おとなって むずかしいの
和臣と紅葉に保護された舞姫は、雲隠島の管理センターまで連れて来られた。
「舞姫ちゃん、無事だったのね。」
「天莉凜翠さん!」
二人はヒシと抱き合った。
「どうやって逃げて来たの?」
「オクっていう親切な子が……。」
オクが親切?
それは何か違うんじゃないかという警戒信号がリリスの中で鳴り響いた。
「もしかして、オクから何か貰ったりした?」
「このパレオに……、水着もオクちゃんの口添えで支給されたって聞いたから、これもかな?」
そこまで聞いたリリスの目の色が変わった。
「舞姫ちゃんに着替えを用意して上げて、脱いだ水着とパレオはスキャンした後、呪術的な施しがされてないか、徹底的に調べるのよ。」
そう言って、周りにいた職員にテキパキと指示を出していた。
そんなリリスを『凄いなぁ。やっぱり憧れちゃう。』と、ウットリ見詰めていた舞姫だったが、手を引かれているのを感じて下を向いた。
「まいきしゃん、こっちに くゆの。すばゆが きがえを かしてくれゆの。」
ベトールやオクと同じくらいの歳の子が、自分を見上げてニコニコと笑っていた。
「もしかして、貴女プリちゃん?」
「そうなの!」
プリ様は舞姫が自分を知っていたのを喜んだ。『ぷりも ゆうめいに なったの。』などと内心で鼻高々だった。
「君がベトールのライバルなのね……。」
見ればベトールより全然小さい。こんな子が、あの大人でも敵わないベトールよりも強いのか?
「べとーゆ! あいつ なにか いってた?」
「この前の戦いは引き分けとか……。」
「ふざけんな なの。ぷりの かちなの。」
プリ様は地団駄を踏んで、口惜しがった。
「すばゆ〜、ぷり かったよね〜?」
「勿論ですとも。プリ様は無敵です。お強くて、可愛らしくて、ああもう、プリ様ぁぁぁ。」
ドサクサに紛れて抱き付こうとする昴から、フイッと身体を躱した。
「酷い。どうして? プリ様ぁ。」
「あとで いくらでも だかせてあげゆの。いまは まいきしゃんと おはなし してゆの。」
「でもぉ……。」
「すばゆは おきがえを もってきてあげゆの。」
そう言われて「はぁぁい。」と不満げに返事をした。
「仲良いんだね。お姉さん?」
「すばゆ? すばゆはねぇ ぷりの ど……。」
奴隷と言いかけたプリ様の口を、リリスが慌てて塞いだ。
「お、お父さんも心配しているわ。舞姫ちゃん。」
そのリリスの言葉に、舞姫は激しく動揺した。
「お父さん……生きているんですか?」
「当たり前よ。私、お見舞いにも行ったわよ。」
突然、舞姫がボロボロと涙を零し、プリ様達は慌てた。
「どしたの、まいきしゃん。どこか いたいの?」
「ちがっ……。ベトールが……お父さん死んだって……言ってたから。」
「そんなの嘘よ。むしろ、怪我は大した事なかったのよ。手加減してたみたい。」
手加減されていたからこそ、中山昌達さんは落ち込んでいた。幼女に手心まで加えられて、勝てなかったからだ。
「どうして……。あいつ……、ベトールの奴、私を悲しませてばかり……。」
「逃げても帰る場所なんかないって、思い込ませようとしていたのかもね。」
リリスの言葉に、舞姫は軽く頭を振った。
多分、内心で思っていた事実を、自分がズバリ指摘したからだ。
「私が……、説教しようとしたから……。プリちゃんとの勝負、アンタは負けたんだよって……。そしたら、あの子口惜しがって……。」
それを聞いたプリ様の目が光った。
「べとーゆ、くやしがってたの?」
「うん、とっても。」
ふっふっふっ、そうかあ。口惜しがってたかぁ。
プリ様が悪い笑顔で、ニヤリと笑った。
『ああっ、プリ様が。プリ様が、またピカレスクモードになっている。でも、そんなプリ様も素敵。素敵過ぎる。』
プリ様〜!
