表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/303

襲撃! 稲妻ネズミ

 はああ〜、大きな溜息が洞窟内に木霊した。

 線路内は完全に洞窟になっていた。外から列車をみたら、やっぱり乗り合い馬車が六台繋がっている、不思議な乗り物になっていた。前の世界に無い物は既存の物で代用し、無理矢理辻褄を合わせているみたいだ。


「何よ。重いの? 変わって上げようか?」


 ランプを持って先頭を歩いていた紅葉が、プリ様を背負っている和臣を振り返った。


「逆だよ。軽過ぎて泣けて来るんだよ。トールは身長2メートル、体重100キロの大男だったんだぞ。それなのに、こいつときたらトールの右腕の力瘤位の重さしかないんだから……。」

「仕方ないでしょ。私だって、あんただって、変わってしまったのだから。」


 前世を思い出したからといって、今までの現世での人生が御破算になる訳ではない。アイデンティティーとしては紅葉であり、和臣なのだ。


「しかしな、こいつにだって自分がトールであった記憶はあるのだろう? 何だってこんな幼児そのものって振る舞いなんだ?」

「じ、実際、幼児……ハァハァ、なんだ……から、仕方……ないじゃ……ないですか。」

「そうよ。何言ってんの、あんた。馬鹿じゃないの?」


 昴と紅葉から集中砲火を喰らった和臣はシュンとなった。


「私とあんたはさ、性別も一致しているし、歳だってそんなに懸け離れてはいないけど、プリは全然違うじゃない。自分の頭の中の記憶に戸惑っているかもしれないよ。」


 そう言われると、自分の背中で眠っているプリ様が何だか不憫に思えて来る和臣であった。


「言葉遣いもさ、言いたい事はもっとあるのに、頭に詰まっている語彙が少なくて、上手く文章が組み立てられないんじゃないかな。」

「まあ、た、足りない……ハァハァ、部分は、ふぅ〜、私が補って……いますけどね。」


 昴が保護者然とした顔で言った。


「あんた、なんでそんなに息を弾ませているのよ。まだ歩き始めたばかりじゃない。」

「ううっ、私だって……ハァハァ、子供だもん。そんなに、ハッ、体力ないですよ。」

「体力もない。持久力もない。どうせ運動神経もないんでしょ? あんたって、本当にエロイーズの生まれ変わりだわ。」


 言いながら紅葉は、目の端に動く物の姿を捉えて、足を止めた。


「何かいるわよ。」

「わかっている。小さいが、数が多い。」

「え〜、何が居るんですか? 全然見えないよぉ。」


 バカ、大声を出すな。二人が思った時には既に遅く、暗闇で青白い光が走ったと思ったら、昴は感電し、失神していた。

 和臣はプリ様を背負ったまま、紅葉は人事不省に陥っている昴を引っ張り、ニール君の籠を持って、大きな岩の陰に隠れた。


「稲妻ネズミだな。」

「そうか、当然動物も前世の物と入れ替わっているんだ。地下鉄構内にはドブネズミがいっぱい居るものね。」

「昴は大丈夫か?」

「普通の人間なら死にはしないけど、エロイーズは普通の人間より弱かったからなぁ。」


 そんな会話をしている間にも、暗闇から稲妻が飛んで来ている。岩が防いでくれているが、囲まれてしまった。


「念の為、ヒーリングかけとくか。」


 紅葉は昴の心臓の辺りに右手を当てて「癒しの月光」という光を出した。昴は一言「うきゃん。」と悲鳴を上げて、また気絶した。


「おい! トドメ刺したんじゃないだろうな。」

「いや、いや、大丈夫。息しているし、脈あるし。」


 囲みはジリジリと狭められていたが、攻撃は止んでいた。その内、一際大きなネズミが一匹群の中から出て来た。


「チュー、チュチュ、チュチュー、チュウ。チュチュッ、チュウ、チュッチュチュチュー。」

「何か言っているわね。」

「ネズミ語なんかわかるか。」

「『男の背負っている美味そうな子供を寄越せ。そうすれば、お前達は見逃してやろう。』そう言ってます。あれ、私何でネズミさんの言葉がわかるんだろう。」


 気が付いた昴が起き上がり様に言った。


「魔族だからよ。とうとう本性を現したわね。」

「ち、違いますぅ。何でわかったのか本当に……。」


 昴は頭を抱えて、黙り込んだ。

 次の瞬間、催促するように稲妻が岩に直撃した。


