たすけたいだけなの! まもりたいだけなの!!
どこで歯車が狂ってしまったんだろう。
ベトールは考えていた。
六花の一葉を貰った時、嬉しくて堪らなかった。世界の誰よりも強くなった実感があった。
強ければ何でも手に入れられる。大好きな舞姫も……。
そして実際、彼女は舞姫を我が物とした。
痛い目に合わせるのは、少し可哀想だったが、家畜にしてしまえば、もう手元から離れる事もない。
いつも一緒に居てくれるのだ。あの人気者の舞姫が。
夢の様だった。
オクの言う仕事、東京の一部を異世界にさえしてしまえば、其処で舞姫と二人で楽しく暮らせるのだ。
そこまでは順風満帆であった。
だが、そのささやかな夢を邪魔する奴等、プリとその一味が現れたのだ。
頭目のプリに至っては「僧侶プリプリキューティ」がシリーズ至高の一作とかぬかす変態だ。
彼女の存在はベトールの許容範囲を超えていた。
更に、プリの仲間のリリスとかいう女に、舞姫は心を奪われているらしい。
許せなかった。
舞姫は自分だけ見ていれば良いのだ。自分だけ見ていて欲しいのだ。
この女だって、どうせただの人間だ。鞭で痛い思いをさせてやれば、這い蹲って許しを請うに決まっている。その惨めな姿を目の当たりにしたら、舞姫の熱も下がるに違いない。ついでにプリ達にも恐怖心を与えられれば一石二鳥だ。
そう思って執り行った公開処刑なのに、女は頑として屈せず、プリは蝶の様な羽を生やして、遂にクラウドフォートレスに攻め込んで来た。
何なのだ、こいつ等は。自分はただ舞姫と静かに暮らしたいだけなのに、何故邪魔をするのだ。
許せない。許せない……。
「ゆるさないのは、こっちの ほうだ、ぷり。ななだいてんしが さんにんもいる このふねに、のこのこ ひとりで やってきやがって。」
それを聞いたオクが「あのぉ……。」と手を挙げた。
「わたしと おふぃえるちゃんは あたまかずに いれないでね。これは あなたの にんむ なんだから。」
「なに? なかまだろ。」
「くらうどふぉーとれすや いかろすのつばさの ていきょうは おしまないけど、たたかうのは あなたの しごとよ。そういう るーるでしょ。」
あまりにも突き放した言葉に、明らかにベトールはショックを受けた顔をしていた。
「おまえら、ふざけゆな なの。なかまを みすてゆきか なの。」
愕然としているベトールに代わって、プリ様が声を上げた。
「なんで おこるの? あなたには つごうが いいじゃない。」
甲板の一段高い所から、見下ろしながら話しているオクに、プリ様は怒りを剥き出しにした。
「つごうとか しらないの。ぷりは きらいなの。なかまを だいじに しないのは。」
今にもオクに飛びかかりそうなプリ様に、ベトールが「まて。」と言った。
「おまえの あいては おれだ。」
それからオクの方を向いた。
「ぷりを たおし、いせかいかを はたしたら、すきに させてもらうぞ。」
「すきに?」
「おれには まいきが いればいい。まいきと ふたりで どこかで くらす。」
その言葉にオクは溜息を吐いた。
「どしがたいわね、べとーるちゃん。まいきちゃんが すきで あなたと いると おもうの。ねえ? まいきちゃん。」
問い掛けられて、舞姫は動揺した。
操の暴走の原因が自分にあるのなら、安易に同情を示せば、ますます彼女は周りの人を傷付けていくのではないか。リリスにした様に。
そう考えて、舞姫は答えられず、目を伏せた。ベトールは、それを肯定の意にとった。
結局、自分はこの世界に一人なのだ。
それを悟った時、込み上げてくるのは、涙ではなく乾いた笑いだった。
「あは……あっははははは。わかった、もういい。おまえら、まいきを はなしてやれ。」
舞姫を押さえ付けていたゴブリン二匹に命令した。
「ほかの やつらも でてこい。そうりょくせんだ。」
船倉や機関室から、大勢の魔物がワラワラと湧いて出た。
「ぷりを ちまつりに あげ、くもがくれとうの やつらを じゅうりんする。おれは おれの おうこくを つくる。」
「待って、操ちゃん。私は……。」
「おれは べとーるだ。くりゅうみさお などという よわよわしい そんざいじゃあない。」
全てを拒絶する、悲痛な叫びだった。
「いけ、ものども。」
ベトールが指令を発するのと同時に、クラウドフォートレスに大きな衝撃が加えられた。
