そこには一匹のスライムが……
リリスがスカートの裾を軽く押さえながら地面に降り立つと、修行を終えた和臣&紅葉コンビ、そしてプリ様が待っていた。昴はプリ様の後ろに隠れ、お召しになっているワンピースのお腹の辺りを摘んでいた。
リリスは、和臣達の嵌めているブレスレットをチラリと見て、微笑みを浮かべた。
「凄いわね。テナとアシナに勝つなんて……。」
「いえいえ。千年負け無しの相手に比べれば、高々三百年だし?」
「あらあら、アシナ達にきいたのね? ごめんなさいね、おいしい方を先に頂いてしまって。」
紅葉の皮肉に、鷹揚に答えた。
「ところで、アンタはご褒美貰わなかったの?」
リリスは白い半袖のブラウスを着ていた。手首には何も嵌っていない。
「貰ったわよ。でもちょっと、人には言えないような所に埋め込んであるの。」
何処だー?
トランジスタグラマーと言っても良いリリスの身体を見て、妄想を逞しくした和臣は、鼻血を出しそうになっていた。
「あらあら。冗談よ、和臣ちゃん。そんな目で見ないで。」
「アンタ本当にケダモノよね。さっきもアシナの乳を揉みしだいていたし……。」
「そんな事してねえだろ。捏造すんな。」
「かずおみ、くだものなの?」
プリ様があどけなく疑問を呈し、三人はそれを聞いて笑った。そんな皆の輪の中にも入らず、昴はションボリと佇んでいた。
「どしたの、すばゆ? どこか いたいの?」
「プリ様、私……。私、プリ様の戦いの邪魔をしちゃって……。もう少しでベトールちゃんを木乃伊に出来たのに……。」
ヒックヒックと嗚咽を漏らしつつ、昴が口にした。
いや、木乃伊にするつもりはなかったよ。そこまではしなかったよ。
プリ様は心中で突っ込んでいた。
「きにしなくていいの、すばゆ。ぷりこそ ごめんなの。すばゆを あぶないめに あわせて……。」
自分を気遣うプリ様のお優しいお言葉に、昴の涙腺は完全に崩壊した。大声で泣きながら小さなお身体に抱き付き「ごめんなさい。ごめんなさい。」と連呼した。
そんな昴の頭を撫でて上げながら「いいの、いいの。すばゆが ぶじで よかったの。」と、慈愛に満ちたお顔で微笑んでいた。
「わ、私も、私も頑張って戦闘に参加します。」
暫し泣いた後、昴が宣言した。それを聞いた全員が微妙な表情になった。
「ええーと、武器はどうすんだ?」
「トラノオとゲキリンが有ります。」
有るだけで使えないだろ、と言いそうになった和臣は、慌てて口を押さえた。
「す、昴ちゃん、これ持ってみて。」
いつの間に生成したのか、リリスがゴールデンソードを手渡した。
昴は張り切って受け取ったが、すぐに切っ先が地面に着いた。
「お、重い……。」
「はい、もう一振り。」
両手にソードを持ったら、重みで支える事さえ出来ず、へたり込んだ。
「うぇーん。私は役立たずですぅ。」
しまった。ちょっとやり過ぎたかしら。
再び泣き出した昴を見て、リリスは焦った。
「だ、大丈夫よ。昴ちゃんは戦わなくても充分役に立っているから。」
「そうそう、昴の淹れてくれるお茶は美味しいわ。」
「うんうん。昴の焼いたクッキーは絶品だよ。」
「す、すばゆは ぷりの おせわがかり でしょ?」
その後は、泣いている昴を取り囲んで、皆で慰めていた。
その頃、クラウドフォートレスでは、艦橋に戻って来たベトールをオクが微笑みで出迎えていた。
「はいせんのしょうを わらおうと いうのか?」
「そんなに ひがまないで。がんばったじゃない。ぷりちゃんの ほうが ちょーと つよかっただけよ。」
プリか……。あの野郎「僧侶プリプリキューティ」が一番好きとか正気か? しかも、俺を木乃伊にしようとするなんて。絶対に許さねえ。
ベトールはプリ様との対決を思い出し、拳を握りしめた。
「まあ、いちどくらいの はいぼくは あいきょうよ。さいしゅうてきに かてば いいのよ。」
「おれは まけてねえ。」
オクの言葉にムキになって言い返すベトール。
さっき、自分で「敗戦の将」って言ったじゃなーい。
オクは苦笑いを浮かべた。
「まいきは? まいきは どこだ?」
「ああ、まいきちゃん? かのじょは そこに……。」
床を指差されて、視線を落とすと、そこには一匹のスライムが……。
