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身体で教えられ、散々遊ばれて、渚ちゃんはポイ捨てされた。

「うわぁ。涼しいわ。やっぱりプリの家は最高ね。」

「お前の家にだって冷房くらいあるだろ。毎日此処に来なくても……。」


 夏休みになって、神王院家地下屋敷の客間は、プリ様パーティの溜まり場になりつつあった。

 集会所があった方が良いだろうと、胡蝶蘭が客間の一室を彼等に解放したのだ。


 冷房は勿論、備え付けの冷蔵庫や戸棚には、常時ジュースやお菓子が満載状態。三時には料理長の長田さんがスィーツを提供してくれるという、至れり尽くせたりの環境であった。


 いつでも来てね。という胡蝶蘭の言葉を字句通りに受け取り、紅葉はほぼ毎日通っていた。文句を言っている和臣も、紅葉に連れられて来ていて、結局は日参しているのと変わりなかった。


「良いのよ、和臣君。貴方達が居てくれると、私も安心して出かけられるわ。」


 外出着に着替えた胡蝶蘭が客間に顔を出した。

 プリ様は、昴の膝の上で絵本を読んでもらっていたが、母親の元にトテトテと駆け寄って行った。


「おでかけでちゅか? おかあたま。」

「ごめんねえ。今日は一緒にいられると思ったんだけど、急に裏の神社本庁から呼び出しがあって……。」


 ただの神社本庁ではなく「裏の」と付くところがミソだな。

 と和臣は思っていた。


 胡蝶蘭は、手を伸ばすプリ様を抱き上げ、胸にギュッと抱き締めた。


「良い子にしててね、プリちゃん。」

「へいきでちゅ。ぷりも わかったの。おかあたまの きもち。」


 人々を守る責任。それはプリ様も雲隠島で、その肩に感じた重みであった。


「ぷりね、ほんとは いてほしいの。おかあたまに。でも、わがままは いわないの。」

「プリちゃん……。」


 胡蝶蘭は、少し瞳を潤ませながら、プリ様の頭を撫でて上げていた。


「離れ難いのはわかりますけど、そろそろ行かないと。叔母様。」


 制服姿のリリスも客間に入って来て、胡蝶蘭を促した。


「アンタも行くの?」

「ええ。雲隠島の事件の顛末を報告しないと……。」


 紅葉の質問に、リリスが手短かに答えた。確かに、時間が切迫しているみたいだ。


「じゃあ、和臣君、紅葉ちゃん。プリちゃん、昴ちゃんをお願いね。」


 胡蝶蘭はプリ様に手を振りながら、名残り惜しげに出掛けて行った。

 プリ様は閉まった後も、暫くドアの方を見ていた。


「ご立派でしたよ、プリ様。さあ、昴の胸でお泣き下さい。」

「すばゆ〜。」


 二人はヒシと抱き合った。


「まあ、でも、プリは良いわよね。赤ちゃんの頃から昴が一緒で……。」


 昴を飼犬の様に言うなよ。と紅葉の言葉を聞きながら、和臣は思った。


「すばゆと にーゆくん がいゆの。さみしくないの。」


 やっぱり飼犬と同列扱いか。


「プリ様〜。ワンワン。」


 空気を読んだ昴は、率先して犬みたいにじゃれ付いた。本人が納得しているなら良いか、と和臣も深くは追求しなかった。


 実は昴にしてみれば、プリ様からの犬扱いは、望むところなのだ。

 何故なら、公然とプリ様のお顔をペロペロ出来るし、いずれは「飼主プリ様」と入ったネームタグ付きの首輪を付けてもらおうという、深遠なる野望にも近付けるからだ。


「ところでさー、二人は花火大会に何着て行くの?」


 相変わらず紅葉の話はあちこちにとぶな、と皆は思った。


「ぷりは ゆかたなの。このあいだ かわいいの みつけたの。」

「ワンワン、ワワン。ワーン。」


 調子に乗って、犬語で答えた昴は、紅葉から頭を叩かれていた。


「い、痛いですぅ……。」


 と、ちょっと涙目の昴。


「私は他の奴等みたいに甘やかさないよ。さあ、サッサッと答えなさい。」


 銀座線の時は犬扱いしていたくせに、と和臣は思っていた。


「何を着ると言われましても、私はこれしか持ってないんですぅ。」


 ちょこっとメイド服のスカートの裾を持ち上げた昴を見て、紅葉だけでなく、和臣も驚いた。


「いや、遊びに行くのに、それはないだろう。」

「そうよ。アンタ必要以上に容姿が整っているんだから、もっとオシャレしないと。」

「で、でもぉ。私は使用人というか、奴隷ですから……。」


 そう言いながら、チラリとプリ様を見た。


「すばゆ〜、おしゃれ しよ。ぷりも みたいの。きれいな すばゆ。」

「はいぃ……。」


 大好きなプリ様に言われても、乗り気ではないようだった。

 昴にしてみれば、プリ様の使用人です、というアイデンティティを、最大限に表現しているのが、このメイド服なのだ。それ以上のオシャレなど、考えられなかった。


「で、でも、プリ様がそうおっしゃるなら、何とか努力してみます。」


