私の使命、私の責任。
検査着に着替えて、一通りの健診を終えた舞姫が次に連れていかれたのは、窓の無い六畳程の部屋だった。
中央にベッドがあり、電気照明の代わりに、四方の壁にグルリと蝋燭が灯されていた。
「検査着を脱いで、あのベッドに寝て。」
「は、裸になるんですか?!」
リリスの言葉に、思わず声を上げた。
「下着は着けてても良いわよ。」
でも、こんな密室で、二人きり。下着一枚でベッドに寝ろだなんて、意味深だわ。
『け、検査とかいって、もしかしてリリスさん私の事を……。』
ドキドキしながら、舞姫は検査着を脱いだ。
「や、優しくして下さいね……。」
「? まあ、痛くはないから安心して。」
横になると、魔女の様なお婆さんを先頭に、十人くらいの女の人達が入って来て、ベッドの周りを囲った。皆フード付きのローブを羽織っていて、顔が良く見えなかった。
「ななな、何が始まるんですか。」
「身体に胡乱な呪法を仕掛けられてないか調べるの。ちょっと我慢してね。」
呪法……って何?
とか考えているうちに香が焚かれた。その煙に包まれているうちに段々と意識が朦朧として来た。
聞き慣れない呪文が辺りを埋め尽くし、女の人達の手が伸びて来たところで意識が途絶えた。
宿泊施設の自室でお昼寝をしていたプリ様は、目覚めた瞬間昴に捕まり、膝の上に乗っけられて、背中から抱き付かれていた。
他人の目が無ければ、プリ様も大人しく抱かれていた。
「すばゆしゃんは ほんとうに あまえんぼう でちゅね。」
「だぁって、眠っているプリ様を見ながら、楽しみにしてたんですもん。起きたら、愛情込めて、いーっぱい抱いて上げようって。」
などと言っていると、ノックと同時にドアが開いて、リリスがズカズカと入って来た。
「あー疲れた。ちょっとプリちゃん貸してくれる?」
「ダメです。ダメですぅ。今、愛情の注入中なんですぅ。」
と昴は抗ったが、当のプリ様はトコトコとリリスの所に歩いて行って、ちょんと膝に腰を下ろした。そのプリ様をリリスはギュッ〜と抱き締めた。
「ああっ、やっぱりプリちゃんの抱き心地が一番だわぁ。」
「もう、りりすってば。ぷりは だきまくら じゃないの。」
二人は顔を見合わせて、キャッキャ、ウフフと笑い合っていた。
「ああ、プリ様ぁ。昴愛情エネルギーの補充が途中ですよ。百二十パーセント補充しないとプリ様砲が撃てないですよ。」
プリ様砲って何だよ。
二人は心中で突っ込んだ。
そこでまたノックがされた。昴が応対に出たら、オババ様が入って来た。
「おうおう、御三家の嬢ちゃま方が一堂に……。これは、ちょ〜ど良いわい。」
「オババ様、何かわかったのですか?」
リリスが身を乗り出して聞いた。
「まっ〜たく、何にもにゃあわい。」
「全く、何にも無かったのですか?」
「おお〜よ。にゃあわい。」
「そんな筈ないでしょ。オクよ。あのオクよ。こまっしゃくれて、小憎たらしい、あのクソガキが善意で舞姫ちゃんを逃がすなんて、あるわけないわ。」
「り、りりす。くゆしいの。」
興奮したリリスは、プリ様を力一杯抱き締めていた。
「そお〜言うてもの。にゃあもんは、にゃあわい。ただの……。」
そこでオババ様は首を捻った。
「確かにのぉ〜。いつもと、なんか違わぁい。なんかのぉ、あの娘……。」
プリ様達はオババ様の話に聞き入って、ゴクリと唾を飲んだ。舞姫ちゃんに何があるというのか?
