密度にすると、およそ十倍
雲隠島、二日目。
朝食を終えた皆はミーティングルームに集合していた。
「からだ、だいじょぶなの?」
「もう、全快よ。」
「テナとアシナめ。目にもの見せてやる。」
プリ様の質問に、和臣と紅葉は元気良く答えていた。
「はーい。和臣ちゃんと紅葉ちゃんには、午後から特訓を受けてもらいますが、その前に先生の話を良く聞いて下さい。」
手を叩きながら、リリスが言った。
誰が先生だよ、と和臣&紅葉は思った。
「俺からも聞きたい事がある。」
和臣が手を上げると、ホワイトボードの前に立っているリリスが「何かな? 曽我君。」と言って、伊達メガネのブリッジをクイっと押した。白衣まで羽織って、完全に先生になり切っている。
渚ちゃんが見れば「きゃあぁぁ。お茶目なリリス、可愛い!」と大喜びしそうだが、このメンバーでは「何はっちゃけてんだ、あの女。」と紅葉に思われただけだった。
「俺達は、昨日、何故倒れたんだ? 銀座線内では、あんな風にはならなかった。」
「あらあら、良い質問ね。先生もそれを説明したかったの。」
いつ迄やる気だよ。
紅葉は若干イラっとした。
「魔法や超能力。人間が不思議な力を行使する時、魔法子という素粒子が働いている、というのは皆知ってるわね?」
これは前世では常識として知られていた。
「問題は魔法子の存在する場所よ。」
「場所?」
皆が声を揃え、首を傾げた。
「前世では、人間や動物、生き物を構成する物質の中に多くの魔法子が含まれていた。だから、誰でも魔法が使えた。力の強弱はあったけれど……。」
ふむふむ。
「だけど、大きな魔法を使う時は、体内で生成される魔法子だけでは足りない。だから、空間の中に存在する魔法子と自分に含有されている魔法子を反応させて、爆発的な力を得ていた。」
もちろん、それは誰にでも出来る技ではない。紅葉や和臣みたいに、神の祝福を受ける程の技量を以ってして、初めて可能となるのだ。
「さて現世では、生物の体内には生命の維持に必要な分くらいしか、魔法子は無いの。魔法の発動に至るには全然足りない。私達みたいな人間は、本当に特殊なのよ。」
まあ、そうだろうな、と全員が頷いた。
身の回りにも魔法を使える奴なんていない。迂闊に自分の能力について語れば、電波ちゃん扱いだ。それで紅葉は幼い頃から一人だった。
「プリ様ぁぁぁ。」
うわっ、吃驚した。
突然の昴の叫びに、和臣、紅葉、リリスがビクッと身体を震わせた。何事が起こったのかと見てみれば、昴がプリ様ラッシュを始めていた。プリ様は例によって、無表情で為すがままだ。
呆気にとられていると、一頻り愛撫した後「堪能したわ。」といった様子で昴が漸く動きを止めた。
「今のは何だったの? 説明して下さる? 昴ちゃん。」
さすがのリリスも、多少、表情が険しくなっている。
「ご、ごめんなさい。お話があんまり長くて、最初はプリ様の匂いを嗅いだりして我慢してたんですけど、その内意識がフッと飛んで、気が付いたらプリ様ラッシュを……。」
因みに、まだ抱き付いたままだ。
「我慢出来ないならプリちゃんを抱いていて良いから。話の腰を折らないでくれるかしら。」
リリスは頭を抱えながら言った。
「ええっと、それで、そうそう魔法子ね。現世のこの世界では、魔法子は空間内に存在しているの。もちろん、前世の世界でも空間内に魔法子はあったけど、濃度が全然違うわ。」
講義をしながら、リリスがふと目を移すと、許しを得た昴が満面の笑顔でプリ様を膝に乗っけていた。物凄く幸せそうだ。
さっきまでの三十分に満たない時間が、そんなに辛かったというのだろうか。
リリスは小さく溜息を吐いた。
「この世界には魔法子が充満しているの。密度にすると、およそ十倍。」
十倍というのはいい加減な数字ではない。リリスが前世の記憶を頼りに実験し、計算して、導き出した数字だ。
「それなら、逆に異世界になっていた銀座線内で魔法使うより、楽なんじゃないの?」
「反応が激し過ぎて、身体中の魔法子があっという間に流出してしまったのよ。だから、気を失った。」
ガス漏れしている部屋の中では、火花が散っただけで爆発が起きる。それと同じようなものか。
「体内から出す魔法子の量を調節し、技の効力をコントロールする。それが貴方達の課題であり、この合宿の目的よ。」
ただし、もうあまり余裕がない。今日にでも幼女神聖同盟は攻めてくるだろう。
「危険な方法だけど、最短で成し遂げるには、これしかない。覚悟は出来ている?」
「何でもやるわよ。」
「そうだ。命だって懸ける。」
和臣と紅葉は、オスプレイの中で味わった悔しさを思い出していた。あの時誓ったのだ。どんな目に合おうと、必ず力を取り戻すと。
「……。アシナ、テナと戦って彼等を倒すの。文字通り、息の根を止めるまでの殺し合いよ。」
「!」
「彼等は人間ではない。私達の先祖が、戦士を育てる為に作り上げた、神の分霊。」
先祖って……。
「彼奴等、何時作られたのよ。」
「三百年前よ。以来、誰一人として倒す事が出来なかったの。」
それを聞いて、怖いもの知らずの彼等も、少し青くなった。美柱庵家や神王院家の猛者達がことごとく破れて来たのだ。
勝てるのか?