 両の拳を握り締めて、決意する昴。

 大丈夫なのかな、とプリ様達三人は、その様子を見守っていた。




 花火大会か……。楽しそう。

 瞑想から覚めたオクは、フゥッと溜息を吐いた。


「おくさま。おくさま。おーくーさーまー。」


 部屋の外で、オフィエルが扉を叩く音が聞こえ、オクはベッドの上で上半身を起こし、彼女を招き入れた。


「どうしたの? おふぃえるちゃん。けっそう かえて。」

たいぷりよう(対プリ用)きょうかすーつ(強化スーツ)の しさくひんが かんせい したのです。」

「…………。」

「おくさま?」

「そんなもの つくってたの?」


 初耳だわ。とオクは呟いた。


はぎと(ハギト)ふる(フル)と はなしあった のですわ。」


 アラトロン、ベトールの最大の失敗要因。プリ様の戦闘能力についてのディスカッションを、雲隠島より撤退後、残り三人の七大天使は繰り返していた。


 特に、ベトール戦については、オフィエルの撮った映像が有った。その激闘の記録は、直接見ていないハギトとフルをも唸らせるのに、充分なものであった。


「で? はぎとちゃんと ふるちゃんは?」

「さきほど きゅうに ふぁれぐ(ファレグ)が きたのですわ。」

「ああ。ふぁれぐちゃん、にんきある ものね。」


 あの子、やる気になってくれたのかしら?

 オクは可愛らしく小首を傾げた。


『お、おくさま。かわいすぎますわ。』


 洗脳によって、オフィエルはオクの一挙手一投足全てが、好ましく思えるようになっていた。


「おふぃえるちゃんは ふぁれぐちゃんと おはなし しなくて いいの?」

「わ、わたしは おくさま ひとすじ ですから……。」

「まあ、うれしいわ。」


 オクは、ベッドから降りて、オフィエルに近付くと、そのうなじをスリスリと摩った。


「ああ。いけませんわ、おくさま。」

「いいのよ。ごほうび。」


 オフィエルは恍惚とした表情で、オクから与えられる感触を享受していた。


「でもね、きょうかすーつ(強化スーツ)は はんたいよ。そんなものに たよって ほしくないの。」

「なぜですか? ぷりの すさまじい せんとうりょくを ごらんに なったでしょ。」

「だいじょうぶ。あなたたちなら それいじょうの ちからを ひきだせる。」


 そう言われても、オフィエルは納得いかないようだった。

 自分の作った物に自信があるのだ。


「わかったわ。ためしてみる?」


 オクが、良い事思い付いちゃった、という顔で提案した。




 神王院家を辞した後も、紅葉とファーストフードに寄ったりして、結局、和臣が家に帰り着いたのは八時を回っていた。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」

「ああ、うるせえ。お兄ちゃんは一回だという事を、身体で教えてやる。」


 和臣は出迎えた渚ちゃんをヘッドロックし、髪の毛をクシャクシャに掻きむしった。


「止めろー。離せー。バカ兄貴。」


 中一女子と高一男子では、全く勝負にならない。変顔にされたりして、散々遊ばれた後、渚ちゃんはポイ捨てされた。


 そのまま立ち去ろうとすると、転がされていた渚ちゃんは、和臣の足にしがみ付いた。


「待ってよ、お兄ちゃん。今日もプリちゃんの家に行ったんでしょ? たまには私も連れて行ってよ。」


 夏休みになってから、多忙なリリスと連絡が着かなくなって、渚ちゃんはやさぐれていた。


「行っても、リリスは居ないぞ。今日も裏の……、もとい、神社本庁の会合に行ってたしな。」


 それを聞いて、シュンとなる渚ちゃん。


「お前も花火大会呼ばれているんだろ? その時、会えるんだから良いじゃないか。」


 乙女の恋心がわからない奴め。

 渚ちゃんは恨めしそうに和臣を睨んだ。


「そういえば、お前。小学生の時の浴衣とか、まだ持っているか?」

「何? お兄ちゃん、女児服に興味があるの?」

「おかしな言い方をするな。昴に貸してやれる服がないかと思っただけだ。」


 疑わしげな目で見てくる妹に、和臣は必死で説明をした。



よく、妹のいる人は「妹なんて、そんなに良いものじゃないよ。憎たらしいだけだよ。」などと言いますが、妹が欲しくて欲しくて堪らなかった私は「そんな事ないやい。妹は可愛くて、お兄ちゃんの後をチョコチョコ付いて来る、愛らしい生き物なんだい。」と、闇雲に反発してました。


そんな妹病を拗らせたままオジサンになった人間が、理想と妄想を結実させたのが渚ちゃんというキャラクターです。


可愛い妹に甘えられたい。ただ、それだけの人生でした。

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