「あの娘……、乳が小さいのぉ〜。」
「……まだ小学生ですからね。」
あっ、リリスが苛々している。
プリ様と昴は冷や汗をかいた。
「むちゃくちゃ いわれて いるわぁ。」
ベッドに寝転がって瞑想をしていたオクは、上半身をユックリ起こしながら、ポツリと呟いた。もう辺りは薄暗くなって来ていた。
「おふぃえるちゃん、ずっと みてたの?」
ベッドの横で、オフィエルが椅子に腰掛けていた。
「はいぃぃぃ。ちょっと きゅうけいに もどったら、おくさまが めいそうちゅう だったので、ずっーと みまもってましたわ。」
成る程、そんな調子ではクラウドフォートレスの修理が進まないわけだわ。
オクは溜息を吐いた。
私が魅力的過ぎるのがいけないのね。
「べとーるちゃんに おこられちゃうわよ。」
「だいじょうぶですの。あのかたは まいきさんに つきっきり ですから。」
オフィエルが言い終わるよりも先にドアが開いて、ベトールが突撃して来た。
「おい、おく。まいきは いつ めざめるんだ。」
舞姫はケーリュケーオンによって、オクから深い眠りを与えられていた。
「こころの きずが いえるまでよ。だれかさんに ひどいこと いわれた きずがね。」
そう言われると、ベトールも黙るしかなかった。
彼女はトボトボと寝室に戻り、ベッドで眠り続ける舞姫の傍らに座った。
『おれが わるかった。まいき、はやく めざめて……。』
ベトールは舞姫の上にうつ伏せになり、その胸に頬ずりをした。
翌日、朝御飯が終わると、皆は管理センターのミーティング室に集合した。全員が会議用テーブルを囲んで座り、プリ様は昴の膝の上に乗っかっていた。
「どうして まいきしゃんも いゆの?」
パーティ内の話合いだと思っていたプリ様は、リリスに尋ねた。他の三人もそれに頷いた。
「昨日、寝る前に舞姫ちゃんに説明したの。今、何が起こっているのかとか、幼女神聖同盟の事とか……。」
リリスの言葉を次いで、舞姫も語り始めた。
「吃驚しました。とても信じられなかったけど、私の見聞きした事実を鑑みても、納得するしかありませんでした。」
それでね……、と少し言い辛そうに、リリスがチラリとプリ様を見た。
「舞姫ちゃんがベトールを説得したいと言うの。だから、今夜、私がこっそりクラウドフォートレスに忍び込んで、ベトールと接触してみようと……。」
「だめなの。」
リリスが言い終わる前に、プリ様がキッパリと申し渡した。
「でもプリちゃん、ベトールは恐らく、舞姫ちゃんが此処に居ると知れば、心を動かすと思うの。危なくなったら、すぐに逃げるし。」
それには自信があった。逃げるだけに専念するなら、壁でも床でもぶち破って外に出てしまえば良いのだ。
それでもプリ様は腕組みをして渋い顔をしていた。
「私もプリに賛成かな。平和的な解決なんて望んでないし。」
この戦闘狂め。
紅葉の発言に、プリ様、リリス、和臣が思った。
「プリちゃん、私も敵に情けをかけるような性格ではないわ。でも、この現在の事態を終息させなければいけないという思いはあるのよ。」
リリスは真っ直ぐにプリ様を見据えた。
「私達御三家の人間には、この国の民を守る使命がある。責任がある。魔物に置き換えられている島の人達を救わなければならないの。」
熱のこもった言葉に、プリ様もグッと気圧された。
「無辜の民の犠牲を防げるなら、どんなに少ない可能性にも賭ける。どんな危険にだって飛び込むわ。」
リリスの覚悟に、皆は静まり返った。
「あんたが居なくなる事によって、戦力が落ちるのもリスクなんだけど……。」
呟いた紅葉に目を向けた。
「あらあら、前世の力に目覚めても、やっぱり私が居ないと不安なのかしら、紅葉ちゃんは。」
「ばっ……か、何言ってんの。」
口では何と言っても、紅葉がリリスの心配をしているのは、皆感じていた。
「わかったの……。りりすの いいたいことは わかったの。それでも、ぷりは はんたいなの。いって ほしくないの。りりすが いないと やなの。」
トールは勝利の為なら非情になれる男だった。もし、此処に居るのが彼だったら、リリスを送り出すのに躊躇しなかっただろう。
だけど、彼も心の中では涙していた筈だ。仲間への愛情は海よりも深い男だったからだ。
泣きじゃくるプリ様の姿は、クレオの愛した男の心の形なのだ。
「だ、大丈夫よ、プリちゃん。必ず帰って来るから。私が嘘を吐いた事があった?」
いや、お前嘘吐きだろう。
和臣と紅葉が思った。
そしてそれは当たっていた。進退窮まった時はクラウドフォートレスを道連れにしてやろうと、魔法力を注ぎ込んだ分だけ、強力な爆発を起こす御札を、リリスは持って行くつもりだったからだ。
「陽が落ちたら、夜陰に紛れて行動を開始するわ。」
リリスが話を締め括った。
運命の時は近付いていた。
長かったベトール編も、そろそろクライマックスに差し掛かってきました。
基本、全編通して読むと、スッキリ爽やかな読後感になるよう心掛けてますので、安心してお読み下さい。
もちろん、プリ様は最強です。




