さあ、みいらに なっちゃいなよ。
「重い。どけ。」
和臣は、仰向けの自分に重なっている紅葉の髪の毛を、引っ張った。
激しい戦いの後、二人は暫く動けなくなっていたが、漸く体力も回復して来た。プリ様達を助けに行かねばならない。
「本当は胸が当たって気持ちが良いとか思っていたでしょ。」
「思ってねえよ。」
実は少し思っていた。
助け合いながら立ち上がると、テナとアシナが消えた辺りが眩く光った。
まだ終わってなかったのか? おいおい、勘弁してくれよ。
と、二人が思っていたら、光は人の形を取り、五歳くらいの幼児の姿になった。一人はアシナの面影を残す容姿だったが、もう一人は超絶に可愛らしい男の子になった。
「そんなに みがまえないで。しゅぎょうは おわりよ。」
男の子の方が口を開いた。喋り方が、どうもテナっぽいけど……。
「なんて かお しているの? あたしよ、てなよ。」
やっぱりー?!
「嘘だろ。詐欺だろ。なんで、そんなにカワユラしくなってんだよ。」
「しつれいね。どんな ごっついおとこ でも、こどもじだいは かわいくて あたりまえでしょ。」
美幼児で男の娘か……。ある種の方達には物凄く受けが良さそうだわ。
紅葉は和臣とテナの遣り取りを聞き流しつつ、思っていた。
「わたしは あしなだ。」
幼女の方も名乗った。
『やべ、どうしても意識してしまう。』
和臣は先程の豊満なオッパイを思い出して、顔を赤らめた。
「で、幼児になってまで何の用? 勝負は着いたんでしょ。」
「そう せくな。ごほうびを やろうと いうのだ。」
ご褒美! アシナの言葉に紅葉が顔を輝かせた。ゲンキンな奴であった。
「しかし、ごさんけ いがいの ものに ほうびを わたすことに なるとは、おもわなかったわ。」
テナが小さく呟いた。
御三家。光極天、神王院、美柱庵の事か。
「そういえばさ、リリスはあんた達と戦わなかったの? 難易度の高い試練ほど、あの娘は喜んで挑みそうだけど……。」
紅葉に言われて、アシナとテナは顔を見合わせた。
「まえは せんねん やぶられていない、もっと むずかしい あいてが いたのだ。」
「そうそう。わたしたち なんて あいてじゃない、とばかりに そいつを たおしに いったのよ。」
千年とは……。差を縮めたと思ったら、更に先をリリスは行っていた。
「チッ、ムカツクわね。自分がスルーした奴等を、私達に丁度良い相手として充てがうなんて……。」
「そうだな、いっちょ大暴れして、俺達の実力を見せ付けてやるか。おい、褒美とやらを早くくれ。」
「せっかちだな。ほうびは わたしたちじしんだ。」
再び、テナとアシナが光と化した。目も眩む閃光に包まれると同時に、和臣の左手と、紅葉の右手に、金属製のブレスレットが嵌っていた。
「ちょっと待って。今、テナの方が私に嵌らなかった?」
「嵌ったな……。」
「いやぁ、気持ち悪い。和臣、取り替えてよ。」
『ほんとうに しつれいね、ちから かしてあげないわよ。』
『かずおみ、わたしたちは つねに ともにある。ぞんぶんに たたかうが よい。』
二人の頭に声が響いた。
仕方ないわね、と膨れる紅葉に「置いて行くぞ。」と和臣が声を掛けた。
俺達の戦場に戻るのだ。待っていろ、プリ、リリス。
彼等は、逸る気持ちを抑え切れずに、駆け出していた。
プリ様は凄まじくやさぐれていた。
プリプリキューティシリーズの雷系の技、残り全てをベトールに取られてしまったからだ。
まだ滑舌が悪く、口が上手く回らないプリ様に対して、六花の一葉の力で頭の回転も早くなっているベトールが相手では分が悪過ぎた。
「べつに いいの。くやしくないの。ぷりは そうりょが すきなの。いちばん すきなの。」
新機軸を狙った「僧侶プリプリキューティ」は雷系の技を一切使わなかった。
「おまえ、そうりょが すきなのか?」
「そうなの。なにか へん?」
少し小馬鹿にした様なベトールの口調が癇に障った。
「れきだい へいきんしちょうりつ さいてい。しりーず そんぞくの ききにまでなった そうりょの どこが いいんだよ。」
「うゆさいの! がんぐうりあげは れきだいさんい なの。」
僧侶プリプリキューティは、視聴率こそ悪かったが「バチバトン」という音の出る玩具がヒットし、番組は見ないけれど玩具は買う、という珍しい現象に支えられて、打ち切りを免れた経緯があった。
二人の会話を聞きながら、何かマニアックな会話をしているなあ、と岩陰で昴は思っていた。
あの子も「プリプリキューティシリーズ」そうとう好きなんだな。滅茶苦茶詳しいもん。上手くすれば、お友達になれるんじゃないかな。
などという昴の太平楽な考えは、次のベトールの言葉で完全に打ち砕かれた。
「とにかく『そうりょ』が すきなやつ なんて、ぷりぷりきゅーてぃふぁん じゃない。『そうりょ』のせいで、しりーずじたいが きえる せとぎわ だったんだからな。」
おのれ、ベトール! そこまで言うか!!
