まもゆのは まもられゆのと いっしょなの
一人と一塊りで温泉に浸かっていると、朝からの修羅場が嘘みたいであった。
一人というのはリリスで、一塊りというのはプリ様と昴の事だ。
「昴ちゃん、なんだかプリちゃん密着タイムが長くなってないかしら。」
「だって夫婦なんですもん。夫婦は一心同体なんですぅ。」
はっきり否定しなかったがために、もはや夫婦が既成事実である。
プリ様後悔百万年であった。
「プリ様のお肌、スベスベでモチモチで柔らかで、気持ち良いですぅ。もう、ずっと、くっついていたいな。プリ様のお身体の一部になりたい。胃とか心臓と同じ様に、昴っていう器官にして下さい。消化でも血液循環でも、何でもお役にたちますよ。」
どんな万能器官だよ。プリ様とリリスは思いっ切り突っ込んでやりたいのを我慢した。
「昴ちゃんはプリちゃんしか目に入らないのね。見てご覧なさいよ。この雄大な自然の美しさを。」
リリスの指差す先には、紫色の海が、ウネウネと波打っていた。
「……。あまり美しくないわね……。」
一人突っ込み、一人ボケであった。
「まかいの うみなの。」
前世で魔国領に入ってから良く目にしていた。底に何が潜んでいるかわからない、身を切られる程、冷たくて深い海である。
「美しいじゃないですか。全ての生命を育んでくれる海ですよ。」
昴の言葉に『やっぱ、こいつ、魔族の生まれかわりだ。』と、残りの二人は嘆息した。異民族交流の難しさであった。
「ところで、和臣さんと紅葉さんは大丈夫なのですか?」
「消耗しているだけよ。点滴を受けて、一晩眠れば元気になるわ。」
二人は結局倒れてしまい、島の医療センターに運び込まれたのだ。
「此処を出たらお見舞いに行きましょう。」
「うーん。お見舞いは行かなきゃですけど、プリ様とのお肌の触れ合いは捨てがたいし……。そうだ。私達はこれから抱き合ったまま歩きましょうよ、プリ様。」
「すばゆ……いいかげんに すゆの……。」
精一杯凄むプリ様のホッペを突いて「かわゆい。怒ったプリ様かわゆ過ぎですぅ。」と、暖簾に腕押し状態の昴。
やっぱり、特訓必要かも。
リリスは頭を抱えながら思っていた。
すうっと目が覚めた。
和臣は起き上がろうとして、酷く自分が衰弱しているのを感じた。
何も食ってないからだな、と思って、どうしてそういう状況なのかと、首を捻った。まだ意識が混濁していて、記憶が上手く繋がらないのだ。
「知らない天井だ……、とか言わないでよ。」
紅葉の声に横を向くと、彼女も隣でベッドに横たわっていた。その姿を見た途端、全ての断片が一気に組み上がっていった。
「やべえ、どれくらい寝てたんだ。もう、異世界は固定されてしまったんじゃないのか?」
異世界が出現してから一定の時間が経つと、現世に戻せなくなるらしい。銀座線の時を考えると、リミットは六時間といった所だ。
「かずおみ、おちつくの。まだ、だいじょぶなの。」
紅葉のベッドとは反対の方からプリ様の声がした。そっちに向き直ったら、プリ様と昴、そしてリリスが並んで、パイプ椅子に腰掛けていた。
「貴方達のお陰で、この島に結界を張れたのよ。異世界化は完全には終わってない。だから、まだ固定はされないわ。」
「私達のお陰?」
リリスの言葉に紅葉が噛み付いた。
「私達が何をしたっていうの? 無様だわ。力を使い果たして、立つ事さえ出来なかった。挙句、プリに庇われて……。」
紅葉は仰向けのまま、ポロポロと涙を零した。
「それだけ元気なら、今からでも訓練出来そうだな。」
「そうね。そうだわ。もう始める?」
病室の入り口に、アシナとテナが立っていた。
「お前等〜。」
怒りに駆られた紅葉が立ち上がろうとして、ベッドから転がり落ちた。それでも涙を流しながら、二人を睨んでいる。
プリ様は紅葉に駆け寄り、しゃがみ込んで、その頭を撫でた。
「もみじも おちつくの。まだ、だめなの。」
ウウ〜と唸っていた紅葉は、プリ様に触られると、少し落ち着いて来たみたいで、昴に助けてもらいながら、ベッドに戻った。
「ぷりが あいてを してあげようか?」
ユラっと、立ち上がったプリ様は、挑発的な視線を二人に送った。
「ふたり いっしょでも いいよ。しゅんさつ して あげゆの。」
言葉だけでないのは、全身から発せられる殺気が物語っていた。
「待ちなさい、プリちゃん。あの二人は和臣ちゃん達の訓練相手よ。」
リリスが割って入り、ひとまず緊張は解けた。アシナとテナは「おっそろしい〜。美柱庵も神王院も、娘の躾がなってないわ〜。」と言いながら退室して行った。
