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この分割線こそが男のロマン

 食事を終えて、暫く四人はお喋りをしていた。


「ところで昴さんってメイドなんですか?」


 しごくもっともな舞姫の疑問であった。自分と同い年くらいの子供がメイドをしているとは思い難い。


「メイドというか……、私はプリ様のど……。」


 奴隷と言いかけた昴の口を、リリスが慌てて押さえた。


「あらあら、昴ちゃんってば。お世話係。そう、お世話係でしょ? プリちゃんの。」


 その様子を見ていたプリ様は、また腕を組んで考えた。


『これも きっと、おとなの はいりょ なの。おとなは よく わかんないの。』


 小ちゃなプリ様の頭の中は疑問符でいっぱいだった。


「失礼しました。私はプリ様の奥さんなので、お世話をする為に、この格好なのです。」


 しまった。防ぎ切れなかった。

 リリス痛恨のミスであった。もう大丈夫だろうと手を離した隙に、チョロっと昴が胡乱な挨拶をしてしまったのだ。

 案の定、舞姫は目を見開いて、驚きを隠せないでいた。


「えっと……。婚約者とか……? でもプリちゃん女の子ですよね……?」

「き、気にしなくて良いのよ。昴ちゃんは……その、ちょっと頭の病気で……。」


 言ってしまった。

 プリ様はそう思った。


「酷い、リリス様。奴隷がダメなら、せめて妻の座を……。」

「奴隷?!」

「いや、違うのよ。本当に気にしないで。そうだ、プリちゃん。舞姫ちゃんにジュースを持って来て上げて。」


 プリ様が移動すれば、当然、昴もついて行く。リリス、頭脳の勝利であった。


「えーと。ところでね、舞姫ちゃん。辛いかもしれないけれど、貴女に確認して欲しい事があるの。」


 リリスは、未だプリ様達を訝しげに視線で追っている舞姫に、声を掛けた。


「この四枚の写真に見覚えのある子はいる?」


 それは行方不明になっている子供達の写真だった。


 今のところ、七大天使で身元が確定しているのは笠間晶のみ。その晶も、あまりにも表情や顔付きが変わっていて、アラトロンを見知っていたリリスでさえ、最初は晶の写真を見ても同一人物とは気付かなかった。


 残り四人の中に、オフィエルが居るのもほぼ確実だったが、やはり写真を見ただけではわからなかった。

 一度じっくり子供達の家族と面談して、性格や人となりを聞き出す必要がある。と、リリスは考えていた。


 ただ、舞姫の話を聞く限り、ベトールは舞姫の顔見知りである可能性が高かった。だから、写真を見せれば、見当が付くかもしれないと思ったのだ。


 そしてリリスの読み通り、一枚の写真を手に取った舞姫に動揺が走った。


「み……さおちゃん……。栗生操ちゃんだわ。」


 リリスは舞姫の手から写真を取り上げた。裏に書いてある名前を確認する。「栗生操」ビンゴ。


「施設に預けられていた子ね……。」


 警察から貰った資料を思い出しながら呟いた。


「操ちゃん、施設に居たんですか?」


 吃驚した舞姫が声を上げた。


「お父さんが亡くなって、身寄りが一人も居なかったらしいわ。」

「あああ、そんな。そんな……。」


 舞姫はボロボロと涙を零した。


「恨んでいたんだ。あの子、私達を恨んでいたんだ……。」

「どういう事?」

「く、栗生さんは……お父さんのライバルで……試合の時事故があって……。」


 担架で運ばれる父に、泣きながらついて行く操の姿を思い出していた。


「お父さんの試合に行った時、操ちゃんも来てて、よく遊んで上げてたんです。」


 舞姫も昌達さんも気にはしていた。だが、その時の怪我が元で亡くなっているとは夢にも思っていなかった。


「憎んで当然です……。だから、お父さんを叩きのめして、私も虐めようと……。」


 舞姫の話を聞きながら、リリスは考えていた。


「憎んでいたなら、お父さんは殺されていたし、舞姫ちゃんも同じ目に合わされていたんじゃないかしら。」


 最初は七大天使が腕試しに高名な空手家に目を付けていたのだと思っていた。でも、そうじゃない。ベトールの狙いは最初から舞姫だったのではないか。


 舞姫が欲しかったのでは?