プリ様の怒りの導火線に火が着いた。
「おっ、なんだ? くやしいのか? くやしかったら『そうりょ』の わざで やりかえして みろよ。」
ヤバイわ。
結界の外に出て、上空で魔物達を相手に大立ち回りをしていたリリスは、ベトールの口車の上手さに危機感を募らせていた。
あんな言い方をされたら、もう雷系の技は使えない。
見た所、稲妻の威力はプリ様の方が競り勝っているのに、それを封じられたも同然になっているのだ。
しかも、ベトールは地上から十メートルくらいの高度をキープしていた。その位置だと重力攻撃も届かない。
と言って、自分が降りて行くわけにもいかなかった。
魔物の数は先程の倍くらいになっていた。レモネードサンダーのアシストも無いので、ゴールデンアローを放っても、そうそう命中してはくれない。
『奥の手を使うしかないのか?』
そうも思ったが、心の中の色々な要素が、それにストップをかけていた。
強さを求めるな、という師の教え。自分の持つ力への嫌悪感……。いや、恐怖?
逡巡していると、下から恐ろしい勢いで火柱が立ち昇った。火柱は縦横無尽に動き回り、魔物達を焼き尽くしていった。
その有様に怯んで、及び腰になった奴等が、今度は次々と凍り始めた。絶対零度の氷気が、正確に魔物達を捉え、飛んで来ているのだ。
「リリス、助けに来たぜ。」
「さすがのアンタも、手が足りなかったんじゃない?」
和臣と紅葉だ。二人の参戦によって、形勢は大きく逆転した。
「なんだと……。」
プリ様の頭上で、その様子を見ていたベトールは、動揺したのか高度が下がって来た。それを見逃すプリ様ではなかった。
「どちゅうにゅうじょう そくしんぶつ!」
不意に、ベトールは自身の身体が重くなるのを感じた。ドンドン地面に引き寄せられ、ついに砂浜に足が着いた。それでも降下は止まらず、その身は砂の中に埋まって行った。
『くっ、からだが うまっていく。これは まるで……。』
ベトールが焦っていると、プリ様がユラリと近寄って来た。
「どう? べとーゆ。『そうりょ』の わざなの。」
土中入定即身仏。それは「僧侶プリプリキューティ」初期の必殺技であった。敵を地面に埋没させ、木乃伊にしてしまうのだ。
「ふっふっふっ。さあ、みいらに なっちゃいなよ、なの。」
プリ様が、プリ様が悪い顔をしている。でも、そんなお姿も素敵……。
昴はプリ様のピカレスクな魅力を堪能していた。
『やっべー。こいつ ほんきだ。すこし、ちょうはつ しすぎたか……。』
もう、胸の辺りまで埋まっていて、プリ様もあと一メートルくらいの所まで来ていた。
「くっくっくっ。だいじょぶなの、べとーゆ。ごじゅうよくおくななせんまんねんご(五十六億七千万年後)には でられゆの。おまえも ほとけに なってゆの。」
怖過ぎ〜。目がいってる。完全にブチ切れてるじゃねえか。
何とか脱出しようと、死に物狂いで頭脳を働かせるベトール。
『こいつの じゃくてん。こいつの じゃくてん。それは……。』
あの女だ。
ケラウノスを振るい、岩ごと砕く勢いで、昴に向かって雷を落とした。プリ様は慌てて昴を助けに回り、なんとか雷はキャンセルしたが、その隙にベトールは一気に飛び上がり、結界から外に出た。
「ひきょうなの、べとーゆ!!」
「うるせえ。こんどこそ やっつけてやるからな。」
ベトールは生き残った魔物を引き連れ、クラウドフォートレスに逃げて行った。
プリ様はその後ろ姿を見えなくなるまで睨んでいた。
『ぜったいに そうりょの おもしよさを わからせてやゆの。』
プリ様の決意は堅かった。
前にもチラッと書きましたが、紅葉さん、評判悪いんです。
男の子受けはしないだろうな、と思ってましたが、女の子にも受けが良くないのです。
紅葉っていうのは、アンタの性格と性癖の酷さを抽出して、固めたようなキャラクターだね。
とまで言われました。
私、オジさんなのに。紅葉さん、女子高生なのに。
じゃあ、私がトラックに轢かれたら、紅葉さんに転生するのかしら?
と、TSに目覚めてしまいそうな、今日この頃なのでした。




