強化合宿。絶望への旅立ち!
七大天使の一人、ベトールは、AT THE BACK OF THE NORTH WIND内にある、彼女が根城としている道場の板の間に正座し、窓越しに薄いピンク色の空を見上げていた。
「しゅくがんを はたして やるきが うせてしまった?」
不意に、後ろから声をかけられて、振り返った。盟主オクが、すぐ傍に、自分を見下ろすように立っていた。
「まさか。まいき など はじまりに すぎない。ぷり という やつは もっと つよいのだろう?」
「すでで あだまんとの かまを もった あらとろんちゃんと わたりあえる くらいよ。」
「だが、これには かなうまい。」
ベトールは着ていたオーバーオールのポケットから紡錘形の金属の塊を取り出した。オクは、その武器、ケラウノスをチラリと見た。
「あのこは らいじんの けしん。けらうのす とは あいしょうが よいかも しれないわ。」
「おれが まけると?」
「ゆだん しない ことよ。」
面白い。ベトールはニヤリと笑みを浮かべた。
「おなじ のうりょくなら より はっきりする。どちらが つよいのか。」
まあ頑張りなさい、とオクは謎めいた微笑みを浮かべた。
「ところで、まいきちゃん、なぜ てもとに おいているの? まいにち いじめたり、いたぶったりするため? あまり よい しゅみとは いえないわ。」
「そんな ことは していない。かちくとして かっている だけだ。」
ベトールはムキになって立ち上がった。その彼女の右頬に、オクは自分の手を当てた。
「ほんとうは ふあん なのじゃない? だから かのじょが ひつようなのよ。くんしょう としてね。」
オクの被っている仮面の下から、射抜くような視線を感じて、ベトールは目を逸らした。
「それが あなたの じゃくてんよ。まいきちゃんを てばなせ なければ まけるわ。」
「せっきょうか?」
「ちゅうこくよ。ともだちとして……。」
ベトールは黙ってオクの手を振り払った。オクはちょっと微笑んで、出口に向かって歩き始めた。
「あっ。それと、あの まいきちゃんの へんな かっこうは なに?」
途中で立ち止まると、振り返って、言った。
「おまえが、はだかに するのは あんまりだ、というので きせたのだ ろうが。」
「いや、もうちょっと どうにかしたのを……。」
「かちく なのだ。ほんらいなら なにも きなくても じゅうぶんだ。」
ベトールはフンと鼻で笑った。その様子に、オクはヤレヤレと首を振った。
「あまり あのこへの さげすみが すぎると、あなたじしんの ひんせいも おちるわよ。」
「それも ちゅうこくか?」
「そうよ。ゆうじん としてね。」
オクが出て行った後、ベトールは近くの壁を殴った。
『おれが ふあんを かんじている だと? おくの やつ……。』
拳が鈍く痛んだ。彼女の出陣は間近に迫っていた。
「渚が、連れて行けって、うるさくてさ。まいったよ。」
合宿行きの集合場所である、芝公園のベンチで、プリ様達が待っていると、一番最後に来た和臣が、開口一番にそう言った。
「連れて来れば良いのに。」
「バカ言うな。命懸けの特訓だぞ。遊びじゃないんだ。」
「そんな大袈裟な。命までは懸けないわよ。ねえ、リリス。」
紅葉が、笑いながら話し掛けると、リリスが顔を背けた。
「リリス……?」
「ま、まあ、少しくらいは懸けるかもね。お、おほほほ。」
「ちょっと、リリス……。」
紅葉が追求しようとした時、白いストレッチリムジンが公園脇に止まった。
「あらあら、車が着いたわ。さあ、早く行きましょう。さあさあ。」
リリスは皆を急かし、質問する隙を与えなかった。
「和臣さんも、紅葉さんも、覚悟した方が良いですよ。」
車が走り出すと、神妙な面持ちで昴が告げた。
「私は、恐らく、この特訓で命を落とすでしょう……。」
「アンタも何かするの?」
「プリ様に一時間も触れられない刑なのです。」
リリスは、一時間プリ様から隔離すると言ったつもりなのだが、昴の頭の中で、目の前には居るけど一時間触れない、と都合良く変換されていた。
