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リリス、妖艶なるお誘い。

 母親としては子供の自主性は尊重したい。出来れば、連れて来る友達にケチなど付けたくない。

 それでも限度というものがあるのではないか、と胡蝶蘭は苦悩していた。


 雲隠島より帰宅してからこちら、ちょくちょく光極天のあの小生意気な小娘が、愛娘のプリ様を訪ねて来るようになったのだ。

 嫌な事に、プリ様は小娘を尊敬して懐いているらしい。


 三歳と十五歳に、どんな共通点があるのかと思えば、昴を交えた三人で、仲良くプリプリキューティのディスクを見ていた。


『昴ちゃんも楽しそうだから良いのかな……。』


 正直、まだ光極天の人間と昴を接触させたくはなかった。昴にネガティヴな記憶を思い起こさせるのではないか、という危惧があったからだ。


 家が傾いて借金の形にオークションに出された、という昴の捏造された記憶も、まるで根拠のないものでもなかった。

 それほどまでに、自分は光極天の家で無用の者と、昴が思い詰めていた証と言えるのだ。


 そんな中、妹の六連星だけは昴に懐き、いつも彼女のスカートに引っ付いて回っていたらしい。

 だから、漸く見付かった姉に会いたい六連星の気持ちもわかるし、昴にとっても肉親との触れ合いをするなら、六連星は最適の人間に思えた。


『でもなあ、プリちゃんが、六連星みたいになる、とか言い出したら、それはそれで問題だしなあ……。』


 何故か六連星は「自分は光極天だから偉いのだ。威張って良い。」とナチュラルに思い込んでいる節がある。


 そんな心配をしながら、リビングのテーブルに頬杖をついて、ディスクを見ている三人を眺めていたら、プリ様と六連星が口論を始めた。


「むつらぼし、ばかなの。ちゃんと はかって つくってゆの。ぷりの あんこが おおいとか ないの。」

「いーや、どう見ても、そっちの最中の方が餡子が多い。寄越しなさい、ガキ。私は光極天よ。」

「しらないの、こうぎょくてんとか。ばかは ばかなの。」


 ……、前言撤回。プリ様は六連星を尊敬などしていなかった。あくまで同等の友達感覚なのだ。彼女の持つプリプリキューティの知識は尊重しているが、人格的には何らの敬意も払っていないらしい。


「取り替えないなら、容赦しないわよ。」

「どうすゆの?」

「泣くから。」


 それを言われたプリ様は、心の底から面倒臭そうな顔をして、最中を差し出した。しかし、喜んで取り替えようとする六連星の手を、昴が引っ叩いた。


「ダメでしょ、お姉様。小さい子を困らせちゃ。」


 小動物みたいに、誰に対してもビクビクしながら接している昴ちゃんが叱っている……。

 珍しいものを見たわ、と胡蝶蘭は感心していた。


 叱られた六連星は、これまたどういうつもりなのか、嬉しそうにウットリと昴の顔を眺めた後「ごめんね。」と言って、プリ様に最中を返した。


『あいつ、昴ちゃんに叱られたかったのか……。』


 わざと悪い事をして、姉の気を引くとは……。一体、幾つだ? 胡蝶蘭は深い溜息を吐いた。


「奥様、奥様、いらっしゃいますか? 奥様ー。」

「はいはい。今度は何ですか?」


 リビングにカルメンさんが血相を変えて飛び込んで来た。


「あの馬鹿の乱橋を何とかして下さい。来る度に神王院家の使用人を口説き回って、仕事になりません。」


 そうだ、彼奴も悩みの種なのだ。どうしてこう、光極天というのは、問題ばかりを持ち込むのだろうか。


「カルメンさんも口説かれたの?」


 胡蝶蘭の問いに、カルメンさんはニヤリと口角を上げた。


「あの馬鹿も、さすがに私は口説けんでしょう。傭兵時代、敵側に居た彼奴の腹に、9ミリ弾を撃ち込んでやったのが、トラウマになっている筈ですからね。」


 あんたら、どんな過去があるのよ……。

 胡蝶蘭は頭を抱え、再び、深い深い溜息を吐いた。




 その日は、和臣達の学校は、試験休み明けで終業式前の最後の登校日だった。


『誘うなら、今日か明日しかない。』


 和臣は夏休み中の花火大会に宮路さんを誘うべく、無駄な決心をしていた。

 うまい具合に、紅葉は今日の日直なのだ。しかも、日直は昼休みに職員室に来るように言われていた。


 チャンス到来。

 和臣が紅葉の動向を伺っていると、今まさに、相棒の男子生徒が嬉しさを満面に湛えて、紅葉を職員室に(いざな)っているところだった。


『ああ、あいつも所謂、紅葉ファンなのだろうな……。』


 と、気の毒な人を見る目で見ていた。

 まさか、自分の想い人が、百合で、性格破綻者で、戦闘狂とは思うまい。


「絵島さんが心配?」


 紅葉が教室を出て行くと、宮路さんの方から声をかけて来た。

 何という僥倖。チャンス、チャンス、チャーンス!!

