そこで、オフィエルは小さく溜息を吐いた。
「あの はしらに かんしては、つねづね ぎもんに おもってましたわ。めがみだの しょくぶつ だのの ぞうけいぶつが ごちゃごちゃ つけられた、なんのために あるのか わからない はしら……。」
「おふぃえるちゃん、そうしょく という がいねんを しらないの?」
しまった。私が貼り付けた人格があまりに可愛いから忘れていたけど、元々こういう子だったわ。
そう思い至り、オクは内心冷汗をかいていた。
「さらに……。」
「まだ あるの? もう、かんべんしてぇぇぇ。」
心の底から、オクが悲鳴を上げた。
「かたの れーざーほうは……。」
「ああっ、いわないでぇ。」
「おくさま ひぞうの……。」
「いや、いや、ききたくないぃぃぃ。」
「がーねっとを つかった れーざーはっしん です。」
レーザー発振なんて、最近は半導体を使うのが主流なのに。そう、ネットでも言われているのに。
オクは恨めしげに、強化スーツの左肩についているレーザー砲を睨んだ。
「ちなみに がーねっとを つかったのは、ほうせきの もつ しんぴの ちからで、れーざーを ぞうふくする ためです。」
「かがく なのか、おかると なのか、どっちかに して。おふぃえるちゃん。」
泣きながらオクが抗議していると、誰かが、もう一人テレポートして来た。
「すごいの つくったね。おふぃえる。」
涼やかな微笑みを浮かべる美少年……。もとい、美少年みたいな美幼女、ファレグであった。
プリ様と昴は、和臣達の来訪を、地上の阿多護神社で待っていた。
今日は、渚ちゃんも一緒だと言うので、一般には内緒にしている、地下の客間が使えないのだ。
「良い風ですね、プリ様。」
社務所の縁側で、二人は庭を眺めていた。真夏日の正午過ぎ、一番暑い時刻だが、時折、神社のある阿多護山のてっぺんを吹き抜ける風が、束の間の涼を運んでくれていた。
例によって、両親は不在。リリスも胡蝶蘭と共に、会合に出ていた。
二人っきりのプリ様達は、身を寄せ合って座っていたが、眠くなったのか、プリ様はうつらうつらと舟を漕いでいた。
「こんな所でおネムすると、熱中症になっちゃいますよ。涼しいお部屋に戻りましょう。」
昴に促されて、プリ様は立ち上がった。まだ、眠そうに両手で目をクシクシとしている。その愛らしい様子に、辛抱堪らず、昴が抱き付くと……。
「す、すばゆ。さすがに、あつくゆしいの。れいぼうの おへやに いこ。」
「えっー、昴はプリ様とだったら、汗でビショビショになるまで密着していても平気ですけど……。」
「ぷりが へいきじゃ ないの。」
元々、涼しい部屋に行こうと言ったのは自分だったので、昴も渋々立ち上がった。ちょうど、そのタイミングで、来客を告げるチャイムが鳴った。
「今日は昴ちゃんの為に、私の小さい頃の服を持って来たのよ。」
自分が役立っている事をアピールしようと、渚ちゃんは来た早々、鼻息を荒くしながら言った。
小さい頃って、たかだか二年前だろ。と和臣は心中で突っ込んでいた。
「あっ、はあ……。」
山の様に、訪問着や浴衣を積まれても、今一つ乗り気でない感じの昴。
要らないのなら、私が貰いたいな、と曽我兄妹と一緒に来ていた紅葉は、渚ちゃんの古着を眺めていた。
『あの一つ一つに渚ちゃんの肌がふれていたのね……。お宝だわ。』
……変態であった。
「気に入らないかな……。」
「い、いや、そんなんじゃないですよ。どれも可愛いです。」
気遣う渚ちゃんに、昴は慌てて手を振った。でも、やっぱり違う、とも思っていた。
自分は常にプリ様の使用人でありたい。プリ様にお仕えしていたい。服装もそれを表現する物でなければ、自分が自分でない様な気がするのだ。
「私……。」
昴が口を開きかけた時「お姉さ……、昴ちゃーん。」と、けたたましい音を立てて、六連星がやって来た。
「誰?」
「昴のいも……、お姉さん。」
和臣が渚ちゃんに説明している間にも、六連星は乱橋に持たせていたトランクを開けさせていた。
「今年は、昴ちゃんも花火大会に来ると聞いて、持って来たの。」
それは袖無しの青いAラインのドレスだった。
「これ、昴ちゃん好きだったのよ。覚えてない?」
六連星に言われて、昴はドレスに手を伸ばした。確かに見た覚えがあった。いつ? 何処で? と聞かれると、定かではないが……。
昴の目から涙が溢れ、身体が細かく震えた。
「お嬢、やっぱり止めた方が良い。昴お嬢様の様子がおかしい。」
「何言ってるの、リチャード。思い出せば、おね……昴ちゃんは家に帰れるのよ。光極天の家に。」
帰る? 私が? 光極天家に……。
昴の動揺はピークに達した。
「嫌です。私、嫌ですぅ。プリ様? プリ様ー。」
「ここに いゆの。だいじょぶなの、すばゆ。」
溺れている人が、波間を揺蕩う木片にしがみ付くが如く、昴はプリ様を抱き締めた。
まるで赤子の様に泣きながら、プリ様のお召しになっているティシャツを濡らしている。
「何をしているの? 六連星!」
いつの間に帰って来ていたのか、リリスを従えた胡蝶蘭が、怒気を含んだ口調で言った。
「だいじょぶなの。だいじょぶなの、すばゆ。」
プリ様は、泣きじゃくる昴の頭を、優しく撫で続けていた。
根っからの文系人間なので、リニアやレーザー発振の事は、書きながら、ネットで調べて得た知識です。
ドレスも着た事はないので(当たり前ですが)、Aラインのドレスなどというのも、ネットで知りました。
浅い知識で、知ったかぶって書いて、ごめんなさい。
余談ですが、洋服屋さんのお手伝いをした時、オジさんのお客さんに、セクシーなドレスを試着させてくれと頼まれた事がありました。
いそいそと、数着のドレスを抱えて、試着室に入って行くオジさん。
私は閉じられた試着室のカーテンを見ながら、あの中でどんな地獄絵図が……、と思っていました。
オジさんは気に入った物を何着か買ってくれたのですが(上客ですね)、店の主人が採寸をしている間、何故か私に「僕はこの店のドレスをいっぱい持っているんだよ。」と、アピールをしてくれました。
同類だと思われたのでしょうか?
オジさんの家の煌びやかな箪笥の中身を想像しながら、愛想笑いをするしか出来ない私なのでした。