「えっと……、それ特訓なのか? 日常生活ではなく?」
「何で日常生活なんですか。一時間プリ様に触れないんですよ。非常事態じゃないですか。」
昴の話を聞いた紅葉は、やっぱり慰安旅行みたいなものなのだな、と思った。
和臣は『渚を連れて来てやっても良かったかな? 』と後悔していた。
「プリ様〜。プリ様〜。触り溜めです。抱き溜めです。頬ずりし溜めです。辛いよぉ。悲しいよぉ。行きたくないよぉ。プリ様〜。」
まだ、合宿地にも着いてないのに、この騒ぎである。
「だいじょぶなの。すばゆは いいこなの。つよいこ なの。きっと、できゆの。」
「プリ様ぁ〜。」
プリ様のお優しいお言葉に、昴は涙した。
「強くなくていいですからぁ。プリ様に、ずっーと貼り付いていたいですぅ。」
あっ、やっぱりダメな子かもしれない。プリ様は溜息を吐いた。
そんな会話をしているうちに、車は甲州街道に入っていた。
「あれ、目的地は伊豆七島の何処かとか言ってなかった? 山の方に向かっているわよ。」
「そうだな。竹芝桟橋に行くのだと思っていた。」
紅葉と和臣の疑問に、リリスが吃驚したかおを見せた。
「桟橋って、船で行くの? 何時間かかるの? 未だにそんな人いるの?」
未だにって……、普通船だろ。庶民代表、和臣と紅葉の頬が微かに引き攣った。
「あっ、ごめんなさい。優雅なクルージングを期待していた? 急だったから、客船をチャーター出来なかったの。でも、自家用航空機だから安心して。ファーストクラスとは言わないけれど、ビジネスクラスよりは乗り心地は良いわよ。」
金持ち自慢かよ、紅葉は自身の胸中に黒いものが沸き起こるのを感じた。
和臣は「ヘリ」でもなく「ジェット」でもなく「自家用航空機」と言ったのが、気になっていた。
「まあ、良いわ。せっかく買ったセクシー水着が無駄にならないなら。」
「もみじ はりきって いるの。」
「そんなに気合入れて、誰に見せるんだよ。」
和臣の言葉に、紅葉は艶然と微笑んだ。
「あんたに見せるのよ。ナイスバディで釘付けにして、他の女に目を向けさせない為にね。」
『もしかして、これって屈折した愛情表現なのかしら。』とリリスは考えていた。
『もみじ おっぱい おおきくないの。ないすばでぃ じゃないの。』プリ様は辛辣な感想を心の中で呟いた。
『なんか怖い。紅葉さんが怖いよぉ。』昴は怯えて、プリ様に縋り付いていた。
「楽しみでしょ、和臣。愛しい私の水着姿よ。」
「楽しみでもないし、愛しくもない。というか、宮路さんのなら見たかったかな。」
和臣の発言は、その場にいた女性全員をイラッとさせた。
例え、どれだけ紅葉が悪辣でも、他の女を引き合いに出すのは御法度です。
「あらあら、それじゃあ、和臣ちゃんと紅葉ちゃんはまた同室にして上げなくちゃ。」
「私と、プリ様、リリス様の親戚トリオと、和臣さん達は別行動が良いですね。」
「かずおみ ばかなの。」
「何だ? お前等、紅葉の味方なのか?」
嵌められたぁー。という和臣の絶叫を響かせつつ、車は調布の飛行場に着いた。
これが美柱庵家自慢の自家用航空機よ、と言ってリリスは飛行場の一角を指差した。
「何? これ。ヘリでもないし、ジェットでもない。変なの。」
文句を言っている紅葉の隣で、和臣は絶句していた。
「お、お前、これってオスプレイじゃ……。」
「オ、オスプレイ?! って、あのオスプレイ?」
「そうよ。貨物室を客室に改装したビップ輸送仕様なの。ちょっと遠出する時に便利なのよ。」
「ぷりの いえも もってるの。」
「あっ、半年前の台湾旅行、覚えているんですね、プリ様。」
賢過ぎですぅ〜。とプリ様ラッシュを始めた昴の傍で、和臣と紅葉は呆然としていた。
『家族旅行でオスプレイを使うなよ。』
生活水準が違うなんてもんじゃないぞ。
二人は深く溜息を吐いた。
今回のサブタイトル、絶望するのは、もちろん和臣君です。不用意な一言で、女性陣全員を敵に回してしまった彼に、もう未来はないでしょう。ご愁傷様です。
ところで、垂直離着陸機について調べていたら、自家用垂直離着陸機という物が、実用段階に入っているらしいですね。
恐ろしい時代になったものです。