「ふざけんな。こうなったら突っ込んで行って、一匹一匹潰してやる。」

「それをやったら囲みを解いて、こっちを個別に襲って来るでしょうね。私達は良いとして、この足手まといをどうするの?」


 指差された昴は真っ青になったが「プププ、プリ様の為でしたら、わわわ、私が犠牲に……。」と、震えながらも健気に言った。

 ちょうどその時、プリ様が目を覚ました。伸びをして、口に手を当てながら欠伸をした。それから周りを見回し、昴と目が合うとニッと笑った。


「ああ、プリ様ぁ。昴は決して貴女をネズミさんの餌になんかさせません。」


 感極まった昴はプリ様に抱き付き、頬擦りをした。

 その台詞と行動で、プリ様は大体の事情を察したのか、暗闇の中を凝視し、無数の光る目を睨んだ。


「ねずみしゃん!」


 先程の大きなネズミを見付けると、止める間もなく、岩陰から飛び出した。

 ……、どうやら事情は察してなかったみたいだ。


「ねずみしゃ~ん」

「ダメです、プリ様。それ、ただのネズミさんじゃないんです。」


 追い掛けて飛び出した昴目掛けて稲妻が走った。昴は身動きも出来ず、目を見開いた。

 だが、それは昴の頭上で自然消滅した。その後、一斉に周りから稲妻が放たれたが、和臣にも、紅葉にも、昴にも、誰にも攻撃は当たらなかった。全て中空で消えたのだ。

 全員が不思議に思っている間に、プリ様はもう大ネズミの前まで来ていた。その後ろから、怖々と昴も近付いた。


「すばゆぅ、ねずみしゃん、おごはんあげて。」

「えっ、ああ、そうですね。」


 昴は鞄から先程のクッキーを取り出した。


「はい、ねずみしゃん。」

「チュッ……、チュチュ、チュチュチュー、チュッチュチュチュー。」


 大ネズミはクッキーを受け取り、さかんに鳴いていた。


「何よ。クッキーで手を打ったの?」


 昴に遅れて、プリ様と大ネズミの所に、紅葉と和臣も来ていた。


「プリ様はオムスビコロリンのお話が大好きで、地下鉄のホームで線路内にいるネズミさんを見付けると、必ずオヤツを分けてお上げになるのです。」

「止めろ! 害獣を餌付けするな。地下鉄の職員さん達が迷惑するだろ。」


 和臣が思わず突っ込んだ。


「で、ネズミは何て言ってるの?」

「我々を……いつでも踏み潰せる力をお持ちなのに、先程までの無礼を許して下さるとは。」

「チュチュー、チュッチュチュ……、チュッチチチュー、チュチュチュチュー。」

「おまけに食べ物まで恵んで下さる……、なんて心の広いお嬢さんなんだ。」

「チュッチュッチチチ、チューチッチッ。チュチュチュチュッ、チュチュー。」

「こうなったら俺ら全員お嬢さんの手下になりやすぜ。姐さんと呼ばせて貰いやしょう。」


 本当かよ、と昴の翻訳を聞きながら、和臣と紅葉は思った。

 褒められたプリ様は気を良くして「ほうびをとやす。」と言いながら、更に二枚のクッキーを追加した。周りを囲んでいた稲妻ネズミ達は皆平伏した。


「かっかっかっ、しゅけしゃん、かくしゃん、いきましゅよ。」

「誰が助さんよ。」

「俺が格さんか?」

「プリ様~、私は? 昴は何ですか?」


 昴が拗ねた。プリ様は彼女の顔を見上げ、ちょっと考えた。


「はちべえ。」

「うわぁ、私は八兵衛さんですか。」


 感激した昴が、キスを嵐のように顔面に降らせたので、プリ様は少し閉口した。残りの二人は『八兵衛で良いのかよ。』と思っていた。


 四人はネズミ達に見送られながら、再び銀座駅へと向かった。



皆さんご存知の通り、ネズミ語は種族や生活圏によって細分化されている、非常に習得が難しい言語です。今回はその中でも比較的平易で、メジャーな方言でもある日本ドブネズミ語(関東圏)を使用させていただきました。

ネズミ語に堪能な方は「魔族のネズミが何で日本ドブネズミ語を話すのだ。」と違和感を感じているかもしれませんが、さすがに魔族ネズミ語は知識の範疇ではなかったので、精一杯のリアリティを演出するべく、日本ドブネズミ語(関東圏)で代用させていただきました。

また言語監修に携わってくれた京橋駅在住のドブネズミ、チュー吉君には、この場を借りてお礼を言わせていただきます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