堪え切れなくなった昴は、言い付けを破って抱き付いた。頬ずりをしたり、鼻の頭を舐めたり、やりたい放題であった。
「すばゆ……。おきがえは?」
「ご、ごめんなさい。悪のオーラを漂わせるプリ様が、あまりにも魅力的で、ついつい気が付いたら……。」
「す・ば・ゆ。」
プ、プリ様がお怒りになっている。
「でも、でもぉ。お着替えを取りに行ったら、十五分三十二秒はプリ様と離れ離れになってしまいます。そんなの耐えられません。」
涙ながらに訴える昴の様子に、プリ様は深い溜息を吐いた。
本当は舞姫ちゃんから、ベトールの口惜しがっていた様子をもっと聞きたかったが、仕方なく昴について行くのを承諾した。
「仲良しですねぇ。いいなぁ。」
兄弟の居ない舞姫は、羨ましそうに、手を繋いで出て行く昴とプリ様を見ていた。
「ベトールは裸にして豚小屋で飼っているとか言ってたけど、それも嘘ね?」
不意にリリスから質問されて、耳が真っ赤になった。
「か、か、家畜扱いは……されてました……。」
ベトールや魔物達からされた仕打ちを思い出すと、羞恥に身体中を掻き毟りたくなる衝動に駆られた。
そんな舞姫を、リリスは優しく抱き締めて上げた。
「恥じる必要はないわ。彼等は人間より遥かに強い力を持っている。逆らえなくて屈しても、恥なんかじゃない。」
「天……莉……凜翠……さん。」
舞姫もリリスに抱き付いて泣いた。その彼女の背中を柔らかく撫で回した。
「私は貴女を尊敬するわ。虐げられても、辱められても、それでもベトールを気遣ってやれる優しさを失わなかった。それこそが真の強さなのよ。」
「私が……強い……?」
リリスの言葉は、傷付いて血塗れになっていた舞姫の自尊心に、ゆっくりと染み込んでいった。それは何よりの癒しであった。
リリスもまた自身の言葉に気付かされていた。
どんな逆境にあっても折れない心。それこそが強さの真髄。
知っていた筈だったのに。クレオはちゃんとわかっていたのに。
二人は暫し、互いの心を埋め合う様に抱き合っていた。
「りりす〜。おきがえ もってきたの……。」
声を掛けようとしたプリ様は、リリスと舞姫ちゃんの姿を見て、静かになった。
「すばゆ、すまほ もってゆ?」
「持ってますけど、どうするんです?」
「しゃしんを とゆの。なぎさしゃんに みせたげゆの。やくそく したの。」
そういえば、合宿に行く前に会った時、旅行中のリリスの様子を教えてくれと頼まれていたな……。
「ダメです。絶対にダメですよ。プリ様。」
「どして? なんだか かんどうてきな しーんなの。」
「武士の情けというか、大人の配慮というか……。そう、大人はこういうシーンは見て見ぬ振りをするもんなんです。」
おとな、むずかしいの……。
プリ様は眉間に皺を寄せた。
黙ってしまったプリ様に代わって、昴が二人に話し掛けた。
「あっ、あのぉ、リリス様、舞姫さん。お着替えお持ちしました。」
「ありがとう、昴ちゃん。じゃあ舞姫ちゃん、別室で着替えて来て。」
舞姫が着替えを受け取って出て行こうとしたら、昴もついて来た。昴のスカートに引っ付いているプリ様も一緒だ。
「着替えくらい出来ますよ?」
「いえ、その、この島で舞姫さんに合う服は、歳が同じくらいの私の替え服しかなくて……。」
「ああ、皺を付けたりしないですよ。」
そう言われて、昴は慌てて手を振った。
「違うんです。そういうのじゃなくて……。慣れないと着づらいというか、リボンとか……。」
「え……?」
「その……、メイド服しか持ってなくて……。ごめんなさい……。」
パジャマか、メイド服しか着ない昴は、それ以外の服を持っていなかった。
舞姫の脱いだ水着やパレオは、着替え室に同行したプリ様によって、直ちに解析班に届けられた。
最初は科学的な分析がなされ、次には呪術的なアプローチからの解析が行われた。
解析結果が出るまでの間、リリスはプリ様達と、舞姫を伴って食堂に向かった。彼女が昨日の夜から何も食べてないと知ったからである。時刻は、もう、午後一時を回っていた。
「メイド服可愛いわ、舞姫ちゃん。」
「そうですか? 天莉凜翠さんに言われると嬉しいなぁ。」
「まあ、何故?」
「だって、私の憧れの女性だから……。」
最後の方は聞き取れないくらい小さな声になっていた。
「すばゆ、すまほで ろくおん しとくの。」
「渚さんに聞かせるつもりですか? ダメですよ。大人の配慮です。」
おとなって ほんとに むずかしいの。
プリ様は大人の世界の奥深さに、腕組みをして考え込んだ。
冬休み中に仕上げるつもりだったベトール編ですが、もう少しかかりそうです。
年明け一発目が、地獄の大残業なのです。
安息の日はいつに……。
とりあえず、お話の方は上手く落としたいです。