躊躇するのも当然だった。
「やめておく? 無理にとは言わないわ。」
リリスが気遣うと、二人は決然として顔を上げた。
「やるわ。力を取り戻さなければ、どのみち、この状況は打破出来ないでしょ?」
「そうだな。歳下二人に頼ってばかりはいられないからな。」
和臣と紅葉の決意に、リリスも頷いた。
「かずおみ、もみじ、きのう ぷりの いったこと わすれちゃ だめなの。」
守るのは、守られるのと同じ。
「プリ……。」
紅葉がフッと微笑んだ。
「昴お姉ちゃんの膝の上にちょこんと乗っかって、甘えながら偉そうな事言っても、説得力ないわよ。」
「これは すばゆの ためなの。ぷりが すばゆを あまやかしてゆの。」
プリ様が真っ赤になって反論し、皆は一斉に笑った。
その時、島全体が揺れる様な振動を感じた。
「プリ様怖い〜。地震ですぅ。」
昴が怯えて、プリ様にしがみ付いた。
「ゆれかたが へんなの。」
「そうね。敵襲かしら。」
敵襲と聞いて、飛び出そうとする紅葉。それを和臣が引き止めた。
「行ってどうする? 今の俺達では足手纏いになるだけだ。」
彼はそう言って、リリスの方を見た。彼女は黙って地図を手渡した。
「この地図通りに、闘技場に行ってちょうだい。案内して上げられなくて悪いんだけど……。」
受け取ろうとした和臣の手から、紅葉が地図をひったくった。
「行くわよ、和臣。ついて来なさい。」
「お前、地図読めないだろ。寄越せ、俺が先に行く。」
二人はじゃれ合いながら……、としか思えない様子で出て行った。
「さて、現状を把握しないと……。プリちゃん、一緒に来る?」
「ぷりは おへやに もどゆの。ぎんぎょを つけてもらうの。それから、にーゆくんも つれてくゆの。」
銀魚に、ニール君、そしてグレイさんのケージか……。あとちょっとで、何か繋がりそうなのにな。
リリスは首を捻った。
そうしていると、また激しく揺れた。
「わかった。じゃあ管理センターの指令室で待っているから。」
リリスも慌てて出て行った。
「プリ様〜、プリ様ぁ。怖いよぉ。動けないよぉ。」
プリ様は、半泣き状態で縋り付いて来る昴の頭を、軽く撫でて上げた。
「ぷりが ついてゆの。だいじょぶなの、すばゆ。」
お優しくて、お心強いプリ様のお言葉に「うにぃ〜。」と鳴きながら、昴も立ち上がろうとしたが、腰が砕けて、へたり込んだ。
「すばゆが きてくれないと ぎんぎょ まいて もらえないの。」
小さなお手手で、プリ様が昴の手を取り、ニコッと笑った。
『そうだ。あれはプリ様の戦装束。その用意をして上げられるのは私だけなんだ。妻であり、奴隷であり、お世話係の私だけ……。』
握り合った手から勇気が伝わって来た気がして、よろけながらも昴は立ち上がった。
「プリ様ぁ、昴は頑張りますぅ。夫唱婦随、奥さんとしてプリ様に何処までも従って行きますぅ。」
わかったから、離れろや。非常事態なんだから。
がっちり抱き付いて来た昴を持て余しながら、プリ様は思っていた。
昴ちゃん、段々肩書が増えていってますね。
プリ様の、お世話係で、奴隷で、所有物で、奥さん。
こうして羅列すると、プリ様が幼女とは、とても思えないラインナップです。
紅葉からは、時々「昴お姉ちゃん」と言われているし、どこまで増えるのか楽しみです。