「なにごとだ?」
クラウドフォートレスは地面から隆起して来た巨大な氷の塊に、ガッチリと船体を固められていた。
「くっくっくっ、もう逃さないわよ。」
「プリ、リリス、大丈夫か?」
紅葉の作った大氷塊を伝って、紅葉と和臣も乗り込んで来た。彼等はプリ様とリリスの元に駆け寄り、二人を庇う様に立った。
「リリスは俺達に任せろ。」
「そうよ。あんたは敵の首魁を仕留めなさい。」
「おう! なの。」
プリ様は小さなお身体を利して、魔物達の間をすり抜け、ベトールへと一直線に向かって行った。
そのベトールは一軍の将の貫禄をもって、オークやゴブリンを倒しながら此方に来るプリ様を待ち構えていたが、ふと背後に人の気配を感じて振り返った。
「なんだ、おふぃえるか。かせいは しないのだろう?」
「あなた せんようの いかろすのつばさを おもちしましたわ。つけて さしあげます。」
なるほど、これが此奴の精一杯の友情というわけか……。
「すまんな。」
「いーえ、ごぞんぶんに おたたかい くださいませ。」
翼を付け終えたオフィエルが、オクの元に戻るのと入れ違いに、プリ様が駆け込んで来た。
「しょうぶなの! べとーゆ!!」
「ふん、ついてこい、ぷり。」
イカロスの翼を羽ばたかせて、一気に雲の上にまで上昇するベトール。プリ様も、メギンギョルズの羽を美しく発光させながら、駆け上って行った。
「くらえ!」
「!」
ベトールは初手で葬ってやろうと、上昇しながら溜めていた雷のエネルギーを、全開でプリ様に対して放出した。
それは、島が一つ吹き飛ぶ程の威力で、今迄のプリ様なら、確かにキャンセル出来ない勢いであった。
だが……。
「みょぉぉゆにぃぃゆぅぅぅ!!」
ミョルニルを前面に突き出し、魔法の障壁を作って防いでいた。
「まあ、すごい。しょうへきが ひかって かしか できるなんて。おそろしい まほうりょく。まるで ばけものね。」
暢気に呟くオクの隣で、オフィエルは慄然として、見詰めていた。ここでベトールが敗北すれば、いずれは自分も、あの化物と刃を交える日が来るのだ。
彼女は握り締めた自分の掌が汗ばむのを感じた。
ベトールも此処は引けないとわかっていた。持てる力の全部を総動員して、押し切らなければならない。彼女もまた、掌中のケラウノスを、グッと前に突き出した。
こうなれば、力尽きた方が負けだ。
稲妻は四方八方に飛び散り、海面に首をだした首長竜や、クラーケンに落雷し、一瞬で黒焦げにしていった。
周りの海は大型の魔物の死体が累々。正に地獄絵図だ。
その内ベトールは、ミョルニルの先端が、徐々に自分に近付いて来ているのを感じた。なんという事だ。これだけ死力を振り絞っているというのに、プリ様の足止めすら出来ていないのだ。
「なぜだ? なぜ、おまえは そこまでして、おれの じゃまが したいのだ。」
「おまえの じゃまを してるんじゃないの。」
「なにぃ?」
「たすけたい だけなの。まもりたい だけなの。しまの ひとたちを。ななちゃんや、なつこおばさんを。」
ヤールングレイプルに覆われたプリ様の右腕に更に力が篭った。
「みんな しんじゃうの。ぷりが まけたら。」
プリ様が背中に背負っているもの。それは、この世界の全て。決して下ろせない重荷。
その思いに押されるかの如く、ミョルニルはグイグイとベトールに迫った。
「おわりなの、べとーゆ!!」
ミョルニルが触れると、ケラウノスは粉々に四散した。
咄嗟に後退するベトールを追って、ミョルニルをもう一閃、横に振った。その衝撃波でイカロスの翼が折れて、ベトールは錐揉み状態で落下し始めた。
「べとーゆ。」
プリ様が手を差し出すよりも先に、ケラウノスの欠けらが彼女を守る様に周囲に集まった。
ベトールは欠けらの発する光に包まれながら、ゆっくりと落ちて行った。
気が付いたらベトール編が一番長くなってました。
ベトールはあまり好かれるキャラクターではないと思うのですが、乾きを癒そうとして周りの人を傷付けていくのは、どんな人間でもやりがちな行動だと思うのです。
昔、不良グループの抗争で、ボロボロになって教会の前に倒れていた時に、温かいスープを与えてくれながら、神父様がして下さった説教、それを思い起こしながら執筆しています。
まあ、そんな過去は私にはないのですが。