 飛び上がらんばかりの内心の嬉しさを隠しつつ、和臣は宮路さんに向き直った。


「心配だよ。」


 そう言うと、宮路さんは悲しげに目を伏せた。


「あまり早く帰って来られると、君を誘う余裕が無くなってしまうからね。」

「えっ……、それって、どういう意味……?」

「んっ……。花火大会に誘おうと思ってたんだ。どうかな? 宮路さん。」


 途端に今度は目を輝かせる宮路さん。


 わかりやすいな〜。わかりやすくて可愛いな〜。ちくしょう、やっぱり宮路さんだぜ。


 和臣は浮かれまくり、宮路さんは返事をしようと、その可憐な唇を開きかけた。

 その時。


「おおい。和臣!! 滅茶苦茶綺麗な女性(ひと)が、お前を訪ねて来ているぞ。誰だよ。誰だよ、あれ。紹介してくれよ。」


 悪友の安田君が、正気を失った様子で、和臣の背中をバンバン叩いた。

 安田君だけではない。クラス中の男子は騒然となり、女子も口を半開きにして、自分達の教室に入って来たその子を見詰めていた。


「リリス?!」

「ああ、和臣ちゃん。居たのね。良かったわ。」


 リリスがニッコリ微笑むと、うぎゃあああああ、などという悲鳴の様な歓声が上がった。


「紹介しろ。紹介しろぉぉぉ、和臣ぃぃ。ズルいぞ、お前ばっかり。」


 安田君が言うと「俺も。」「私も。」と、男女関係なく群がって来た。


 何なんだ? この狂騒状態は?


 訝しく思いながらも「中等部の……。」と和臣が紹介を始めたら、再びどよめきが起こった。


「中学生? 嘘だろ? 色っぽ過ぎるだろう。」

「そういえば中等部の制服だわ。きゃー、大人っぽいぃぃぃ!」


 その後は、皆がリリスを囲んで、勝手に彼女から話を聞きだした。


「リリスちゃんっていうんだ? 美し〜。」

「えっ、まだ一年生なの? 嘘だぁ。」


 などと、和臣などそっちのけである。


 まあ、それはそれで好都合か。

 と、和臣は思い直した。今のうちに宮路さんを誘わねば。


「ごめんなさいね。私、和臣ちゃんに用があって……。」


 折角やる気を出したのに、リリスは皆の輪を抜けて、和臣に近付いて来た。何故か当然の様に、クラスメート達もリリスに付いてやって来る。やがて、和臣、リリス、宮路さんを、クラス中の人間がグルリと囲む構図になった。


 こんな状況では花火大会に誘うどころではない。宮路さんも、返事をしかねて、口を閉じてしまった。


「和臣ちゃん、花火大会のお誘いに来たのよ。」


 何?! なんと間の悪い。

 いや、これは試練だ。この誘惑を跳ね除けてこそ、楽しい宮路さんとの花火デートが……。


「其方の、和臣ちゃんのお友達の方も、一緒にどうかしら?」


 そう来たか!

 リリスは宮路さんにも話を振ったのだ。


 ニッコリとリリスに微笑まれた宮路さんは、つられる感じで、コクリと頷いてしまった。


 それはないよ、宮路さん。

 和臣は悲しみに打ち拉がれた。二人きりの楽しいデートが。一夏のアバンチュールが……。


「じゃあ、詳細はまた連絡するわね。」


 教室を出て行くリリスの後姿を見ながら、ハッと我に返った和臣は、慌てて彼女を追って廊下に出た。


「お前〜、何でわざわざ教室まで来て……。」

「紅葉ちゃんに頼まれたのよ。今日のお昼休みに、直接和臣ちゃんに言ってくれって。」


 何だと〜。紅葉めぇぇぇ。全部お見通しかぁぁぁ。


「クラウドフォートレスでの借りを返してくれ、って言われたら断れないでしょ? その代わりに、和臣ちゃんの意中の彼女も誘って上げたんだから勘弁して。」


 こいつもお見通しかぁぁぁ。

 転がされてる。女達に転がされている。


 上目遣いに、悪戯っぽく笑いかけて来るリリスを見ながら、和臣は頭を抱えていた。







青春の象徴ですね、花火大会デート。

気がついたら、いつの間にかオジさんになってましたが、一体いつ青春は終わってしまったんでしょうね。

高校二年生の時の秋の夕暮れか、三年生の時の初夏の陽射しの中でか……。

一つだけ言えるのは、私には花火大会デートなどという青春イベントは無かったという事ですね。

私に無いのだから、もちろん和臣君にも無いのですよ。ふふふ。

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