「ま、まいきー。」
「ごめんなさいね。おちゃしたあと おふぃえるちゃんと ひみつのゆうぎに ぼっとう しちゃって。きが ついたら……。」
「ごめんで すむかー。ころす!」
「まああ、こわい。じょうだんよ。まいきちゃん なら しんしつ じゃない?」
ふざけんなー。
と、怒鳴りながらベトールは艦橋から出て行った。
『だいじょうぶよ、べとーるちゃん。まいきちゃんの ゆうこうな つかいかたを おもいついたから。まものに なんか しないわよ。』
その背中を見詰めながら、オクは悪い笑みをニヤリと浮かべた。
艦橋を出たベトールは、真っ直ぐ自分の寝室まで駆けて行った。
「まいきー。いるのか?」
「べ、ベトール様……。」
ベッドに座って、窓から外を見ていた舞姫が振り返った。腰には花柄のパレオが巻かれていた。
「なんだ、それは?」
「オ、オクって子がくれたの。水着だけじゃあ恥ずかしいでしょ、って。」
ベトールが一瞬眉を顰めた。没収されるのかと思って身構えたが「まあ、いいか。」と呟いた切り、何もしなかった。
そのままベトールは座っている舞姫に近付き、太腿の上に腰を下ろした。舞姫は座りやすいよう、両手でベトールの身体を支えるみたいに手を添えた。
「きいてくれ。きょうの てきは なかなか おもしろい やつだった。」
ベトールは興奮して、戦いの事、プリ様との遣り取りなどを、夢中になって舞姫に話した。
「まあ、きょうの ところは ひきわけ だな。だが、つぎこそ……。」
「引き分けじゃないよ。あんた、負けてるじゃない。」
大人しく聞いているつもりだったのに、つい口に出してしまった。
「まけてねえ。さくりゃくで だっしゅつして……。」
「負けは負け。ちゃんと認めなきゃダメだよ。口惜しい思いをしてこそ強くなれるの。」
「おれは つよい。おまえなんて おれに ても あしも でないくせに。」
そう言われると、舞姫も口籠るしかなかった。優位に立ったベトールは、畳み掛けるように続けた。
「おれに はいぼくして そのくちで ちかったよな。かちくに なると。」
「い、言わないで……。」
ベトールの足元に跪き、服従を受け入れた屈辱の瞬間を思い出して、身体が小刻みに震えた。
彼女を黙らせたベトールは、満足気にフンと鼻を鳴らした。
舞姫は深い溜息を吐いた。
「すばゆ〜。そうりょ おもしろいよね?」
戦闘が一段落したとリリスは判断し、自分だけが管理センターに残り、あとの者達は自室で休ませていた。
プリ様は昴に膝枕をして貰い、寝転がっていたが、戦いの余韻で神経が昂ぶっているのか、お昼寝もせずに話し掛けていた。
「僧侶最高ですよ。ベトールちゃんはちょっと感性がおかしいんです。」
昴もシリーズの中では「僧侶」が至高だと思っていた。特に彼女の場合、シリーズ屈指のドジっ子と言われている主人公の姿を、自分と重ねて感情移入をしているのだ。
「そうなの。あいつ、おかしいの。」
プリ様は口を尖らせて、足をバタバタさせていた。
昴はそんなプリ様の頭を撫でていたが、フッと動きが止まったのに気が付いた。眠ったのかなと思ったが、プリ様は彼女の顔をジッと見詰めていた。
「何ですか? プリ様。昴の顔に何か付いてますか?」
その質問に、プリ様は頭を振った。
「すばゆ〜。もう たたかう なんて いわないでほしいの。」
「えっ……。」
「すばゆは ぷりの かえゆとこなの。すばゆが いないと ぷり こまゆの。」
もしもの事があった時を想像しているのか、ちょっと涙声で、訥々と訴えてくるプリ様のいじらしさに、昴もまた涙した。
「ごめんなさいです。昴がバカでした。これからも、ずっと後ろでプリ様を応援します。」
「……、うん。そうして……。」
安心したのか、プリ様はそのまま寝入ってしまった。昴はその頰に柔らかなキスをして上げた。
ツンデレだけど、ちょっと甘えん坊なところもあって、でも、いざという時は全力で守ってくれる。
背伸びをすると、そのままの君で良いよと、優しく諭してくれる。
照れもせずに、君が必要なんだ、と言ってくれる。
もしかして、プリ様って理想の彼氏像そのものなのでは?
何故、幼女に生まれたプリ様。
昴ちゃんがプリ様にベタ惚れなのも、仕方ない事なのかもしれません。