「もみじ、ぷりが もみじと かずおみを かばうのは あたりまえなの。ふたりが おそいかかってくゆ まものから ぷりを まもってくれたように……。」
プリ様は紅葉の頭をなでながら、和臣にも微笑みかけた。
「とーゆ だったときも そうなの。とーゆは いさきおすと あいらに まもられていたの。」
舌足らずに、ポツポツと、プリ様はトールの記憶を語り始めた。
幼き日、住んでいた街を魔王軍に焼き払われて、流浪の旅をしていた頃、トールは絶望から何度も自棄になりかかった。死んだ方がマシと思えるほど……。
その度思い止まったのは、自分が引いている二つの幼い手、アイラとイサキオスの掌の温もりだった。二人の体温が、まるで包み込む様に、自分を護ってくれている。そう思うと、どんな汚れ仕事も苦にならなかった。どんなに泥に塗れても、心は真っ白でいられた……。
「トールが……。あの、鋼鉄で出来ているんじゃないかと思っていたトールが……。」
言いながら、和臣も喉を詰まらせていた。紅葉にいたっては、嗚咽を漏らして、声も出せないみたいだ。
「わすれないで。まもゆのは まもられゆのと いっしょなの。ぷりも まもられていゆよ。かずおみに、もみじに、りりす……。」
次は私だ。昴はグッと身構えた。
「……に まもられて いゆの。」
プリ様ー。私、私を忘れていますー。
自己主張をしたい昴だったが、皆が良い感じにしんみりとしていたので、言い出せなかった。
「さあ、もう寝なさい。何もかも明日からよ。」
リリスが話を締めくくり、三人は病室を出た。
「お食事にしようか?」
というリリスと嬉しげに手を繋いで歩いているプリ様を、ジトッと見ていた昴は、突然後ろから抱き付いた。
「プリ様〜。私を忘れないでー。」
ええっ、何の話? とプリ様&リリスは困惑した。戦闘に関する話をしていたつもりだったプリ様の頭の中では、ナチュラルに昴は除外されていたのだ。
必死に自分にしがみ付いてくる昴の頭を、訳がわからないながらも「よしよし。」と撫でて上げるプリ様であった。
ちょうどその頃、クラウドフォートレス内では、ベトールが荒れていた。艦橋にある、異世界化の進行具合を表示するスクリーンが、いつまで経ってもコンプリートにならないのだ。
六花の一葉を使用し、確かにオクに教えられた手順でやったにも関わらずだ。
穴の開く程スクリーンを凝視していた彼女は、小さいシミの如く現世のままになっている地点を見付けた。
『なんだ? なぜ ここだけ ぶじなのだ?』
調べてみる必要がある。そう思った時、悲鳴を上げながら部屋に駆け込んで来た者があった。舞姫だ。
「べ、ベトール……様。た、助けて……。」
彼女の後ろからは、ゴブリンやオークが追い掛けて来ていた。異世界と化した島で島民達と入れ替わった魔物を、クラウドフォートレスの戦力として徴用し、乗せていた。
その魔物達に暴力を振るわれそうになっていたのだ。
舞姫は椅子に座っているベトールの足元に平伏し、必死で情けを請うた。彼女に頼れるのはベトールだけだった。
「おまえの とくいな からてで やっつければ いいじゃないか。」
ベトールは薄く笑いながら言った。舞姫はビクッと身体を震わせた。
空手が通じないのは、とっくにわかっていた。AT THE BACK OF THE NORTH WINDにも魔物はいて、何度か模擬試合をやらされたからだ。
いつも魔物は避けもせず、突きや蹴りを受けて、平気な顔をしていた。そのうち、自分の手や足の方が痛くなり、動けなくなるのが常だった。
そんな事を何回も繰り返している間に、舞姫のプライドはズタズタに引き裂かれていった。
「か、勝てない。私は弱いから……。」
そんな言葉を口にするのにも抵抗がなくなっていた。それを聞いて、ベトールは満足そうに笑い、立ち上がると、魔物達に六花の一葉を翳した。それだけで、彼等は大人しく立ち去って行った。
「かんないは まもの だらけだ。これからは なるべく おれの そばに いたほうが いいぞ。」
「は、はい。ありがとう。べ、ベトール……様。」
明日はあの地点に行ってみるか。
涙を流しながら自分にしがみ付いて来る舞姫の頭を撫でながら、ベトールは思っていた。
短編「幼女ジャングルの王者プリムラちゃん!」を投稿しました。スターシステムによる第二弾です。良かったら読んで下さい。
舞姫ちゃん再登場ですが、囚われの少女を描くと、どうもエッチな感じになりがちなので、そうならないよう気を付けてます。
どうしてエッチな感じになるかな?
私がエッチな人間だからかな?