「わ……たし、逃げて来ちゃった……。」


 舞姫も同じ思いだったのか、ポツンと言葉を漏らした。


「まいきしゃん、どしたの? いたいの? かなしいの?」


 いつの間に戻っていたのか、プリ様が舞姫のスカートを掴み、顔を見上げていた。


「プリ……ちゃん……。私、どうしたら……。」


 舞姫はプリ様に抱き付いて泣いた。

 見ていた昴が慌てて奪い返そうとしたが、ガッチリとリリスに羽交い締めにされて、阻止された。


「少し、プリちゃん貸して上げてて。ね、良い子だから。」

「でも、でもぉ。私の、私のプリ様が〜。」


 喚く昴の横で、プリ様は小さなお手手をいっぱいに伸ばして、舞姫の背中を撫でて上げていた。


「つらいの? まいきしゃん。ぷりが だいてて あげゆからね。」

「ありがと……。プリちゃんは良い子だね。あいつもプリちゃんくらい良い子にしてれば、私だって……。」


 舞姫は零れる涙を拭おうともせず、プリ様に頬ずりをし、頭を撫でた。プリ様は詳しく事情がわからないながらも、持ち前の鷹揚さで舞姫を受け入れていて、リリスもそれを見守っていた。


 一人昴のみが「ああ、私のホッペなのに。」とか「私のお髪がぁ。」とか騒いでいて『おとなの はいりょが たりないの、すばゆ。』と、プリ様に思われていた。


 一頻り泣いた後、舞姫は照れた顔でプリ様に「ごめんね。」と謝った。


「いいの。いつでも だかせて あげゆの。ぷりで よければ。」


 プリ様が言うと、リリスが頷いた。


「ヘコんでいる時にプリちゃんを抱き締めると、何故か元気になるのよね。」

「りりすも いいよ。いつでも おいで。」

「まあ、プリちゃんったら。じゃあ、お言葉に甘えて……。」


 リリスがプリ様を抱擁しようとすると、いつもの運痴ぶりからは想像も出来ない素早さで、昴がプリ様を取り上げた。


「ダメです。ダメですぅ。プリ様を抱く時は、マネージャーの私を通さないとダメなんですぅ。」


 また肩書きが増えたわね。と、リリスは思った。


「ああ、ごめんなさい。お姉さんみたいな立場としては心配ですよね。小ちゃい子を勝手に抱き締めては……。」


 舞姫が謝った。プリ様と昴の関係が理解不能なので「お姉さんみたいな立場」という事で飲み込んだみたいだ。


「きにしなくて いいの。すばゆは やきもちやいてゆ だけなの。」

「酷い、プリ様ぁ。昴はいつもこんなにプリ様をお慕い申し上げているのに〜。」


 などと言いながら、昴はプリ様ラッシュを始めた。

 リリスは『あまり人前でやって欲しくないわね。』と思いながら、溜息を吐いた。


 その時、解析スタッフの一人が来て、リリスに何か耳打ちした。「えらく早いのね。」と呟きながら、リリスは立ち上がった。


「ちょっと失礼するわ。水着とパレオの解析で発見があったみたいなの。」


 そう三人に言い残して、足早に解析室に向かった。




「まず水着の素材なのですが、昭和四十年代によく使われていた物であると判明しました。」


 部屋に入ると、開口一番、科学解析班の主任が告げた。五十歳くらいの、痩せた白髪の男性だ。


 解析室は小さな手術室の様な作りになっていて、水着とパレオは部屋の中央にある大きな金属製の台に載せられていた。


「そんなに古い物には見えないけど……。」

「そこなんです。素材や縫製の仕方は間違いなく昭和四十年代の工業製品の特徴を持っていながら、物自体はつい最近作られた物なんです。」


 リリスの疑問に主任が答えた。


「確かに古めかしい感じのデザインね。見た事ないわ。」

「お若い天莉凜翠様はご存知ないでしょうな。これは一般に旧型スクール水着II型とマニアが呼称しているタイプですね。」


 マニアって何なの?


「まず特徴としてこの股間部分の水抜きの分割線、これが前面にしかないのがII型の特徴です。後ろにもあるのがI型です。お間違えのないように。」


 えっ、これって記憶しなければいけない知識なの?


「何故こんなものが必要かと申しますと、昔の素材は水を通しにくかったんですなあ。だが、この分割線こそが男のロマンとも言えましてな、現在のスクール水着は物足りないというか、なんというか……。」


 物足りないって何よ。


「あと此処ですな。このプリンセスラインと呼ばれる縫製線。II型の人気が高いのは、この線に寄るところが多くてですな……。」


 何で、この人、こんなに淀みなくスクール水着に関する薀蓄が出て来るのかしら。

 リリスは主任の説明を聞きながら、頭を抱えていた。





作中で、嬉々としてスクール水着について語る人物が出ていますが、決して私の趣味や心理状態が反映されたキャラではありません。

早とちりをして、通報などしないよう、お願いいたします。


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